第38話:締めの冷やし麺と、夜を溶かす漆黒の甘み
唐揚げとキンキンに冷えた柑橘エールが爆発的な大ヒットを記録し、修也の屋台角は連日連夜、熱狂の渦に包まれていた。
油の弾ける香ばしい匂い、男たちの歓声、ジョッキがぶつかり合う快音。
だが、どれほど美味い肉や揚げ物を喰らい、酒を飲んだとしても、人間の胃袋には必ず「最後を締めくくる何か」を求める欲求が生まれる。
「あー……喰った喰った! シュウヤの兄ちゃんの唐揚げは最高だな!」
「酒も進んだが……ふぅ、流石にちょっと口の中が脂っこくなってきたな。なんかこう、さっぱりした冷てぇ『締め』になるもんが欲しいなぁ」
満足そうにお腹を叩きながら、船乗りたちが呟く。
「フッ、待ってましたと言わんばかりのタイミングですね、お客さん」
修也はニヤリと笑うと、カウンターの奥から冷水でしっかりと締められた「白い麺」を取り出した。
「師匠……それ、小麦粉を捏ねて寝かせて、細く切り分けたっていう『うどん』ですか?」
仕込みを手伝っていたカイが目を輝かせる。
この世界にも麦を使ったパンや、ボソボソとした煮込み麺のようなものは存在していた。しかし、「強力なコシ」と「ツルツルとした喉越し」を極限まで引き出した本格的な生麺は存在しない。
修也はチート能力【調味料自動生成】を密かに発動させ、極上の【一番和風出汁(昆布・鰹・煮干し)】に、透き通った淡口醤油、本みりん、そしてほんの少しの天然塩を合わせた黄金色の特製つゆを生成していた。それを氷結魔法の冷気でキンキンに冷やしてある。
深めの鉢に、氷水で〆た真っ白なうどんを美しく盛り付ける。
その上から、透き通った冷たい特製出汁を注ぎ入れると、水面がキラキラと光を反射した。
トッピングには、森で採取した野性の大葉の千切り、すりおろした新鮮な生姜、そしてサクサクの天かす。仕上げに、かぼすの搾り汁をひとはで回しかける。
「はいよ! 屋台の特製締めメニュー、『氷〆・冷やしかけうどん』だ!」
「へっ……? 麺を……温めねぇで冷たい汁で食うのか!? 汁が透き通ってて綺麗だが……」
半信半疑の船乗りベックが、木箸で白い麺を大きく持ち上げ、一気にズズッと啜り上げた。
――――ズズズズズズッッッ!!!!
静まり返る屋台に、軽やかな「啜り音」が響き渡る。
次の瞬間――ベックの目が丸く見開かれ、箸を持ったまま固まった。
「――っっ!??!???!!!」
「お、おいベック!? どうしたんだよ!?」
周りの船乗りたちが顔を見合わせる中、ベックは噛み締めるように喉を動かし、勢いよく麺を飲み込んだ。
ツルンッ……!
「な、なんだこの麺の『コシ』はぁぁぁぁっ!? 歯を押し返してくるみたいにモチモチしてて、喉を通る時のツルツル感が半端ねぇ……っ!!」
ベックは興奮で声を荒らげ、今度は鉢を持ち上げて冷たい出汁をゴクリと飲んだ。
「―――ぶはぁぁぁっ!! 出汁が……! 黄金色の出汁が信じられないくらい深い!! 鰹と昆布の旨味が冷たさの中に凝縮されてて、生姜と柑橘の風味が口の中の脂っこさを一瞬でゼロにリセットしやがる……っ!! 美味い、美味すぎるぞ兄ちゃん!!」
「マジかよ! 俺にも食わせろ!」
「俺も冷やしうどん一つ!」
熱気に包まれていた客たちが、一斉にうどんを買い求め、ズズズッ!と音を立てて麺を啜り始めた。
「うわぁ……ツルツル入る! 脂っこかった胃袋が、すーっと洗われていくみたいだ……!」
「冷たくてコシがあって、出汁が美味ぇ……最高の締めだ……!」
歓喜の声が響き渡る中、修也は隣で手伝っていたカイに声をかけた。
「カイ、酒を飲む客だけが屋台の客じゃない。甘いものが好きな奴や、女性客、それに締めを完璧に終わらせたい奴のために……『究極の甘味』を出すぞ」
「甘味……!? 異世界……じゃなくて、師匠の故郷のスイーツですか!?」
修也が木箱から取り出したのは、氷結魔法でキンキンに冷やされた白い塊――牛乳と生クリーム、そして砂糖とウニの代わりに贅沢に使った卵黄で練り上げた【特製濃厚ミルクアイスクリーム】だ。
器に丸く盛られた白いアイス。
修也はその上から、チート生成した香ばしい【深煎りきな粉】をたっぷりと振りかけ、最後にトロリとした漆黒の液体――沖縄産の黒糖を煮詰めた【特製濃密黒蜜】を回しかけた。
ふわりと広がる、大豆を煎った香ばしい匂いと、黒糖の濃厚で奥深い甘い香り。
「これは『黒蜜きな粉アイス』だ。マルクさん、味見してみますか?」
隅で見守っていたレオンハルト商会のマルクが、「甘味」という言葉に目を輝かせて駆け寄ってきた。
「甘味……! 貴族の夜会でもめったにお目にかかれないような、白く冷たいお菓子……! 頂きます……!」
マルクは震える手で木のスプーンを持ち、黒蜜ときな粉が絡み合ったアイスを掬い、口へと運んだ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!??!??!」
マルクの体全体が、ピクッと跳ね上がった。
舌の上に乗せた瞬間、極上の生クリームのまろやかさと甘みが、お口の体温でトロリと溶けて広がる。
そこへ、きな粉の香ばしいコクと、黒蜜の焦がし砂糖のような深い甘みが絡み合い、頭がとろけるような多幸感が襲いかかった。
「冷たい……甘い……香ばしい……っ!! なんですかこの滑らかな口溶けは……っ!? 砂糖の単純な甘さじゃない、黒い蜜の奥深い甘みと、香ばしい粉がアイスの濃厚さを何倍にも引き立てています……っ! これは……これは至高の芸術だ……っ!!」
普段は冷静な商人であるマルクが、スプーンを止めることができず、子供のように夢中でアイスを削り取って食べていく。
「ははは! 満足していただけたようで何よりです」
「シュウヤ殿! この『冷やしうどん』と『黒蜜アイス』……両方とも我が商会の高級料亭やカフェで出せば、大金持ちや貴族たちが押し寄せますよ!!」
「まあまあ。まずはこのバザルタの屋台で、働くみんなの最高の『締め』として楽しんでもらいますよ」
暑いバザルタの夜を吹き飛ばす、極上の冷やしうどんと、絶品黒蜜きな粉アイス。
しょっぱい肉と酒で胃を満たし、冷たい麺で締め、最後は甘い氷菓で満たされる――。
修也が創り出した「完璧な食のフルコース」に、バザルタの街は今夜も完全にノックアウトされるのだった。
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