第42話:弟子カイの初陣! 試練のカウンター
「すまんカイ! 急ぎでギルバート農園まで追加のボア肉を取りに行ってくる! 30分だけ留守を頼んだぞ!」
「えっ!? あ、はい! いってらっしゃいませ師匠――って、ええぇぇぇっ!?」
夕方の営業開始直前。修也が脱兎のごとく路地裏へ駆け出していき、仕込み場に取り残されたカイは素で声を裏返した。
いつもなら絶対に肉を切らさない師匠が、昼の想定以上の大繁盛でうっかりストックを使い切ってしまったのだ。
とはいえ、今は開店10分前。
(大丈夫……落ち着け僕。まだ開店前だ。仕込みは済んでるし、師匠が戻るまで暖簾を出さずに待っていれば――)
ガタゴト……!
「おうカイの坊主! 開いてるか! 今日は仕事が早く終わったから一番乗りだぜ!」
暖簾をくぐる前に、常連の船乗りベックが豪快に木製カウンターの丸椅子に腰掛けた。しかも、その後ろにはゾロゾロと仲間の船乗りたちが5人も続いている。
「あ、あの、ベックさん! 実は今、師匠が肉の仕入れに出てて……!」
「なんだ、シュウヤの兄ちゃんは留守か? ガハハ! 構わん構わん! お前さんももう立派な料理人だろ? 俺たちのお腹と背中がくっつきそうなんだ、なぁに簡単なもんでいいから頼むぜ!」
「そうだそうだ! カイの坊主の作ったもんが食いたいぞ!」
カウンター越しに期待に満ちた熱い視線がズラリと並ぶ。
一瞬、足がすくみそうになった。いつもは師匠の背中の後ろで、補助をしながら注文を聞いていた場所。だが今、この一列のカウンターと向き合っているのは、自分一人だ。
(逃げちゃダメだ……! 昨日の修行を思い出せ。僕は師匠の一番弟子だろ……!)
カイはぐっと拳を握りしめると、深呼吸をしてエプロンの紐を強く結び直した。
「……お待たせしました! 本日、師匠が戻るまでの間、僕がカウンターを務めさせていただきます! 本日のメニューは仕込み済みの焼き鳥とうどん、唐揚げになります!」
「よっ! 待ってました!」
「よし、俺は冷やしうどんと塩ニンニク唐揚げ!」
「俺は焼き鳥タレで5本とエール!」
「こっちも唐揚げ追加で!」
一気に飛んでくる注文。
頭の中が真っ白になりかけるが、カイは必死に注文を頭の中で整理した。
(落ち着け……! うどんのお湯を沸かしつつ、唐揚げを揚げ油に投入……その間に焼き鳥を炭火に並べる……!)
ジューッ……!!
揚げ油が弾ける心地よい音と、炭火に垂れたタレが焦げる香ばしい煙が、狭いカウンターの中に充満する。
手が高鳴る鼓動で少し震える。だが、鶏肉の焼き加減を見るその目は真剣そのものだった。
(焼き鳥は焼きすぎちゃダメだ。肉がキュッと引き締まって、表面にジューシーな脂が浮き出てきた……今だ!)
「はいっ! 焼き鳥タレ5本、お待たせしました!」
「おおっ、美味そうだ! いただきます……むぐっ。……う、うめぇええええっ! 皮はパリッとしてんのに、中はフワックワだぞ! カイ、お前マジで腕上げたな!」
「本当だ! 唐揚げも衣がサックサクで、ニンニクの香りが最高だぜ!」
常連客たちの弾けた笑顔と歓声が、狭い屋台のカウンターを満たしていく。
(……通じた……! 僕の料理で、みんなが喜んでくれてる……!)
胸の奥から湧き上がる感動に包まれながら、カイは夢中で包丁とトングを動かし続けた。
次々とやってくる客の注文を必死に捌き、気づけば行列は屋台の外まで伸びていた。
「へい毎度! 冷やしうどん一丁あがり――」
「ふふ、見事な手際だな、カイ」
聞き覚えのある温かい声にハッと顔を上げると、カウンターの端に、肉の袋を抱えた修也が優しく目を細めて立っていた。
「し、師匠……っ! おかえりなさい!」
「ただいま。……途中で戻ってきたんだが、あまりにも良い顔で店を回してたから、邪魔しちゃ悪いと思って見取れちゃったよ」
そう言って修也はカイの頭を力いっぱい撫でた。
「よく頑張ったな。もう立派な看板料理人だ」
「師匠……っ!!」
ベックたちが「おいおい泣くなよカイの坊主!」「今日はカイに免じて一杯奢ってやるぞ!」と口々に冷やかし、屋台全体がドッと温かい笑い声に包まれた。
一人でカウンターに立ったこの短い時間は、カイにとって料理人としての大きな第一歩となったのだった。




