第19.5話:お仕置き(?)と、公爵家の「聞いてないぞ」
レオンハルト商会との交渉を終えた翌朝。
俺の屋台の前に、見覚えのある高級な黒塗りの馬車がピタリと止まった。
降りてきたのは、ヴァルハイト公爵家の執事長であり、俺にあのシルバープレートを授けてくれた人物でもある、老紳士のハンスさんだった。
「お久しぶりですね、シュウヤ殿。相変わらずご盛況のようで何よりです」
「ハンスさん! お久しぶりです。今日も焼き鳥を食べていきますか?」
「いえ、本日は少々……主人(公爵)が、あなたに直々にお話がありましてな。お迎えに上がりました」
ハンスさんの目が、いつもより少しだけ「お説教モード」で細められているのを見て、俺の背中にツッと冷や汗が流れた。
(あ、もしかして昨日、レオンハルト商会相手に『公爵家の看板』をチラつかせて脅した件、もうバレたか……?)
営業マンの鉄則:勝手なハッタリがバレたら、すぐに謝罪とセットで「相手にとってもプラスになる代替案」を出すこと。
俺は覚悟を決めて、馬車に乗り込んだ。
ヴァルハイト公爵邸。
大理石の重厚な応接室で、バザルタの領主でもあるヴァルハイト公爵は、お気に入りの紅茶をすすりながら、俺をジロリと見つめた。
「シュウヤ。君が我が公爵家の名前を使って、あの強欲なレオンハルト商会の幹部を震え上がらせたと聞いたぞ?」
「……申し訳ありません、公爵閣下。少々交渉を優位に進めるために、お名前をお借りしてしまいました。どのような処罰でも受ける覚悟です」
俺が深く頭を下げると、公爵はフッと息を漏らして笑った。
「処罰などするものか。むしろあの鼻持ちならない大商会を、一露店商の君が怯ませたという報告を聞いて、私は久々に胸がすく思いだったよ。……だがね、シュウヤ」
公爵はカップを置き、身を乗り出してきた。
「その後の交渉内容を聞いて、私は驚愕したのだ。君は彼らの買収提案(金貨100枚)を断り、代わりに『業務提携』を持ちかけ、彼らの配送網を使って街中に冷え冷えのビールを配る仕組みを作ったそうじゃないか。……なぜ、その話を我がヴァルハイト商会に先に持ってこなかったんだね?」
「え?」
「ハンスから報告を聞いたとき、私は思わず叫んでしまったよ。『そんな美味そうな事業があるなら、なぜ私に最初に言わない!』とな」
公爵の言葉に、ハンスさんが横から「本当にその通りでございます。閣下は夕食の席で大変悔しがっておられました」と、困ったように微笑んだ。
「君は、自分で大きな店舗を構えるのではなく、すでに存在する他人の店舗や、大商会の物流網という『既存の箱』に、自分の高付加価値な商品(冷え冷えビールと仕込み串)を流し込むことで、ノーリスクで市場を支配しようとしている。……これは、ただの屋台の商売ではない。街の経済の『インフラ』を握るに等しい、恐るべき戦略だ」
さすがは一領地を治め、巨大なヴァルハイト商会を裏で率いるトップ。
俺が描いた「プラットフォーム戦略」の本質を、一瞬で見抜いていた。
「閣下……。お言葉ですが、最初にヴァルハイト商会を通さなかったのは、お手数をおかけしたくなかったからです。それに、レオンハルト商会の持つ『馬車網』は、バザルタの隅々まで張り巡らされています。あのインフラを利用するのが、今回の拡大には最も手っ取り早かったのです」
「ふむ、実利を取ったか。確かに物流に関してはあいつらの方が規模が大きいからな。……だが、今後この『冷え冷えビール&焼き鳥同盟』の規模がバザルタ全域、あるいは隣の街にまで広がるなら、我が公爵家としても黙って見ているわけにはいかんぞ」
公爵は悪戯っぽく笑いながら、新たな契約書を取り出した。
「今後、そのシステムから発生する利益のうち、我が公爵家(ヴァルハイト商会)が数パーセントの保証金を受け取る代わりに、今回の提携にかかるレオンハルト商会への牽制、法的・軍事的なトラブルの解決は、すべて私が後ろ盾として保証しよう。つまり――君のハッタリを、本当に我が家公認の『真実』にしてやろうということだ」
これ以上ない、願ってもない申し出だった。
公爵家公認のビジネスとなれば、レオンハルト商会も、その他のどんな有象無象の権力者も、俺の技術や利益を横取りすることなど100%不可能になる。
「……ありがたき幸せにございます、公爵閣下。これで私のビジネスは、名実ともに『完全無欠』となりました」
「はっはっは! よろしい。では、契約成立の祝いに、今日は我が家の厨房に君の仕込んだ『焼き鳥』とやらを持ち込んで、その冷え冷えのビールと一緒に私に振る舞ってくれ。ハンスからも美味いと散々聞かされていてね、ずっと食べたかったのだよ」
「喜んで、閣下。お口に合うよう、最高の部位を焼かせていただきます!」
こうして、ハッタリから始まった大商会との交渉は、本物の「公爵家公認プロジェクト」へと昇華した。
後ろ盾の強度はMAX。俺の異世界ビジネスロードは、いよいよ加速していく。




