第2話:異世界初の「タレ」の匂い。
異世界に放り出されて、早くも数時間が経過していた。
俺はクレイラ王国の街並みを歩きながら、頭の中で先ほど確認した初期スキルの詳細を反芻していた。
【至高の調味料箱】
【創造調理】
【移動式木造屋台】
「……うん、どう考えても戦闘向きじゃない。でも、これで飯を食っていくなら、これ以上ない神スキルだ」
まずはポケットに入っていた数枚の銅貨――転移の際に神様(?)が元々持っていた小銭をこちらの通貨に換金してくれたのだろう――を握りしめ、中央広場にある市場へと向かった。
着ていたヨレヨレのスーツの上着はあらかじめ屋台(仮)に放り込み、ワイシャツの袖をまくっただけの、少し奇妙な格好だ。一刻も早く服を買うためにも、まずは稼がなきゃならない。
活気あふれる市場には、見たこともない野菜や、怪しげな獣の肉がズラリと並んでいる。
その中で俺の目を引いたのは、丸々と太った鳥のような生き物の肉だった。
「おじさん、これ何の肉?」
「ん? そりゃ『ホーンチキン』の肉だよ。肉質は引き締まってて美味いが、ちと油分が少なくてパサつくから、塩を振ってよーく焼くしかねえな」
(ホーンチキン……見た目は完全に鶏のムネ肉やモモ肉だな。パサつくだと? ふふん、日本の『タレ』の力をナメてもらっちゃ困る)
俺は格安で売られていたホーンチキンのモモ肉を1キロ分、それとネギにそっくりな野菜を買った。
「よし、ここなら大通りからの匂いも届くし、人通りも適度にあって悪くない」
俺が選んだのは、大通りから一本入った少し広めの路地裏だった。
ちなみに、この街では、一定サイズ以下の『移動式露店』であれば、事前の面倒な営業許可や商業ギルドへの登録は不要というルールになっている。
その代わりに、巡回している街の衛兵に「1日あたり鉄貨3枚(約30円相当)」の格安な場所代(治安維持費)を支払うだけで、誰でも自由に商売を始めていい。
これなら今の俺のような無一文に近い人間でも問題ない。さらに、いざとなったら【移動式木造屋台】をスキルで一瞬にして収納して撤収できるため、場所代以上のトラブルに巻き込まれる心配もほぼゼロだ。
「さあ、記念すべき異世界での初営業、いってみようか!」
俺は周囲に人がいないことを確認し、頭の中で強く念じた。
次の瞬間、目の前の空間が眩い光の粒子で満たされ――。
ガタゴト、と低い音を立てて、一台の立派な木造屋台が路地裏に出現した。
年季の入った渋い色合いの木製カウンター。そこには小さな焼き台が備え付けられている。
さっそく仕込みの開始だ。
モモ肉を丁寧に一口大に切り分け、ネギに似た野菜(シャキシャキしていて美味そうだ)と交互に竹串に刺していく。そう、焼き鳥の王道『ねぎま』だ。
「よし、次は焼き台の準備だな」
【創造調理】のスキルを意識すると、屋台の焼き台に、赤々と火が起こった極上の備長炭が綺麗に敷き詰められた。煙も最小限に抑えられている。これもスキルの効果か。
そして、一番のキモとなる「タレ」を作る。
【至高の調味料箱】から、醤油、みりん、料理酒、そして砂糖を取り出す。
小鍋にそれらを黄金比率で合わせ、炭火の端でじっくりと煮詰めていく。
しばらくすると、路地裏に信じられないほど芳醇で、甘辛い香りが漂い始めた。
醤油が熱され、みりんと砂糖が絡み合う、日本人なら誰もが胃袋を刺激されるアノ匂いだ。
「くぅ、これこれ! この匂いだよ!」
俺は仕込んだホーンチキンの串を焼き台に並べた。
ジューッという小気味いい音とともに、肉の脂が炭に落ちて小気味よく爆ぜる。
焼き目がついたところで、特製のタレにドボンと浸し、再び火にかける。
タレが炭火で焦げる、破壊的なまでに香ばしい匂いが、狭い路地裏から表の通りへと広がっていった。
「なんだ……? この匂いは……!」
その時、路地裏の入り口から、低く野太い声が聞こえた。
振り返ると、そこには大きな鉄の剣を背負った、いかにも「冒険者」といった風貌の男が立っていた。
革の鎧は傷だらけで、顔つきも険しい。だが、その目は完全に俺の焼き鳥に釘付けだった。
「おい、店主。お前、そこで何を焼いてやがる……?」
男はゴクリと喉を鳴らし、お腹を空かせた狼のような目で、一歩一歩こちらへ近づいてきたのだった。




