第22話:迫る影と、異次元の壁(スパイス篇)
レオンハルト商会との提携による「冷え冷え麦酒&焼き鳥」のフランチャイズ展開は、怒涛の勢いでバザルタの街を巻いていた。
だが、ビジネスが急拡大すれば、当然「それまで甘い汁を吸っていた奴ら」の取り分が減る。
「……シュウヤ殿、少し耳の痛い話がある」
昼下がりの仕込み中、渋い顔をした商業ギルドのアルドさんが屋台にやってきた。
「東通りの富裕層向け店舗を囲い込んでいる、バザルタの飲食店業界の重鎮たちが動き出した。高級料亭『黄金の鹿亭』のオーナーが中心となって、うちのギルドに圧力をかけてきたんだ。内容は『路地裏のポッと出の屋台が、市場の価格バランスを破壊している。即刻、規制すべきだ』とね」
「価格破壊、ですか。うちは適正な利益を出していますがね。……それにアルドさん、うちにはヴァルハイト公爵家とレオンハルト商会が後ろ盾にいることは、業界の上層部なら掴んでいるはずでしょう?」
俺が尋ねると、アルドさんはさらに声を潜め、苦々しく首を振った。
「ああ、知っているさ。知った上で仕掛けてきているんだ。……『黄金の鹿亭』のオーナーは、ヴァルハイト公爵と中央で激しく対立している『別の大物貴族』と太いパイプを持っている。要するに、これは単なる飯の種奪い合いじゃない。貴族たちの代理戦争の側面も帯びてきたんだ」
(なるほどな。公爵家の名前が出ても怯まないわけだ。バックの貴族の威光を借りて、レオンハルト商会の物流網を止めようと、飲食店業界のネットワークを使って近隣の村からの『肉や野菜の仕入れルート』を力技で買い占めに動いているらしい。肉はガルツ達が直で入れてくれるからいいが、大通り側の提携店向けの野菜の供給が、近々少し滞るかもしれない)
だが、元システム営業の俺は、トラブルが起きたときほど脳が冴える。大物貴族の影が見え隠れするビジネス戦争。上等だ、燃えてくるじゃないか。
「アルドさん、情報ありがとうございます。対策を練ります。……それと、一つ毛色の違う相談があるんですが、この街の薬菜市場で、刺激の強い種子や葉を扱っている場所を教えてくれませんか?」
「薬菜? ああ、東洋の商人が持ち込む『クミナの種』や、お腹を下した時に使う『コリアの葉』なら、西の薬草街にあるが……あんな泥臭くて辛いもの、何に使うんだ?」
「ふふ、ちょっとした『次の一手』ですよ」
敵がこちらの供給網を攻めてくるなら、こちらは「他では絶対に真似できない、全く新しい超強力なキラーコンテンツ」を叩きつけて、客を完全に強奪するまでだ。
狙うは、日本の国民食であり、男たちの胃袋を完全に奴隷にする――カレー。
毎週金曜日に、バザルタの全労働者と冒険者がうちの提携店に長蛇の列を作るような、最強のルーティンを作ってやる。
――と、息巻いて西の市場で大量のスパイスを買い込み、拠点の厨房に籠もったのだが。
「……うわ、っほ、げほっ! なんだこれ、ただの漢方薬じゃねえか……!」
俺は鍋の前で激しく咳き込んだ。
【無限の調味料チート】で日本の醤油やみりんは出せる。だが、それはあくまで「既存の調味料」を取り出す能力だ。この世界の生スパイスを組み合わせて「日本のカレー粉」を作るには、配合の黄金比を自力で見つけ出さなければならない。
現地種のクミナ(クミン)は油で炒めると良い香りがするが、現地のガラム(唐辛子に似た実)を混ぜると、ただ舌が痺れるだけの暴力的な辛さになってしまう。コクが全く足りない。
「炒め玉ねぎの甘みを入れても、スパイスのトガった泥臭さが消えないな……。前世でスパイスカレーにハマった時期があったが、市販のルウがいかに完成されていたか、今になって痛感するぜ……」
小麦粉をバターで炒めてルウにしてみても、今度はスパイスの香りが完全に死んでしまい、ただの「黄色くて辛いドロドロした何か」になってしまった。
味見をしすぎて舌の感覚が麻痺していく。
部屋中に充満する、異様な激辛の煙。
「クソッ……甘かったか。肉の臭みを消す焼き鳥のタレとは訳が違う。数十種類のスパイスの調和なんて、一朝一夕でできるもんじゃない……!」
さらに追い打ちをかけるように、翌朝、レオンハルト商会のマルクが「シュウヤ殿!大変です!東通りの飲食店業界の連中が、うちの提携店に流す予定だった『玉ねぎ』の馬車を丸ごと買い叩いて差し押さえやがりました!」と飛び込んできた。
カレーの要である玉ねぎの流通ストップ。
そして、一向に完成の兆しが見えないスパイスの調合。
異世界に来て最大の、ビジネスの壁が立ち塞がっていた。




