第43話:新食材と、夜風に溶ける夢
バザルタの街がすっかり深い夜に包まれ、屋台の赤い提灯だけが暖かく路地裏を照らしている。
暖簾を仕舞い、片付けも終盤に差し掛かった頃、カツカツと足音を響かせてマルクがやってきた。その手には、厳重に氷で冷やされた木箱が抱えられている。
「シュウヤ殿、カイ君! 夜分遅くにすまないね。……フフ、面白いものが手に入ったんだ」
「マルクさん? こんな夜遅くにどうしたんです?」
修也が手を止めると、マルクは期待に満ちた笑みを浮かべて木箱の蓋を開けた。
中から現れたのは、淡いピンク色の光沢を放つ巨大な甲殻類――『ホーン・シュリンプ』の尾肉だった。
「近海の深海網にかかった魔物でね。身の締まりが良く、甘みが強いと聞くが……固くて調理が難しいとギルドでも持て余されていたんだ。どうだい、シュウヤ殿の腕で化けさせられないかと思ってね」
「へぇ、これは立派な海老だな……! 刺身でもいけそうだが、この殻の厚みと身の弾力なら……よし、軽く炙って特製ソースでやってみるか!」
修也の目が料理人のそれに変わる。
「カイ、火を落とすなよ。今夜はマルクさんを交えて、締めの一杯としゃれ込もう」
「はいっ、師匠!」
七輪の炭火に網をかけ、修也は薄く削ぎ切りにしたホーン・シュリンプの身を並べた。
ジューッという軽やかな音とともに、甲殻類独特の香ばしい旨味の煙が広がる。チートで生成した『特製ガーリックバター醤油』を刷毛でサッと塗ると、弾けるような香ばしさが夜の屋台を包み込んだ。
「さあ、上がったぞ。冷えた柑橘エールで乾杯だ」
「いただきます!」
三人は冷えたジョッキを合わせ、香ばしく焼き上がった海老肉を口に運んだ。
「〜〜〜〜っ! なんて弾力だ! 噛んだ瞬間に甘みとガーリックバターの旨味が口の中で弾ける……! エールが進みすぎて困るねぇ!」
マルクが目を丸くしてジョッキを煽る。
「うん、身の旨味が強いから、ガーリックのパンチに負けてないな。これ、衣をつけて揚げても美味いぞ」
修也も満足そうに頷く。
そして、その横でジョッキを干したカイの顔は、すでにリンゴのように真っ赤になっていた。
「んふふ……うっま……っ! 師匠、これめちゃくちゃ美味いです……っ!」
「おいおいカイ、ちょっとペースが早くないか?」
修也が苦笑するが、すっかり酒の回ったカイは「違いますよぉ!」と身乗り出してきた。
「僕、最近つくづく思うんです! バザルタが『食の聖地』になるのは当然です! だって師匠の料理、世界一美味いんですから!」
「はいはい、分かったから座りなさい」
「分かってないです! 師匠のこの味……バザルタだけにとどめておくの、もったいなくないですか!?」
カイは真っ赤な顔で、どこか遠い目をして熱っぽく語り始めた。
「僕……いつかもっともっと修行して、腕を磨いたら……師匠から教わったこの味や料理の凄さを、世界中のいろんな街や国に伝えに行く『旅の料理人』になりたいなぁ……なんて……」
「ほう、旅の料理人かい? それは夢があるねぇ」
マルクが面白そうに目を細める。
「だって……こんなに美味いもん、この街の人たちだけが独占するなんてズルいじゃないですか。世界中の人に『シュウヤ師匠の料理は最高なんだぞ!』って自慢して回りたいんですよ……へへっ……」
熱弁を振るっていたカイだったが、最後は頭をふにゃりと揺らし、そのままカウンターに突っ伏してスースーと寝息を立て始めてしまった。
「……たく、酒に呑まれて夢を語るなよな」
修也は呆れつつも、愛おしそうにカイの背中に上着をかけてやった。
「ふふ、でも素敵な夢だね。シュウヤ殿の技術と想いが、弟子を通じて世界へ広まっていく……『食の聖地バザルタ』から始まる物語として、これ以上の展開はないじゃないか」
「マルクさんまで乗せないでくださいよ。……まあ、あいつが本当に旅立ちたいって言う日が来たら、笑顔で背中を押せるくらいの『師匠』でいなきゃな」
修也は照れくさそうに笑い、冷えたエールを一口飲み干した。
バザルタの静かな夜風が暖簾を揺らす。
「あ、しまった! カイ、起きて起きてー! ここで寝たら風邪ひくぞ!」
修也は焦ってカイの肩を揺すった。
「う~ん……師匠ぉ……あと5分……ボア肉揚げてください……」
むにゃむにゃと寝言を言いながら、すっかり出来上がっているカイ。カウンターに突っ伏したまま動く気配がない。
「まったく、旅の料理人の大志を語った直後にこれかい」
マルクがくすくすとおかしく笑いながら、エールのジョッキを置く。
「シュウヤ殿、僕も手を貸すよ。彼の借りている宿まで一緒に運ぼう。さすがにこの夜風のなか屋台に放置するわけにはいかないからね」
「すみませんマルクさん、助かります! カイ、ほら足踏ん張れ!」
ふたりがかりでカイの両脇を抱え上げると、「へへぇ……海老バターうまい……」とふにゃふにゃのカイを半ば引きずるようにして、バザルタの月夜の路地へと踏み出した。
「頼もしい弟子を持ったね、シュウヤ殿」
「手はかかりますけどね。……でも、あんな風に言われたら、俺ももっと精進しなきゃって思わされますよ」
バザルタの静かな夜道に、男三人の足音がのんびりと響いていく。
弟子を宿のベッドへ放り込み、明日もまた美味しい一日を迎えるために――。
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