第6話:新メニュー「つくね」と、月夜に残された煌めき
「よし、仕込みは完璧だ!」
異世界転移三日目の午後。俺はいつもの路地裏で、気合十分に屋台の準備を整えていた。
手に入れた潤沢な資金(主にあの少女の銀貨)を使い、今日はホーンチキンのモモ肉を昨日以上の量仕入れた。さらに、昨日即興で作って大好評だった「つくね」を正式メニューに加えるため、あらかじめハーブとスパイスを練り込んだ特製の挽き肉もたっぷり用意してある。
昨夜の少女のように生卵(黄身)をトッピングする『月見つくね』は、生卵を扱う特別コストとして「鉄貨8枚(約80円相当)」に。
黄身なしの通常の『つくね串』は、ねぎまと同じくお手頃な「鉄貨3枚(約30円相当)」に設定した。
「さあ、今日も煙を上げるぞ!」
ジューーーーッ……!
備長炭にタレが滴り、爆発的な香ばしさが路地裏から大通りへと流れ出す。
すると、待ってましたと言わんばかりに、路地裏の入り口からドタバタと騒がしい足音が響いてきた。
「おい店主! 今日もやってるな!」
「ガルツ! らっしゃい、一番乗りだぞ」
「おう! 今日はギルドのやつらだけじゃなく、他のパーティーの連中も誘ってきてやったぜ!」
ガルツの後ろには、十人以上の荒くれや冒険者たちがゾロゾロと並んでいる。
二日間の口コミ効果は凄まじく、噂を聞きつけた大通りの通行人たちも、引き寄せられるように列の後ろへ並び始めた。路地裏はあっという間に、昨日を遥かに凌ぐ大行列だ。
「店主、今日は新しい匂いがするぞ!?」
「よく気づいたな。新メニューの『つくね』だ。タレがよく絡んで美味いぞ!」
「ならそれを五本! いや、ねぎまも五本くれ!」
次々に飛び交う注文を、俺は【創造調理】のスキルをフル稼働させて捌いていく。
炭火の熱を均一に通し、完璧なタイミングでタレを絡め、次々と皿へ盛る。
「……ッ、うめえええ! なんだよこの『つくね』ってやつは!」
「肉の旨味がギュッと詰まってて、ハーブの香りがフワッと抜ける! これも鉄貨3枚かよ、信じられねえ!」
「ビールだ! 誰かギルドから酒樽持ってこい!」
狭い路地裏は、もはやお祭り騒ぎのような熱気に包まれていた。
持ってきたお肉は飛ぶように売れていき、夕方を過ぎる頃には、昨日の150本を遥かに上回る、仕込んだすべての串が文字通り完売してしまった。
「ありがとうございましたー! すみません、今日の分はすべて売り切れです!」
並んでいた客たちに平謝りしつつ、ようやく屋台の片付けに入る。
体はガチガチに疲れていたが、コイン袋のずっしりとした重みがその疲れをすべて吹き飛ばしてくれた。今日の純利益だけでも、優に大銅貨5枚(約5,000円相当)は超えている。完璧な大繁盛だ。
「ふぅ……。今日もなんとか乗り切ったな」
冷めていく炭火を眺めながら、俺は【移動式木造屋台】を片付ける前に、カウンターやその周辺の掃除を始めた。
お客様がこぼしたタレを拭き取り、足元に落ちているゴミや串を拾い集める。
「ん……? なんだこれ」
屋台のすぐ脇、昨日あのフードの少女が立っていたあたり――。
瓦礫の隙間に、月明かりを反射してギラリと異常なまでの輝きを放つ「何か」が挟まっているのが目に入った。
俺はしゃがみ込み、それをつまみ上げる。
「硬貨……か? いや、デカすぎるだろ……」
それは、俺が知っているどの硬貨とも違っていた。
一般的な金貨よりもさらに一回り大きく、重い。
そして、恐ろしいほどの密度を感じる純白の輝き――金でも銀でもない、それは「白金」の輝きだった。
「これって……まさか、噂に聞いた『白金貨』ってやつか……?」
生唾をゴクリと飲み込む。
翻訳能力が教えてくれた知識によれば、白金貨は国家間の取引や超大富豪の間だけで使われる特異な貨幣だ。その価値は、金貨(10万円)すら遥かに凌駕する。今の俺の生活レベルなら、これ一枚で数年は遊んで暮らせるほどの超・超高額紙幣ならぬ、超高額硬貨。
だが、その白金貨の異常さは、素材の価値だけではなかった。
「……なんだ、この刻印」
硬貨の表面には、通常描かれるはずの国王の肖像ではなく、精緻なレリーフで『天秤と盾』を組み合わせた、非常に特徴的な紋章がハッキリと刻まれていた。
さらに、裏面には何かの管理番号のような、極小のルーン文字が刻印されている。
ただの白金貨じゃない。
明らかに、特定の超大物や巨大組織が発行した、あるいは所有していることを示す、世界に数枚とないような『特注の特異な白金貨』だ。
「……あの子の、落とし物か?」
脳裏に浮かんだのは、昨夜、月見つくねを食べて銀貨を置いていった、あの浮世離れした気品を持つ少女の姿。
この異世界の常識なら、こんな出所の分からない、しかし国家予算レベルの超大金が落ちていれば、「神の恵み」とばかりにネコババして、その日のうちに街から逃げ出すのが当たり前だろう。
だが、俺の体に染み付いた「現代日本の倫理観」が、激しく警鐘を鳴らす。
「ダメだ。こんな特徴的な大金、ネコババして市場で使おうとした瞬間、盗難を疑われて一発で憲兵に捕まる。それに……あの女の子、今頃このお金がなくて困ってるんじゃないか……?」
このままネコババすれば、一生ビクビクして暮らすことになる。
だが、明日、この特徴的な紋章が何なのかを「商業ギルド」に直接持ち込んで確認すれば、何かが分かるかもしれない。
「……よし、届けるだけ届けよう。それが一番安全だ」
俺は白金貨をしっかりと握りしめ、懐の最も深いポケットに滑り込ませた。
月光に照らされたその特異な硬貨が、俺の、そしてこの屋台の運命を大きく変えることになるなど、この時の俺はまだ知る由もなかった。




