第39話:極上の波紋と、絶品海鮮出汁しゃぶしゃぶ
冷やしうどんと黒蜜きな粉アイスの熱狂から一夜。
仕込み場の厨房に立つ修也の瞳は、これまでにないほど真剣そのものだった。
「師匠……今日はいったい何を作るんですか? 朝から鍋いっぱいに透明な黄色いスープを煮込んでますけど……」
カイがおそるおそる覗き込む。
土鍋の中でフツフツと静かな波紋を描いているのは、チート能力【調味料自動生成】によって極限まで旨味を引き出された【特製・極上海鮮一番出汁】だ。
北海道産の昆布を思わせる上品な旨味に、鰹節の削り立ての芳醇な香り、そして昨日市場で仕入れた新鮮な小魚の干物から取った旨味が完璧に調和している。
「カイ、今日作る料理は……食材の持つ素の美味さを『これでもか』というくらい贅沢に味わう、極上の鍋料理だ」
「鍋……ですか? でも、バザルタは夜でもそこそこ暖かいですし、ぐつぐつ煮込む濃いシチューみたいな鍋だと、お酒を飲んで火照った客には重くないですか?」
「ふふ、煮込むんじゃないんだよ。ほんの数秒、出汁の海を『くぐらせる』んだ」
修也がまな板の上に並べたのは、今朝水揚げされたばかりの鮮魚たち。
身が引き締まった白い大魚(真鯛風の魔物)と、昨日も捌いた『アームド・シザー』の透き通るような白い足の身だ。
修也は包丁を極限まで薄く滑らせ、向こう側が透けて見えそうなほどの薄切り(てっさ風)に仕立てていく。
「よし、準備完了だ。名付けて……『特製・海鮮出汁しゃぶしゃぶ』!」
修也は卓上用の小型コンロ(魔導具)の上に、黄金色の出汁が満たされた土鍋をセットした。
出汁がフツフツと小さく沸き立ち、上品な香気が仕込み場に満ちていく。
修也は箸で薄切りの白身魚を一枚挟むと、煮立つ出汁の中へゆっくりとくぐらせた。
ゆら……ゆら……。
「一、二、三……よし!」
わずか3秒。
透明だった身の表面がパッと霜降りのように白く華やぎ、キュッと引き締まる。
修也はそれを、冷やしておいた【特製・万能ポン酢】と大根おろしを合わせた小鉢へと移した。
「さあカイ、熱いうちに一口でいってみろ」
「は、はいっ! いただきます!」
カイはハフハフと息を吹きかけながら、出汁を纏った魚の身を口の中へ放り込んだ。
「んんんんんんんんっっっ!!??!???!!!」
一口噛んだ瞬間、カイの目が溢れんばかりに見開かれた。
表面は出汁の熱でキュッと引き締まっているのに、中はほんのりレアで驚くほど柔らかい!
噛むたびに、白身魚本来の甘い脂と、出汁の上品な旨味がジュワッと溢れ出してくる。そこへ、万能ポン酢の爽やかな柑橘の酸味と大根おろしのさっぱり感が追い打ちをかけ、後味が恐ろしいほど洗練されている。
「な、なんですかこれぇぇぇっ!? 煮込んでないのに、中まで出汁の旨味が染み込んでます! 刺身より甘くて、焼き魚より柔らかい……! ポン酢の酸味と合わさって、噛むのが勿体ないくらい美味いです!!」
「フッ、次はアームド・シザーの身をやってみな」
カイは言われるがまま、カニ肉を湯気にくぐらせ、ポン酢につけて口へ運んだ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!??!」
「プリップリ……!! 身が弾けて、カニの濃密な甘みが爆発しました師匠っ!! これ、何枚でも……無限にいけちゃいます!!」
夢中で箸を動かすカイを見て、修也はニヤリと笑った。
「だがな、カイ。この料理の本当の『凶悪さ』は、魚を食い終わった後に訪れる」
「えっ……? 魚を食い終わった後……?」
修也は具材の旨味がこれでもかと溶け出した土鍋の出汁に、炊きたての白米を投入した。
サッと煮立てて米に旨味を含ませると、溶き卵を回し入れ、蓋をして一呼吸。
仕上げに刻んだ大葉を散らせば――旨味の結晶、『極旨・海鮮出汁雑炊』の完成だ。
れんげで掬って口に運んだカイは、今度こそ腰を抜かした。
「〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!! 旨味が……魚とカニの旨味が全部米に吸い込まれてる……っ!! 卵のまろやかさと出汁の深みが合わさって、身体の芯まで幸せで満たされていきます……っ!!」
「ふふ、これぞ日本の誇る『鍋の締め』さ」
案の定、その日の夜の営業でこの『海鮮出汁しゃぶしゃぶ&雑炊』を投入すると、バザルタの呑んべぇたちが大歓喜!
「おいおい! なんだこの上品で贅沢な食い方は!?」
「酒が進む! ポン酢でさっぱり食えるから、いくらでも腹に入るぞ!」
「最後のこの雑炊ってやつ……ヤバすぎるだろ! どんぶり一杯持ってこい!」
刺身でもない、煮込みでもない、「出汁にくぐらせてポン酢で食す」という未知の快楽に、バザルタの夜はまたしても修也の屋台によって完全に支配されたのだった。




