第3.5話:異世界の財布事情と、初めての黒字
ガルツが満足そうに去っていった後、俺は屋台の木製カウンターにぽつんと残された、何枚かの硬貨を見つめていた。
「さて……まずはこの世界の『お金』の価値をちゃんと把握しないとな」
幸い、異世界転移に伴う翻訳能力のおかげで、頭の中にすっと基本的な知識が流れ込んできた。
どうやらこの世界(クレイラ王国というらしい)の通貨は、主に【鉄貨】【銅貨】【大銅貨】【銀貨】【金貨】の五種類に分かれている。
そして、この世界の「物価」は、俺がいた現代日本に比べてだいたい4分の3(0.75倍)くらい。日本より少しだけ物価が安く、その分だけお金の価値が少し高めという、なんとも絶妙で馴染みやすいバランスだ。それを踏まえて、それぞれの貨幣の「実際の価値(購買力)」を日本の円に換算してみると、こんな感じになる。
鉄貨 = 約10円(駄菓子や、ちょっとした小物を買う時に使う)
銅貨 = 約100円(庶民の買い物の基本。これ1枚で、焼き立てのパンが1個買える)
大銅貨 = 約1,000円(そこそこ豪華な食事、日用品、一般的な宿の一泊分)
銀貨 = 約10,000円(一般的な職人の月給の数分の一くらい。そこそこの大金だ)
金貨 = 約100,000円(一般市民なら数ヶ月は贅沢に暮らせる、めったに拝めない大金)
さらに、どうやらこの金貨の上には、国家間の取引や超大富豪の間だけで使われる、とんでもない価値の特異な貨幣(白金貨など)もあるらしい。まあ、路地裏で細々と焼き鳥を焼いている今の俺には、一生縁のない話だろうがな。
「なるほど、すっきり整理できたぞ。つまり、ガルツが食べていったのは……」
彼は『ねぎま』を合計8本。
俺は仕事帰りにふらっと立ち寄って、小銭で気軽に食べてほしかったから、1串あたり「鉄貨3枚(約30円)」という超お手軽価格に設定していた。
パン1個(銅貨1枚=100円)よりも安いこの価格なら、若手の冒険者でも「ちょっと小腹が空いたから買い食いするか!」と手を出せる、最強の大衆価格になる。
だから、本来の会計は、8本で「鉄貨24枚(約240円相当)」。
しかし、ガルツは「釣りはいらねえ、チップだ」と言って、カウンターに「大銅貨1枚(約1,000円相当)」をポンと置いていったのだ。
大銅貨1枚は、鉄貨で言えばなんと100枚分に相当する。
「差し引き、鉄貨76枚(約760円相当)もの大チップをもらっちゃったわけか……! 物価が安めのこの世界で、一回の食事でこの額のチップはデカすぎる。さすが荒くれだけど気前のいい冒険者だな。本当にありがたい」
俺はホクホク顔で、今日の「収支」を計算してみることにした。
サラリーマン時代に嫌というほどやらされた収支報告書。まさか異世界の屋台のカウンターで、ウキウキしながら手書きで計算することになるとは思いもしなかった。
【本日(初日)の収支報告】
■ 売上
ヤキトリ(ねぎま)8本:鉄貨24枚
ガルツからのチップ:鉄貨76枚分(大銅貨1枚から差し引き)
売上合計:大銅貨1枚(約1,000円相当)
■ 経費(仕入れ)
ホーンチキンのモモ肉(約1キロ):銅貨3枚(約300円相当)
ネギに似た野菜(1束):鉄貨5枚(約50円相当)
経費合計:鉄貨35枚分(約350円相当)
■ 差引利益(純利益)
鉄貨65枚分(約650円相当)の黒字!
「おおお……! 初日からしっかり黒字が出てるぞ!」
ここで驚異的なのが、調味料の仕入れ値が「ゼロ」ということだ。
【至高の調味料箱】のおかげで、醤油、みりん、酒、砂糖、塩、コショウは、使っても使っても自動で無限に充填される。
普通、飲食業において調味料やタレの材料費、さらに焼き鳥で言えば「極上の備長炭」の炭代は馬鹿にならない経費になる。
それがすべてスキルによる『魔力消費のみ(しかも勝手に回復する)』で賄えているのだ。
この「原材料費がほぼ肉と野菜だけ」というアドバンテージは計り知れない。原価率は驚異の35%前後。大衆価格の1本30円でも、十分に利益が残る驚異の構造だ。これ、日本の飲食店経営者が聞いたら泡吹いて倒れるレベルの超超優良物件じゃないか……?
「よし、この世界の物価なら、1日に『大銅貨2枚(約2,000円相当)』も利益が出れば、かなり余裕を持って暮らしていける。これならいけるぞ」
そうと決まれば、明日も早い。
俺は【移動式木造屋台】を頭の中で念じて、光の粒子に変えて収納した。
誰もいない暗い路地裏に、さっきまであった大きな屋台が一瞬で消え去る。何度見ても不思議な光景だが、このチート能力のおかげで、夜間に屋台を荒らされる心配もない。
「まずは、今夜泊まる安宿を探さなきゃな。それから、明日のために新しい服も一枚買おう」
俺は、懐のコイン袋が歩くたびにチリン、チリンと小気味よく鳴る音を聞きながら、初めての異世界の夜へと歩き出した。
まだワイシャツ姿のままだが、不思議と夜風は冷たくなかった。




