第23話:試行錯誤の迷宮と、チートの定義
「玉ねぎの馬車が差し押さえられた、ですか」
拠点の厨房に飛び込んできたマルクの報告に、俺は額の汗を拭いながら深く息を吐いた。
部屋には、まだ調合に失敗したスパイスの、どこか漢方薬じみたツンとする匂いが充満している。
「はい……! 東通りの飲食店業界の連中、裏の貴族の権力を盾に、卸売市場の手前で強引に高値で買い叩いたようです。完全にうちのフランチャイズ店への嫌がらせですよ。このままだと、数日中に提携している酒場への野菜の供給が止まります!」
マルクが悔しそうに拳を握りしめる。
飲食店業界の包囲網。兵糧攻めでこちらの勢いを削ぎ、公爵家が本格的に動く前にこちらのビジネスの芽を摘む気だろう。
だが、元システム営業の俺は、こういう仕様変更や競合の嫌がらせを何度も潜り抜けてきた。
「マルクさん、落ち着いてください。野菜の供給ラインはレオンハルト商会の別ルートから、多少コストが上がっても一時的に補填してください。損失はうちのロイヤリティから補填して構いません」
「えっ!? し、しかし、それではシュウヤ殿の利益が……」
「目先の利益より、提携店の信用が最優先です。……それに、敵が玉ねぎを買い占めてくれたのは、むしろ好都合かもしれない」
敵がこちらの供給網を攻めてくるなら、こちらは他では絶対に真似できない「超強力なキラーコンテンツ」を叩きつけて、客を完全に強奪するまで。
狙うは、日本の国民食であり、男たちの胃袋を完全に奴隷にする――カレー。
だが、異世界の生スパイスを組み合わせる調合は難航を極めていた。
現地種のクミナ(クミン)やコリアの葉、ガラム(唐辛子に似た実)をどう混ぜても、ただ舌が痺れるだけの暴力的な辛さになるか、漢方薬のような泥臭さになってしまう。
「クソッ……甘かったか。前世で市販されていた、あの黄金比のカレーがいかに完成されていたか、今になって痛感するぜ……」
あの、日本の台所にあった、どこか懐かしい長方形の赤い缶のカレーパウダー。
何十種類ものスパイスが完璧な比率で配合され、熟成されたあの魔法の粉。
(ああ……あのカレーパウダーが欲しいなぁ……。あれさえあれば、一発で味が決まるのに――)
鍋の前で、ふと、そんな強い未練が脳裏をよぎった、その時だった。
【ピコン】
脳内に、使い慣れた【無限の調味料チート】のシステム音が小さく響いた。
(……え?)
俺の目の前に、淡い光とともに、見覚えのある「あの赤い缶のカレーパウダー」が、ぽつんと出現して調理台に置かれたのだ。
呆然とそれを見つめる。
缶を開けると、部屋中に広がったのは、漢方薬の匂いではない。紛れもない、あの食欲を暴力的にそそる「日本のカレー」の香ばしい香り。
「おい、嘘だろ……。これ、出せるのか!?」
心臓がドクンと跳ね上がった。
俺のチートは【無限の調味料チート】。そして、使用条件は「俺が前世で知っている(味や存在を理解している)もの限定」。
俺はこれまで、醤油、みりん、味噌、ソースといった「単体の調味料」ばかりをイメージして取り出していた。
だが、現代日本において、カレーパウダーや固形ルウは、一般家庭で完全に「市販の調味料」として認知され、棚に並んでいる。
スパイスの調合品だろうが何だろうが、前世の俺の認識が「これは調味料だ」と定義しているものなら、このチートは無限に取り出すことができるのだ。
「システム営業をやっておきながら、仕様書の定義を狭く解釈しすぎていた……! 調味料なら、何だってアリなんだ!」
これなら、敵に玉ねぎを買い占められようが、異世界のスパイスの扱いに難航しようが、一切関係ない。
俺の手元には、現代日本の食品メーカーが何十年もかけて研究開発した、人類の英知の結晶たる「黄金のカレーパウダー」が無限にある。
「シュウヤ殿? 急に黙り込んで……その、手に持っている怪しげな赤い缶は一体……?」
マルクが恐る恐る尋ねてくる。
俺は缶を掲げ、不敵な笑みを浮かべた。
「マルクさん。飲食店業界の連中に、ビジネスの格の違いってやつを教えてあげましょう。……今週の金曜日、提携店全店で『バザルタ海軍カレー』の販売を開始します」
チートの真のポテンシャルに気づいた俺の反撃が、ここから始まる。




