第30話:平日の新定番と、意外な訪問者
「へい毎度! 焼き鳥丼ひとつ、お待たせしました!」
「うおおおっ、待ってました! このタレがたっぷり染みた米と、香ばしい鶏肉がたまらんのよ!」
平日の昼時。修也の屋台の前には、今日もガテン系の職人や下級冒険者たちで行列ができていた。
新メニュー『特製タレ焼き鳥丼』――価格は銅貨3枚(約300円)。
1000円札相当の大銅貨1枚を出せば、ボリューム満点の丼を食っても、冷えたジュースや麦酒を頼んでしっかりお釣りが手元に残る。
「カイ、あっちのカウンターの片付け頼む!」
「はいっ、すぐ行きます! お客さん、お茶のおかわりいかがですか!」
カイの接客も板についてきた。
元々『黄金の鹿亭』で理不尽にしごかれていただけあって、手際の良さと体力は折り紙付きだ。何より「客が自分の出した料理で笑顔になってくれる」という喜びを知った彼の笑顔は、店全体の雰囲気をパッと明るくしていた。
「……ふむ。噂には聞いていたが、昼時からこれほどの賑わいとはな」
仕込みの落ち着いた午後、客足が少し引いたタイミングで、一人の身なりの良い男性が屋台に近づいてきた。
上質な生地の服に、革の鞄。一目で「堅気の労働者や冒険者ではない」とわかる身なりだ。
「いらっしゃい。ご注文は?」
「焼き鳥丼をひとつ、いただこうか。それと……この店の店主は君かね?」
「ええ、佐藤修也です。隣にいるのが弟子のカイです」
「弟子」と呼ばれたカイが、照れくさそうに、しかし誇らしげに胸を張る。
修也は手早く炭火で肉を炙り、特製タレにくぐらせてホカホカの白米の上に乗せ、丼を手渡した。
男性は一口食すと、驚きで目を見開いた。
「……うむっ!? 炭の香ばしさと肉汁、そしてこのタレの深み……! これで銅貨3枚とは、正気とは思えんな」
「お口に合って良かったです。お客様、バザルタのお方じゃありませんね?」
「よく分かったな。私は隣町で食料品や雑貨の行商を営んでいるヴァルターという者だ」
ヴァルターと名乗った男は、綺麗に丼を平らげると、満足そうに息を吐いて名刺代わりの羊皮紙を取り出した。
「実は最近、うちの街の冒険者や行商人の間で『バザルタに凄まじく美味くて安い屋台がある』と持ちきりでね。気になって足を運んでみたが……噂以上だ。修也殿、単刀直入に言おう。我が街でもこの焼き鳥やカレーを出してはくれないか? 店舗の用意も資金の援助も惜しまない」
隣で聞いていたカイが「えっ、他所からのスカウト……!?」と息を呑む。
だが、修也は穏やかな笑みを浮かべたまま、首を横に振った。
「ありがたいお話ですが、お断りさせていただきます。俺はバザルタから出るつもりはありませんので」
「なっ……! なぜだ? 隣町に出店すれば、今の倍以上は稼げるのだぞ?」
「俺一人で出向いても、手が回りませんからね。……ただ、ヴァルターさん」
修也はニヤリと意味深な笑みを浮かべた。
「出店はできませんが、『うちのタレやノウハウをそちらの街の料理人に教え、食材や調味料を卸す』という形なら、将来的にご協力できるかもしれません」
「タレとノウハウの……卸売り!?」
「ええ。ですが、それはもう少し先の話です。まずはこのバザルタで、最高の味とシステムを完璧に作り上げることが先決ですから」
ヴァルターは修也の言葉に圧倒され、ゴクリと唾を呑み込んだ。
ただの屋台店主だと思っていた目の前の青年が、単なる「儲け話」ではなく、もっと大きなビジネスの未来図を描いていることを悟ったからだ。
「……なるほど。では、その時が来たら一番に声をかけてくれ。今日の丼の代金と……素晴らしい話の礼だ」
ヴァルターは大銅貨1枚(約1,000円)を置き、「お釣りは取っておいてくれ」と言い残して去っていった。
「師匠……! 他の街からのスカウトまで来ちゃいましたね!」
興奮気味のカイに、修也はポンと肩を叩いた。
「焦るなカイ。外からの評価に浮かれず、まずは今日来てくれる目の前の客に、最高の一杯を出すことだ。お前が一人前になるのが、うちの未来の鍵なんだからな」
「はいっ! 師匠、俺、もっと修行頑張ります!」
他町からの注目、そして未来の「ライセンス(FC)事業」への小さな伏線。
路地裏の屋台は、バザルタの街の枠を超えて、少しずつ外の世界をも惹きつけ始めていた。




