第8話:元サラリーマンの交渉術と、動き出す巨輪
「おい、君。これを、一体どこで手に入れた!? 正直に言いなさい!」
豪華な応接室の静寂を切り裂くように、副ギルド長アルドの鋭い声が響く。
ふかふかの革張りソファに座っているはずなのに、まるでお針のむしろだ。かつて数億円規模の商談で重大なトラブルが発生し、役員会議室に呼び出されたときの胃の痛みを思い出す。
だが、ここで動揺しては負けだ。無実であっても、挙動不審な態度を見せれば、この場で「容疑者」として拘束されかねない。
俺はソファの背もたれから背を伸ばし、深く息を吐いてから、ハッキリとした声で答えた。
「私の屋台の近く……正確には、昨夜の営業終了後に片付けをしていた際、路地裏の瓦礫の隙間に落ちているのを見つけました。盗んだものでも、不正に入手したものでもありません。もし私が後ろ暗い方法でこれを得たのだとしたら、わざわざ自らギルド本部に持ち込むはずがないでしょう?」
「それは……」
アルドが言葉に詰まる。
俺は相手の表情を見逃さず、極めて冷静に、ビジネスライクな提案を重ねた。
「私のようなしがない露店商にとって、このような国家予算級の硬貨を所持し続けること自体が、身の破滅を意味します。だからこそ、本来の持ち主へ安全にお返しいただくため、この都市の経済を統べる『商業ギルド本部』を信頼し、こうして応接室をお借りしてまでお届けにあがった次第です」
「……ふむ」
アルドの険しい表情が、わずかに和らいだ。
俺の理路整然とした論理、そして「ギルドを信頼した」という立てる言い回しが効いたらしい。
「なるほど、確かに筋は通っているな。盗賊がこれを持ち込めば一発で憲兵行きだ。それを自ら持ってくるとは……。青年、君の名は?」
「シュウヤと申します。バザルタの東通り裏手で、小さな焼き鳥の屋台をやらせていただいています」
「シュウヤ、か。まずは君の誠実な対応に感謝しよう。……この白金貨に刻まれた第3号の番号。これは【ヴァルハイト商会】の現会長――そして我が商業ギルドの最高顧問でもある、ヴァルハイト公爵家のご息女が所有されているものだ」
(公爵家のご息女……。やっぱり、あのフードの女の子、とんでもないお嬢様だったんだな)
「実は昨日から、ご息女が『大切な白金貨を紛失してしまった』と、商会総出で極秘裏に大捜索が行われていてね。まさか、そんな場違いな路地裏に落ちていようとは……」
アルドは額の汗をハンカチで拭い、ホッと胸をなでおろすようにため息をついた。
もしこの白金貨が犯罪者の手に渡るか、他国へ流出していれば、バザルタの経済は大混乱に陥り、管理責任を問われたギルドの首も飛んでいたはずだ。この応接室の空気の重さは、それほどの危機感の裏返しだったのだ。
「シュウヤ君。君がこの窮地を救ってくれたと言っても過言ではない。この件は、直ちにヴァルハイト商会へと報告させてもらう。……もちろん、君への『しかるべき謝礼』も商会側から用意されるはずだ」
「いえ、私はただ、持ち主に無事戻ればそれで十分ですが……」
そう謙遜しつつも、相手の出方を探る。
ここで強欲に金を要求するのは三流。あえて無欲を装うことで、相手からの信頼度を最大まで高めるのが一流の営業職のやり方だ。
「ははは、実になおさら感心な男だ。だが、ヴァルハイト商会ほどの巨頭が、これほどの大恩をただで済ませるはずがない。もしよければ、君の屋台の場所を詳しく教えてくれないか? 後日、商会の使いの者が伺うことになるだろう」
「分かりました。私の店は、東通りの――」
俺は自身の屋台の場所と営業時間を伝えた。
白金貨はギルドの厳重な保管庫へと収められ、俺の手元からは無事に離れていった。
「ふぅ……」
ギルドの巨大な建物を後にし、外の爽やかな風を浴びた瞬間、背中に冷や汗がびっしょり流れていることに気づいた。
「大物と関わるのは本当に寿命が縮まるな。まあ、これで厄介払いはできたはずだ。あとは大人しく、いつも通り焼き鳥を焼くだけさ」
俺は気持ちを切り替え、今日の仕込みのために市場へと足を向けた。
だが、俺はまだ気づいていなかった。
白金貨を届け出たこの行動が、バザルタの商業界のパワーバランスを揺るがし、俺の焼き鳥屋台をさらに大きな渦へと巻き込んでいくことになるということに――。




