第20話:公爵令嬢のわがままと、極上のプライベートキッチン
公爵閣下の直々のお願い(というか半分命令)により、俺はヴァルハイト公爵邸の、貴族仕様の広々とした厨房に立っていた。
いつも使っている屋台の年季の入った鉄板や炭床とは違い、ここは魔導式のオーブンや、ピカピカに磨き上げられた一級品の調理器具が並ぶ異世界の一流キッチンだ。
「よし、準備はいいな」
俺は【創造調理】で下処理を済ませ、完璧に「時間凍結」して持参した串を取り出す。
肉ギルドから仕入れたばかりの極上のホーンチキンのねぎま、そしてレオンハルト商会をも黙らせた、あのとろけるようなレバー。
炭火の魔導コンロに火を熾すと、パチパチという心地よい音とともに、醤油とみりん、そして秘密の香辛料を煮詰めたタレの香ばしい匂いが厨房いっぱいに広がり始めた。
「……あら? この良い匂いは、もしかして」
厨房の重厚な扉がパタンと開き、ひょっこりと顔を出したのは、見事なプラチナブロンドの髪を揺らす美少女だった。
「やっぱりシュウヤね! お父様に『今日はお客様が来るから部屋に居なさい』って言われていたのに、なんだかすごく懐かしくて美味しそうな匂いがすると思ったら!」
「エリス様、お久しぶりです」
公爵令嬢、エリスちゃん。
俺がこの世界にやってきて最初期、まだ何も持っていなかった頃に、俺の作った焼き鳥(と、試作の甘味)を「美味しい、美味しい!」と目を輝かせて食べてくれた、恩人であり最初の大切なお客さんだ。
「シュウヤ、お父様だけずるいわ! 私にもその『焼き鳥』と、あのシュワシュワする冷たい麦酒を頂戴!」
「こら、エリス。淑女がそのようなはしたない声を上げるものではない。……それに、シュウヤの『冷え冷えの麦酒』は酒だ。お前にはまだ早い」
後ろから、公爵閣下が苦笑いしながら入ってきた。ハンスさんもお盆を持って後ろに従っている。
「もう、お父様! じゃあ私は、甘い果実水が良いわ! シュウヤ、私にも何か作ってくれるでしょう?」
エリスちゃんが、上目遣いで可愛らしくおねだりをしてくる。
この世界における「果実水」といえば、絞った果汁を水で薄めただけの、常温の、少し酸っぱいだけの代物だ。貴族といえども、普段飲んでいるのはその程度。
だが、元営業マンの俺が、大切なお得意様の、しかも可愛いお嬢様にそんな平凡なものを出すはずがない。
「ええ、もちろんご用意しておりますよ、エリス様。特別なお客様のための、特製ジュースです」
俺は【創造調理】で下処理しておいた、野生の甘いベリーの果汁を取り出した。そこに、冷気魔力で限界まで冷やし、炭酸ガス(炭酸魔石の微細な粉末を応用したもの)を溶け込ませた水を注ぎ入れる。
シュワシュワと美しい泡を立てる、ルビー色に澄んだ冷たい液体。
「……えっ? な、何これ……グラスが曇ってる……?」
エリスちゃんが、差し出されたグラスをおずおずと受け取った。
指先から伝わる異次元の「冷たさ」に、彼女の綺麗な目が見開かれる。そして一口、上品に口に含んだ瞬間――。
「――っ!? つ、冷たい……! それに、お口の中でパチパチって、不思議な泡が弾けて……何より、すっごく甘い!!」
「ほう、冷気魔石も使わずにそこまで冷やすとは……。それにその泡、まさか炭酸泉の水を加工したのか?」
公爵閣下まで身を乗り出してグラスを覗き込んできた。
冷やすだけでも大仕事なのに、この世界では薬や温泉としてしか認知されていない「炭酸」を、最高の甘みと冷たさでデザートとして昇華させているのだ。
「ええ。ベリーの酸味を抑えるために、ハチミツの甘みを冷気で引き締めてあります。炭酸の刺激で、後味もスッキリするよう仕上げました」
「美味しい……! こんな冷たくて甘い飲み物、お城の晩餐会でも出てこないわ! シュウヤ、やっぱりあなたって凄いのね!」
エリスちゃんはすっかり夢中になって、ルビー色のジュースをごくごくと嬉しそうに飲み干していく。
「お待たせいたしました。まずは、ホーンチキンの『ねぎま(タレ)』と、新鮮な『レバー(タレ)』です。
目の前に並べられた、ツヤツヤと輝く極上の串。
公爵閣下は、まずは銅製のジョッキを持ち上げ、豪快に喉に流し込んだ。
「――っ!? フハァッ……!! な、なんだこれは……! 冷たい魔石の冷気とは違う、喉を突き抜けるようなこの衝撃的な冷たさは……! 旨い、旨すぎる!」
「ふふ、お父様、驚くのはまだ早いわよ。このお肉を食べてみて」
エリスちゃんに促され、公爵はねぎまを一口、ガブリと齧った。
「なっ……! 柔らかい……! それにこの、甘辛く、かつ深みのある濃厚なソース(タレ)は一体どうなっている!? 炭火の香ばしさと肉の脂が完璧に調和しているぞ!」
「次はレバーをどうぞ。肉ギルドから今朝仕入れた、極上の部位です」
公爵が恐る恐るレバーを口に運ぶ。貴族の間でも「内臓は臭くて硬い下等な食べ物」という常識があるからだ。
だが、その一口で、公爵の目が限界まで見開かれた。
「……バカな。これが、あの廃棄されるレバーだと? 臭みが一切ないどころか、口の中で濃厚なクリームのようにとろけていく……! シュウヤ、君は本当に、魔法使いか何かなのか……!?」
「美味しい! やっぱりシュウヤの料理は世界一だわ!」
エリスちゃんも、口の周りに少しタレをつけながら、幸せそうにベリーソーダをストローで吸い上げている。
「ハッハッハ! このクオリティのものが、バザルタの路地裏で手軽に飲んで食えるというのだから、そりゃあ大騒ぎにもなるわけだ。レオンハルト商会が血眼になって技術を欲しがった理由が、今、骨の髄まで理解できたよ。……よし、シュウヤ」
公爵はジョッキをテーブルにドンと置き、満面の笑みで俺を見た。
「このプロジェクトは、我がヴァルハイト公爵家が全力でバックアップする。君の『冷え冷えビールと焼き鳥』で、このバザルタの街を、いや、この国全体の食文化をひっくり返してやろうじゃないか!」
「はい、喜んで。……あ、エリス様、口元にタレがついていますよ」
「えっ? ふぇぇ、恥ずかしい……!」
赤くなるエリスちゃんをハンスさんが微笑ましそうに見守る中、賑やかな公爵邸の夜は更けていく。
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