第40話:バザルタの日常と、いつもの温かい食卓
朝の光が港町バザルタの波間にキラキラと反射し、心地よい潮風が路地裏を通り抜けていく。
「ふぁぁ……おはようございます、師匠!」
まぶしそうに目を擦りながら仕込み場へやってきたカイが、元気に声をあげる。
「おはよう、カイ。今日もいい天気だな」
修也はすでに厨房に立ち、大鍋の火加減を調整しながら微笑んでいた。
ここ連日、デザート、かき揚げ、生姜焼き、唐揚げ、冷やしうどん、出汁しゃぶと、怒涛の新メニュー開発が続いていた。どれもがバザルタの住民や冒険者たちの心を掴み、いまや修也の屋台は「バザルタに行ったら絶対に立ち寄るべき場所」として定着している。
「今日は特別な仕込みや新メニュー開発は無しだ。いつものメニューを丁寧に仕込んで、いつものように迎える。……たまには、こういう穏やかな1日もいいだろ?」
「はいっ! 師匠の料理を仕込むの、僕大好きです!」
カイが嬉しそうに腕まくりをする。
ふたりで並んで、慣れた手つきで作業を進めていく。
ギルバート農園から届いた新鮮なボア肉を切り分け、コッコ肉を串に刺し、和風出汁の香りを仕込み場に満たしていく。競うでもなく、焦るでもなく、ただ「美味いものを作る」という温かい時間が流れていた。
昼下がり、屋台の暖簾をくぐると、すぐにバザルタの「日常」がやってきた。
「やあ、シュウヤ殿! カイ君! 今日も一番乗りで来させてもらったよ!」
商会のマルクが、いつもの爽やかな笑みを浮かべてカウンターの隅に腰掛ける。
「いらっしゃいマルクさん。今日は何にします?」
「ふふ、連日いろいろなご馳走を頂いたけれど……今日は原点回帰で『特製・生姜焼き丼』を頼むよ。あの甘辛いタレと生姜の香りが、午前中の仕事疲れに一番効くんだ」
「あいよ! カイ、ボア肉一丁!」
「はいっ! 生姜焼き一丁入ります!」
ジューッという肉の焼ける香ばしい音と、生姜醤油の焦げる甘い香りが広がる。
運ばれてきた丼を一口食べたマルクは、ほっと破顔した。
「〜〜〜〜っ、やっぱりこれだねぇ。シュウヤ殿の料理は、美味しいのはもちろんなんだけど、食べると心がじんわり温かくなるんだ」
「そう言ってもらえると料理人冥利につきるよ」
そこへ、ドカドカと威勢のいい足音が響き、常連の船乗りベックたちが暖簾を捲った。
「おう兄ちゃん! 開いてるか!」
「ベックさん、いらっしゃい。今日も唐揚げかい?」
「ハハッ! もちろん唐揚げと冷えたエール……と言いたいところだがな! 今日はちょっと足を痛めちまってよ。胃に優しいもんが食いたくてね」
「それなら『特製・出汁うどん』はどうだ? 冷たいのもあるし、温かい出汁もできるぞ」
「おお、じゃあ温かい出汁のうどんをくれ! あの出汁の旨味は五臓六腑に染みわたるからな!」
ベックがカウンターにドカッと座り、冷やしではなく温かい出汁のうどんをズズッと啜る。
「……うう〜〜〜っ、染みるぜぇ……。兄ちゃんの出汁は、海で冷えた身体に一番の薬だな……」
「大袈裟ですよ、ベックさん」
修也が苦笑すると、店内はドッと温かい笑い声に包まれた。
夕方になり、バザルタの街が茜色に染まる頃。
屋台には、近くの市場で働くおばちゃんたちや、仕事を終えた若い冒険者、親に連れられた小さな子供まで、様々な人々が思い思いの席についていた。
「ねえお兄ちゃん! 黒蜜のアイスちょうだい!」
「はいよ、きな粉多めにしておくな」
「わーい! ありがとう!」
「シュウヤさん、焼き鳥タレで5本持って帰るわ! 旦那の晩酌用ね」
「毎度あり! 冷めても美味いようにタレ多めにしておくよ」
誰かが特別なイベントを仕掛けたわけではない。
ただ、美味い匂いに引き寄せられた街の人々が、笑顔で食事を楽しみ、今日あった出来事を語り合い、お互いを労い合っている。
それを見渡しながら、カイが感慨深そうに呟いた。
「……なんだか、すごく素敵な光景ですね。この街のみんなが、師匠のご飯で笑顔になってる」
「ああ。俺が作りたかったのは、こういう場所なんだ」
修也はゆっくりと店内を見渡した。
「ただの食べ物を提供する場所じゃない。『美味い』と感じて、明日も頑張ろうと思える場所。バザルタをそんな『食の聖地』にしていくのが、俺たちのこれからの仕事さ」
「食の聖地……! いいですね! 僕、一生師匠についていきます!」
「頼りにしてるよ、カイ」
ふたりが顔を見合わせて微笑み合っていると、入り口からベックが声を張り上げた。
「おいおい兄ちゃんたち! 密談してねぇで、俺たちの酒のお代わり持ってきてくれよー!」
「はーい! ただいま行きます!」
カイが元気に返事をし、冷えたジョッキを手に駆け出していく。
バザルタの夜は、今日もどこまでも温かく、香ばしい匂いと人々の笑顔に満たされていた。
急がず、気負わず、一口の「美味い」を積み重ねながら――修也たちの物語は、この愛すべき街とともに続いていく。




