第27話:平日の攻防と、若き料理人
「金曜日は海軍カレーの日」――。
その強烈な習慣がバザルタの街に定着してから、早くも二週間が過ぎていた。
金曜の爆発的な狂乱が嘘のように、平日のバザルタの路地裏には、香ばしい炭火と甘辛いタレの匂いが穏やかに漂っている。
「へい、毎度! 焼き鳥、タレと塩で2本ずつね。鉄貨12枚(約120円)だ」
「おうシュウヤ! 相変わらずこの焼き鳥は酒に合うなぁ。金曜のカレーも最高だけどよ、平日にここで食う焼きたてもたまらんぜ!」
常連の冒険者や現場帰りの職人たちが、銅貨や鉄貨をカウンターに置き、焼きたての串を頬張っていく。
金曜日にドカンと稼ぎ、平日は看板商品である『焼き鳥』で確実に固定客の胃袋を掴む。
前世の飲食店経営でも基本だった「メリハリのある営業サイクル」が、この異世界でも完璧に機能していた。
仕入れ妨害を仕掛けて勝手に自爆した『黄金の鹿亭』のドミニクたちは、買い占めた玉ねぎの山と莫大な借金を抱え、完全に東通りの表舞台から姿を消したという。
汚い手で排他しようとした老害が去り、バザルタの飲食店界隈にはどこか穏やかな風が吹き始めていた。
――そんな折、営業終了間際の屋台に、一人の青年が立ち尽くしていた。
使い古された料理着に身を包み、緊張で拳をギュッと握りしめている。
「……あの、すみません。シュウヤさん……でしょうか」
「そうですが。申し訳ない、今日の焼き鳥はもう仕込み分が終わっちゃったんだ」
「あ、いえ! 食べに来たわけじゃないんです!」
青年は慌てて首を振り、深々と頭を下げた。
「俺は……『黄金の鹿亭』で下働きをしていた、カイといいます! 店が潰れて行き場を失いました。お願いです……俺を、シュウヤさんのところで働かせてください!」
「『黄金の鹿亭』の……?」
俺は仕込みの手を止め、目の前の青年――カイをまじまじと見た。
手には包丁凧や火傷の跡がいくつもあり、日々泥臭く下積みを重ねてきた料理人の手をしている。
「店主のドミニクさんは……客のことなんてどうでもよくて、利権やプライドばかり気にしていました。でも、金曜日に食べたシュウヤさんのカレーと焼き鳥は違った。安くて、速くて、なにより食った瞬間に元気になれる……! 俺は、そういう『本当に客を笑顔にする料理』を学びたいんです!」
まっすぐな瞳で訴えてくるカイ。
俺は少し考え込んだ。
現在、屋台の営業は俺のワンオペ。レオンハルト商会のマルクが卸売りや外回り(提携店舗の管理)を手伝ってくれているが、今後の店舗拡大や仕込みの負担を考えると、信頼できる「現場の手」は喉から手が出るほど欲しい。
もちろん、俺の【チート(調味料自動生成)】の秘密を教えて弟子にするわけにはいかない。
だが――「秘伝のタレ(原液)」を渡して、肉の打ち方や焼き加減、仕込みの手伝いを任せるだけなら、十分すぎる戦力になる。
「……仕込みは朝早くからだし、炭火の前は夏場、地獄のように暑いぞ。うちの焼き鳥は1本鉄貨3枚(約30円)。利益を出すには、一切の手抜きなしで何百本も焼き続ける根気が要る」
「やります! どんな雑用でも、仕込みでもやらせてください!」
「よし。じゃあ明日から試用期間だ。まずは鶏肉の下処理から教える。……給料は一日、大銅貨8枚(約8,000円)からスタートでどうだ?」
「えっ……!? 大銅貨8枚……!? 『鹿亭』の下働き時代の倍以上です……いいんですか!?」
バザルタの物価(いい宿代一泊で大銅貨1枚=1,000円)からすれば、未経験の下働きに日給8,000円はかなりの破格だ。だが、従業員に適正な対価を払い、モチベーションを高く保たせるのは経営者として当然の投資である。
「その代わり、妥協した仕事を受け入れるつもりはないからな」
「はいっ! よろしくお願いします、シュウヤ師匠!」
カイは感動で涙ぐみながら、何度も頭を下げた。
敵の自滅によって生まれた人材を吸収し、ワンオペ屋台から「組織としての第一歩」を踏み出した修也。
バザルタの路地裏で育まれる小さな絆と仕掛けが、少しずつ、だが確実に大きな渦となっていこうとしていた。




