第44話:営業終わりと、悪魔の賄い丼
昼下がりの熱気がようやく引き始め、街を夕闇が包み込み始める頃。
俺の屋台は、今日も今日とて戦場のような忙しさだった。
「師匠、今日も大勢のお客さんでしたね。なんか最近は僕の料理でお客さんが喜んでることもあって毎日が楽しいです」
「そうだなカイ、カイが最近メキメキと上達してて俺は嬉しいぞ」
俺がそう言って頭を撫でてやると、カイは誇らしげに鼻を鳴らした。
だが、その微笑ましい一瞬を切り裂くように、非常に雄弁で、且つ容赦のない音が静寂を破った。
ぐぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜っ。
響き渡る重低音。カイの腹から鳴ったのかと思いきや、俺の腹からも同じように盛大な虫の報せが鳴り響いた。
思わず二人で顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。
それもそのはずだった。ここ最近、俺が考案した「新メニュー」の提供が続いており、口コミが口コミを呼んで連日大盛況。特に今日は昼前から客の波が途切れず、仕込みの合間にパンを一口かじる時間すら取れなかったのだ。お互いの腹は、もうとっくに限界を迎えている。胃袋が背中にくっつくどころか、通り越して裏返りそうなほどの激しい空腹感だった。
「さて……片付けも終わったことだし、飯にしようか」
「師匠のご飯が食べられるなんて最高です!!!」
目を輝かせるカイに、俺は口元をニヤリと歪めて見せた。
「そうだ、今日は腹が減ったときに悪魔的にうまく感じる料理を作ってやる」
その瞬間、カイの表情が凍りついた。輝いていた瞳が一転して少し恐れに染まった。
「悪魔ですか??? 師匠とはいえ悪魔に関わるのなら衛兵を呼びますよ! 異端審問官の拷問にかけられ場合によっては火あぶりですよ!!!!」
「いや違うんだ。俺の故郷では魅惑的にうまいことを悪魔的にうまいっていうんだ!」
あわてて両手を振って否定する。ここは異世界だ。うっかり「悪魔」なんて言葉を軽々しく使うと、ガチの黒魔法や邪教の類だと勘違いされるのを忘れていた。
俺の必死の弁明を聞いたカイは、ホッと胸を撫でおろし、へなへなと肩の力を抜いた。
「なんだ、そうだったんですね。急に悪魔とかいうからてっきり師匠が取り憑かれて悪魔を崇拝するヤバイやつらになったのかと思いましたよ。びっくりさせないでください……」
「悪かったよ。だがな、味に関してはあながち間違いじゃないんだ。理性を吹き飛ばすほどに美味い、まさに『悪魔の仕業』としか思えないような罪深い味だからな」
そんなやり取りをしながらも、俺の空腹はすでに最高潮に達していた。
「サクッと作れる『悪魔丼』といこう」
炊きたての米
オーク肉(豚肉)
ごま油
塩
そして――『金の焼肉のタレ』
「カイ、どんぶりを二つ用意しろ。米は特盛りだ!」
「はいっ!」
フライパンを熱し、ごま油を少しだけ引く。
そこへ、やや厚めにスライスしたオーク肉を投入した。
ジュワァァァァァァッ!
激しい音と共に、肉の焦げる香ばしい煙が立ち上る。オーク肉は脂が乗っており、熱が入ると同時に透明な脂が溢れ出してフライパンを満たしていく。肉の表面が旨味の肉汁で躍り、綺麗な狐色に染まっていく。
その間に、俺は炊き立ての白米を丼に山盛りに盛り付けた。
湯気が立ち上るホカホカの白飯。そこに、ごま油をひと回し、そして塩をパラパラと振りかける。
「えっ……師匠、ご飯をごま油と塩で混ぜるんですか? 肉のタレをつけるのに?」
カイが目を丸くして覗き込ん でくる。
「そうだカイ、これが悪魔の片棒を担ぐ『仕掛け』だ。ただの白飯じゃない。油のコクと塩気を纏わせた米は、それ自体が爆発的な旨味の土台になるんだよ」
シャモジで軽く切るように混ぜ合わせると、米粒一つひとつがごま油の黄金色のヴェールを纏い、ツヤツヤと妖しく輝き出した。ごまの香ばしい香りが湯気に乗って部屋中に広がる。この時点で、すでに胃袋が暴動を起こしそうだ。
そして、仕上げの瞬間が訪れる。
フライパンの上で完璧な焼き加減となったオーク肉。そこへ、満を持して『金の焼肉のタレ』を回しかけた!
ジューーーーーーーーッ!!!!!
熱せられたフライパンにタレが触れた瞬間、激しい蒸気とともに、ニンニクと醤油、リンゴの甘みが混ざり合った「暴力的なまでの香り」が爆発した。
タレが急速に煮詰まり、オーク肉の脂と絡み合って、ドロリとした濃密な褐色に変化していく。肉全体にフツフツと泡立つタレが絡みつき、照り照りの悪魔的なビジュアルへと進化を遂げる。
「くっ……! この匂いは……!」
カイが鼻をひくつかせ、ゴクリと大きな音を立てて喉を鳴らした。
俺は躊躇なく、その濃密なタレを纏ったオーク肉をごま油塩ご飯の上にドドンと盛り付けた。フライパンに残った煮詰まったタレも、一滴残らず肉の上から回しかける。
「完成だ。『悪魔の焼肉丼』」
漆黒のどんぶりの中に広がる、黄金色に輝くごま油飯と、濃褐色の照りを放気を纏ったオーク肉の山。
見た目、香り、音――そのすべてが、理性を壊す圧倒的な存在感。
「師匠、なんですかこの匂いは!!!! お腹が空いてるときにこんな匂いをかいだら、もう耐えられません!!!!」
カイはもはや正気ではいられないといった様子で、丼を凝視している。瞳の奥には、食欲という名の獣が宿っていた。
「カイ、食べていいぞ。これはその名も悪魔の焼肉丼だ」
俺が許可を出した瞬間、カイは木のスプーンを掴み、猛然と丼に飛び付いた。
ハフッハフッ、カッカッカッ!
豪快な音が厨房に響き渡る。
大きく開けられた口に、タレの絡んだオーク肉と、ごま油香る塩ご飯が同時に放り込まれる。
カイの動きがピタリと止まった。
目を丸く見開き、口を動かすことすら忘れたかのように固まる。
「……カイ?」
次の瞬間、カイの顔が真っ赤になり、目にはうっすらと涙さえ浮かんでいた。そして、狂ったような勢いで再びスプーンを動かし始めた。
「んぐっ、ふ……っ!! なんですか!!!! こんなに暴力的な料理は初めて食べました!!! ご飯の塩気とごま油の香ばしさが、甘辛いタレと脂の乗った肉と合わさって……口の中が旨味の嵐です! 噛むたびに肉汁とタレが溢れて、ご飯が無限に進みます!!」
「だろ? 旨味に旨味を重ね、油に油をぶつける。栄養バランス? 知るか! 今この瞬間の快楽のためだけに作った、まさに悪魔の業だ」
俺も自分の分の丼を持ち上げ、一気に口へとかき込んだ。
――うまい。文句なしに、狂ったように美味い。
口に入れた瞬間、まず飛び込んでくるのはフルーティーで濃密なタレの味。続いてオーク肉のジューシーな脂が弾け、それを追うようにしてごま油の香ばしさと絶妙な塩気が米の甘みを極限まで引き立てる。
普通の白飯ならタレの濃さに負けてしまうかもしれないが、塩とごま油を纏った米は、肉の旨味を真っ向から受け止め、さらに上の次元へと押し上げていた。
一度かき込めば、もう箸を止めることは不可能だ。
噛み締めるたびに脳内に直接アドレナリンが吹き出すような感覚。理性が「落ち着いて食べろ」と警告を発するが、本能がそれを笑い飛ばして「もっと喰え」と命じてくる。
ハフハフと熱い米と肉を頬張り、飲み込み、またかき込む。
二人とも無我夢中だった。会話などない。ただひたすらに、目の前にある悪魔の肉丼を貪り続ける。
あっという間だった。
山盛りだったはずの丼は、ものの数分で綺麗さっぱりと空になり、底が見えていた。
「ふぅぅぅ……」
俺は丼を置き、満足感と背徳感の入り混じった溜息をついた。胃袋がずっしりと重く、幸福感で満たされている。
ふと隣を見ると、カイは空になった丼の底を、名残惜しそうに見ていた。そして、ウルウルとした目で俺を見つめてくる。
「師匠……おかわりをください!!!」
「ははは! 期待通りのリアクションをありがとうよカイ。だがな、おかわりを作ってやるのはいいが、明日の朝はいつも以上に仕込みをしてもらうぞ?」
「望むところです! あの悪魔の味をもう一度味わえるなら、なんでもします!」
力強く宣言するカイを見て、俺は思わず吹き出してしまった。
異世界の過酷な一日を走り抜け、空腹という最大の調味料を効かせた夜。
俺たちは再びフライパンを熱し、魅惑的で、暴力的な香りを夜の厨房に充満させるのだった。
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ちなみにこの焼肉丼めちゃくちゃ美味いです。




