第7話:商業ギルド本部
迷宮都市「バザルタ」の中心部にそびえ立つ、大理石造りの巨大な円形建築。それこそが、この世界の経済の心臓部である『商業ギルド本部』だった。
行き交う人々は、高価な絹の衣服をまとった商人や、いかにも知的な文官ばかり。ワイシャツの袖をまくっただけの俺のような風体は、明らかに浮いている。
(ふぅ……前職の営業職時代、新規開拓で大企業の牙城に乗り込んだとき以上のプレッシャーだな)
俺は大きく深呼吸をし、意を決して重厚なガラス扉を押し開けた。
中に入ると、ずらりと並ぶ受付窓口。俺は最も空いている一般窓口の一つへと歩み寄った。
窓口の奥に座る若い女性受付嬢は、俺の安物の麻のシャツとズボンを見るなり、あからさまに「厄介な一般市民が来た」という視線を向けた。
「……はい、どのようなご用件でしょうか? 新規の露店登録でしたら、あちらの別館ですが」
丁寧ではあるが、声音は冷ややかだ。
だが、元サラリーマンの俺は、こういう冷遇には慣れっこだ。俺は背筋を伸ばし、かつて得意先に使っていた極上のビジネススマイルを浮かべた。
「ご対応ありがとうございます。本日は登録ではなく、昨日、私の屋台の近くで拾い上げました『貴重品』の持ち主を探したく、こちらに伺いました。衛兵に届けるには、あまりに高額かつ特徴的な紋章が刻まれたものでしたので」
「拾得物、ですか……?」
怪訝そうにする彼女の手元へ、俺は懐から取り出した「それ」を、周囲に見えないようそっと滑り込ませた。
「こちら、お心当たりはございますか?」
「――ッ!?」
白金貨がカウンターの木目に触れた瞬間、受付嬢の表情が劇的に凍りついた。
ただの白金貨ではない。朝日に照らされ、そこにあるはずのない圧倒的な威光を放つ、純白の硬貨。そしてそこに刻まれた『天秤と盾』の紋章。
彼女は音を立てて生唾を飲み込み、弾かれたように立ち上がった。
「お、お静かに……! お客様、大変恐れ入りますが、こちらへ……!」
先ほどまでの冷徹な態度は完全に消え去り、彼女の顔はみるみるうちに真っ青になっていく。
手元を隠すように白金貨を回収すると、彼女は俺を一般窓口のエリアから連れ出し、オフィス奥の重厚な扉の先へと案内した。
「こちらへどうぞ……。すぐに、責任者を呼んでまいりますので!」
案内されたのは、毛足の長い赤い絨毯が敷き詰められた、息を呑むほど豪華な応接室だった。
壁には名画が飾られ、どっしりとした革張りのソファが並んでいる。しがない露店商が通されていい場所ではないことは、肌に刺さるような静寂が物語っていた。
(おいおい、窓口の端でちょっと話を聞いてもらうだけのつもりだったんだが……大ごとになりすぎだろ)
ゴージャスなソファに浅く腰掛け、冷や汗をにじませながら待つこと数分。
部屋の扉が勢いよく開き、受付嬢を伴って、高級なベルベットのローブをまとった恰幅の良い初老の男が慌てた様子で入ってきた。その胸元には、ギルド幹部であることを示す金色のバッジが光っている。
「失礼する! 私がこの商業ギルド本部の副ギルド長を務めている、アルドだ」
アルドは挨拶もそこそこに、受付嬢から手渡された白金貨を片眼鏡で凝視した。
表の紋章、そして裏面に刻まれた極小のルーン文字の配列を、震える手で舐めるように観察する。
「……間違いない。『盾と天秤』。これは、我が商業ギルドの最高決定機関である『十人委員会』……その筆頭である【ヴァルハイト商会】が発行した、限定極秘決済用の白金貨だ。裏面の識別番号は……第3号。これは……っ!」
アルドの額から、ダラダラと冷や汗が流れ落ちる。
彼は信じられないものを見る目で、俺の顔を凝視した。
「おい、君。これを、一体どこで手に入れた!? 正直に言いなさい!」
その声には、単なる驚きではなく、明らかな「恐怖」が混じっていた。




