第1話:社畜サラリーマン、異世界の路地裏で目が覚める。手元には……屋台!?
「おい佐藤、今日の分の報告書、明日の一限までに修正して提出しておけよ」
「あ、はい……承知いたしました」
乾いた返事をして、俺――佐藤 修也は、終電間際の満員電車に揺られていた。
齢二十六。趣味は週末の料理。
平日は理不尽な上司に頭を下げ、深夜に帰宅しては、唯一の癒やしである自炊で少し凝ったつまみを作り、缶ビールを煽る。そんな代わり映えのしない、擦り切れるような毎日を送っていた。
(……疲れたな。有給でも取って、一日中焼き鳥でも焼いてビール飲んでたい……)
そんなことを考えながら、フラフラと駅から自宅への暗い夜道を歩いていた、その時だった。
視界が、ぐにゃりと歪んだ。
「――え?」
心臓がドクンと大きく跳ね、足元から重力が消え去るような感覚。
強烈な目まいに襲われ、俺はそのまま意識を手放した。
◇◇◇
「……つ、冷たっ!?」
頬を濡らす冷たい感触に、俺はガバッと跳ね起きた。
目の前にあるのは、アスファルトではない。ゴツゴツとした、見慣れない石畳。
見上げれば、中世ヨーロッパを思わせるレンガ造りの古めかしい建物がひしめき合っている。空は抜けるように青く、妙に空気が美味い。
「どこだ、ここ……。つうか、会社は?」
パニックになりかけながら自分の体を見下ろす。着ているのは、さっきまで着ていたはずの、よれよれのビジネススーツ。
その時、脳裏に直接、電子音のような澄んだ声が響いた。
『――異世界への言語翻訳処理、および環境適応処理が完了しました。転移者サトウ・シュウヤに、初期ユニークスキルを授与します』
「て、転移……!? 俺がこの身体のまま異世界に!?」
小説でよくある、まさかの強制転移か!?
慌てて耳をすませる。
『ユニークスキル【至高の調味料箱】および【創造調理】を獲得しました。また、初期装備として【移動式木造屋台(自動修復機能付き)】を展開します』
「お、おい待て! 説明を――」
言いかける前に、目の前の空間が光の粒子となって弾けた。
光が収まった後に現れたのは――。
「……まじかよ」
一台の、立派な木製の屋台だった。
屋根があり、こぢんまりとした木製のカウンター。奥には炭を置くための焼き台と、鍋をかける五徳がある。現代の日本の人混みや祭りで見るような、あの「屋台」そのものだ。
触れてみると、木のぬくもりとともに、頭の中にすっと使い方が流れ込んできた。
どうやらこの屋台は、俺の魔力を動力源として、いつでもどこでも「収納」したり「展開」したりできるらしい。さらに【創造調理】のスキルを使えば、頭の中でイメージした調理器具が屋台の中に一瞬でセットされる。
「そして、もう一つのスキルは……」
俺は意識を【至高の調味料箱】に向けてみる。
すると、屋台のカウンターの下にある引き出しから、ずらりと並んだガラス瓶が自動的にせり上がってきた。
「しょうゆ、みりん、料理酒、塩、コショウ……それに、一味唐辛子まである!」
しかも、この調味料、どれだけ使っても「無限に補充される」というチート仕様だった。
料理好きの俺にとって、これ以上ない神スキルだ。
スーツのポケットを探ると、奇跡的に数枚の小銭――ではなく、なぜかこの世界のお金らしき「銅貨」が数枚入っていた。転移の際、神様が最低限の生活資金として換金してくれたのだろうか。
ぐぅぅ、と俺の腹が情けない音を立てた。
「そういえば、転移してから何も食ってないな……。いや、それ以前にここで生きていくためには、とにかく稼がなければならない」
スーツを脱ぎ捨て、シャツの袖をまくり、俺は屋台の仕込み口に立った。
記念すべき異世界第一弾のメニュー。
「調味料は完璧。あとは……『肉』だな」
俺はさっそく、この街の市場へ食材の買い出しへと向かうことにした。
美味しい匂いで、異世界の人々の胃袋を掴む旅が、今ここから始まる。




