第25話:黄金の金曜日と、15秒の魔法
異世界に来て27日目。
雲一つない青空が広がる金曜日の昼下がり、バザルタの街はかつてない「異変」に包まれていた。
「な、なんだこの匂いは……!? 鼻を刺すような辛みの中に、とんでもなく食欲をそそる濃厚な香りが漂ってくるぞ……!」
「路地裏のシュウヤの屋台からだ! 見ろ、看板が出てるぞ!」
屋台の前に掲げられた木札には、力強い文字でこう書かれていた。
【毎週金曜日限定:特製バザルタ海軍カレー(白米&特製ルウ)】
※焼き鳥セットご注文の方、限定特別価格!
「おいシュウヤ! この『かれー』ってのは一体何なんだ!? 匂いだけで腹が鳴って死にそうだぞ!」
一番乗りで駆け込んできたのは、常連の冒険者ガルツたちだ。
「いらっしゃい、ガルツさん。一週間の激務、お疲れ様です。これは『金曜日のカレー』――戦う男たちの疲れを吹き飛ばし、明日への英気を養うための特別な料理ですよ」
俺はニヤリと笑うと、すばやく動き出した。
あらかじめ大釜で保温されていたふっくらとした白米を、平皿に手際よく盛る。
そして、前日からじっくり煮込み、チートの【カレーパウダー】と日本の【醤油・ソース】で完璧に味が調えられた寸胴鍋から、黄金色のルウをおたまですくい、一気にかける。
――盛り付けにかかった時間、わずか15秒。
「はい、お待たせしました。『焼き鳥タレ・塩盛り合わせ』と『特製海軍カレー』です」
「は、速い……!? 注文して一瞬で出てきたぞ!?」
ガルツは目を丸くしながらも、目の前に置かれた未知の黄金色の料理にスプーンを突き立てた。
ルウとご飯を絶妙な割合ですくい、そのまま口へと放り込む。
次の瞬間――ガルツの目がこぼれ落ちそうなほど見開かれた。
「ん、んんんんんっっっ!?!?!?」
「おいガツ、どうした!? 毒でも入ってたか!?」
仲間たちが焦って声をかけるが、ガルツは返事すらしない。
一心不乱にスプーンを動かし、勢いよくカレーを口へ駆け込んでいく。
「う、美味い……! なんだこれ、美味すぎる!! 口に入れた瞬間は果実の風味で甘いのに、後から痺れるようなとした刺激が全身を駆け巡る! 汗が噴きき出してきたのに、手が、手が止まらねえぇぇぇ!!」
「なっ……俺にも食わせろ!」
仲間たちが奪い合うようにカレーを口に運ぶと、屋台の前は一瞬で狂乱の渦に包まれた。
「うおあぁぁぁ! ご飯との相性が悪魔的だ!!」
「焼き鳥のタレ肉をこの『かれー』につけて食うと、飛ぶぞこれ!!」
「冷えたビールで流し込むと最高だぁぁぁ!!」
その光景と、街中に充満する圧倒的なスパイスの香りに引き寄せられ、路地裏には瞬く間に長蛇の列が出来上がった。
だが、どれだけ客が並ぼうとも、俺のペースは一切乱れない。
カレーの提供は「盛ってかけるだけ」の15秒。
手が全くかからないからこそ、俺は目の前の炭火網で、ジューシーに肉を焼き上げるパフォーマンスに100%のリソースを集中できる。
「ワンオペ(一人営業)なのに、なんであのスピードで客が捌けるんだ……!?」
「作り置きなのに、なんでこんなに温かくて美味いんだ!?」
遠巻きに様子をうかがっていた、東通りの『黄金の鹿亭』が差し向けた密偵たちが、顔を蒼白にして震えていた。
彼らは「玉ねぎ」を買い占めることで、うちの仕入れをストップさせ、料理の質を落とさせるつもりだったのだ。
だが、俺が提供したのは、玉ねぎの有無など関係のない、現代日本の技術が詰まった「圧倒的ファストフード」であり「極上の娯楽」だった。
「ふふ、買い占めてくれたおかげで、最高の新メニューが完成しましたよ」
俺は汗を拭いながら、網の上の焼き鳥をひっくり返した。
金曜日の昼下がり。
バザルタの労働者や冒険者たちの胃袋は、完全に「カレー」の奴隷となった。
「金曜日=シュウヤのカレーの日」という不可逆のルーティンが、この街に刻まれた瞬間だった。
カレー食べたいなぁ。




