第4話:口コミは爆速。二日目にして早くも行列の予感?
異世界転移、二日目の朝。
俺は昨日ガルツからもらった売上とチップ(大銅貨1枚)を握りしめ、再び中央市場を訪れていた。
「おじさん、今日もホーンチキンの肉をたくさん頼むよ!」
「おう、昨日のお兄ちゃんか! まいどあり。昨日買った分は美味く焼けたかい?」
「ああ、おかげさまで大好評だったよ」
市場のおじさんと軽く世間話を交わしながら、昨日より多めのホーンチキン(約5キロ、銅貨15枚分)と、ネギによく似た新鮮な緑黄色野菜を買い込む。
さらに、昨日のチップのおかげで財布に余裕があったため、その足で仕立て屋に寄り、現地風の動きやすい麻のシャツと丈夫なズボンを購入した。これでお値段は大銅貨3枚。日本円にして約3,000円と、物価が少し安いこの世界ならではの、手頃ながらも仕立ての良いしっかりした一着だ。
さすがに、異世界の路地裏でヨレヨレのビジネススーツを着て焼き鳥を焼く姿は不審者極まりなかったからな。これでようやく、不審な転移者から、それらしい「屋台の店主」へと変貌を遂げた。ちなみに、昨晩泊まった格安の宿は一泊で**大銅貨1枚(約1,000円)**だった。これなら毎日しっかり売上を出せば、余裕で暮らしていける。
「よし、仕込み完了!」
午後になり、昨日と同じ、少し人通りのある大通りから一本入った路地裏に屋台を展開する。
【創造調理】のスキルを使い、手際よく焼き台に火の粉の舞わない極上の備長炭を敷き詰め、準備を整える。
そして、肉と野菜を刺した串を並べ、特製のタレをハケでたっぷりとお肉に塗る。
ジューーーーーッ……。
立ち上る、暴力的なまでに香ばしいタレの焦げる匂い。
この匂いこそが、路地裏という立地の悪さを完全にカバーする、我が屋台最高の広告なのだ。
「おい! 本当にあの匂いだぞ!」
「マジか、昨日ガルツの野郎が酒場で自慢してた『ヤキトリ』ってのはこれか!?」
匂いが発生してから、ものの数分。
大通りからの路地裏の入り口に、ガタガタと騒がしい足音が響き、五人もの冒険者がぞろぞろと現れた。
その先頭に立っているのは、大剣を背負ったガルツだ。本当に有言実行で仲間を連れてきてくれたらしい。
「よお、店主! 約束通り美味いもんを食いに、ギルドの仲間を連れてきたぜ!」
「らっしゃい、ガルツ! すぐ焼くから、そこらへんで少し待っててくれな」
俺は手際よく焼き台の串をひっくり返し、特製タレの器にドボンと浸しては二度焼きする。
タレが炭火に滴り、さらに香ばしい煙が広がる。
ツヤツヤと褐色に輝く焼き鳥が皿に盛られると、ガルツの仲間たちは一斉に手を伸ばした。
「あちっ、ハフ……っ、う、美味いっ!」
「なんだこれ! 肉がとろけるように柔らかいぞ!?」
「このタレってやつ、甘酸っぱくてコクがあって……塩焼きとは次元が違いすぎる!」
1本たったの「鉄貨3枚(約30円)」。パン1個よりも安いその破格の安さに、彼らは完全にリミッターが外れたようだった。誰かが一本を食べ終える前に、次の注文が重なるように飛び交う。
「店主、俺にあと五本!」
「こっちにも五本、いや十本くれ!」
「あいよ、どんどん焼くから待っててね!」
俺は【創造調理】の補正をフル回転させ、手元の食材を瞬時に最適な温度で、ムラなく完璧に焼き上げていく。
さらに、彼らが美味そうに頬張る声と、路地裏から漏れ出るタレの香りに誘われ、大通りから次々と通行人が足をとめ、こちらを覗き込み始めた。
「ねえ、そこで何を売っているの?」
「すっごく良い匂い……私にも三本ちょうだい!」
冒険者だけでなく、街の買い物帰りの主婦や、仕事中らしき若い職人の男までが列をなし始める。
狭い路地裏は、あっという間に簡易的な行列が出来上がってしまった。
「おいおい、二日目にして大繁盛だな店主!」
「ありがとよ、全部ガルツの宣伝のおかげだ」
額ににじむ汗を拭いながら、俺はひたすら一心不乱に串を焼き続けた。
そして夕暮れ時。
「すみません! 今日の分の串、すべて完売してしまいました!」
用意していた百五十本の焼き鳥は、文字通り一瞬にしてすべて売り切れてしまった。
今日の売上は、150本×鉄貨3枚で「鉄貨450枚(大銅貨4枚と銅貨5枚分=約4,500円相当)」。ここから肉と野菜の仕入れ値を引いても、大銅貨3枚以上の純利益だ。日本円にすれば3,000円ちょっとだが、物価が少し安いこの世界なら、宿代を払ってもお釣りがくる大金である。
買えなかった通行人たちが名残惜しそうに去っていくのを見送りながら、俺はパンパンに膨らんだコイン袋をカウンターに置き、ふぅっと大きなため息をついてへたり込んだ。
「二日目でこれか……。でも、ねぎま一種類だけじゃ、きっとそのうち飽きられるな。リピーターを獲得するためには、メニューの多様化が必要だ」
俺は屋台の片付けをしながら、頭の中で次のレシピを組み立て始めた。
「よし、次は『つくね』だな。ホーンチキンの挽き肉に、ハーブやスパイスを少し効かせて……。あ、そうだ。卵の黄身を絡めて食べるスタイルなんか、この世界のやつらが見たら腰を抜かすんじゃないか?」
一人で妄想を膨らませ、屋台を収納しようとして、ふと思う。
俺の持つ【移動式木造屋台】、実はただ屋台を出し入れできるだけじゃない。なんと、屋台の収納スペース(ストレージ)に入れた食材は、『時間が完全に停止した状態』で保存されるのだ。
氷魔法の冷気で無理やり冷やす必要もないし、どれだけ放置しても絶対に腐らない。仕入れたての最高の鮮度が、いつでもそのままキープできる。
冷蔵庫すら存在しないこの世界において、生肉や生卵を完璧な衛生状態でストックできるこの機能は、調味料無限チートに並ぶ、我が屋台の隠れた生命線だった。
「これなら、デリケートな生卵を使ったメニューも安心して出せるな」
ニヤリと笑ったその時。
夕闇の迫る路地裏に、すっと静かな影が落ちた。
「あの……もう、おしまいかしら……?」
鈴が転がるような、透き通った、しかしどこか儚げな声。
顔を上げると、そこにはフードを深く被り、周囲を警戒するように佇む、一人の華奢な少女が立っていた。




