第13話:黄金の相棒と、冷え冷えの魔法
近くの酒露店で買った安物の木製ジョッキを片手に、ぬるいエールを流し込みながら、美味そうに肉を食らう客たち。
彼らは彼らなりに満足しているようだが、元サラリーマン、かつ「仕事終わりの一杯」に並々ならぬこだわりを持つ俺からすれば、それは妥協の産物でしかなかった。
(せっかくこれだけ美味い焼き鳥が揃ったんだ。……合わせる酒が、あの気の抜けたぬるいエールじゃあまりにも惜しい。日本の、あのキンキンに冷えた喉越し抜群の生ビールをここで再現してやる!)
俺の胸の中に、商売人としての新たなこだわりと野望がふつふつと湧き上がる。
仕入れ資金なら、昨日公爵家から貰った金貨2枚(約20万円相当)がある。
俺は翌日の仕込みの前、普通の雑貨露店ではまずお目にかかれない専門の鍛冶屋街へと走り、熱伝導率が極めて高い『純銅製のジョッキ』を数十個、奮発してまとめて買い込んできた。
これだけでも、普通の露店商なら躊躇するレベルの、潤沢な手元資金があるからこそできた先行投資だ。
そして、肝心の「冷やす方法」だが――。
ここで俺のチートスキル【創造調理】が火を吹く。
このスキルは食材に魔力を通して「最適な調理状態」を作り出すことができる。
ならば、樽ごと仕入れた地元の麦酒に微弱な魔力を浸透させ、酵母の活動を壊さないギリギリの温度である『氷点直前の4℃』まで急速冷却し、維持することなど造作もない。さらに、炭酸の気が抜けないよう、樽の内部圧力を魔力で優しく固定する。
「よし……準備万端。試飲といこう」
特注の銅製ジョッキに、魔力で極限まで冷やした麦酒を注ぐ。
トクトクトク……と心地よい音と共に、黄金色の液体が注がれ、その上にキメの細かい真っ白な泡の層が美しく形成されていく。冷やされた銅のジョッキの表面には、みるみるうちに冷たい水滴が結露していった。
ゴク、ゴク、ゴク……。
「――プハァァァァァッ!!!」
美味い。美味すぎる。
雑味が消え、麦の香りとホップの苦味が、強めの炭酸とともに喉をハゲしく駆け抜けていく。まさに前世の仕事帰りに居酒屋で飲んだ、あの「最初の一杯」そのものだ。
「よし、これを焼き鳥とセットで出そう。ジョッキの回収と洗浄のオペレーションだけは徹底しないとな」
夕暮れ時。屋台の焼き台から香ばしい匂いが立ち上り、昨日ゴロツキ撃退を間近で見ていた常連の戦士系冒険者がさっそくやってきた。
「店主! 今日も砂肝とバラ串をくれ! それと……ん? なんだその結露した赤い金属のコップは?」
「へい、お待ち。これが今日からうちの屋台で出す、店主特製の『冷え冷え麦酒』です。飲み終わったらジョッキは回収するので、その場でプハッとやっちゃってください!」
男は不思議そうに、ひんやりとした銅のジョッキを手に取った瞬間、「お、冷てぇっ!?」と声を上げた。
冷たいジョッキなんて見たこともないのだろう、男は半信半疑のまま、ジョッキを傾けて一気に喉へ流し込んだ。
ゴク……ゴク……ゴク……。
「――っ!?!? な、なんだこれはっ……!!!」
男はジョッキをカウンターに叩きつけるように置くと、信じられないものを見たという顔で黄金の液体を見つめた。
「つ、冷たい! 冷たすぎて喉が痺れる! それにこの泡、まるでクリームみたいになめらかで……なのにエール特有の嫌な酸味が消えて、爽快感だけが体中を駆け巡りやがる……っ!」
「すかさず、その焼き立ての砂肝をどうぞ」
「おうっ!」
コリコリと弾力のある砂肝。噛むたびに塩気とにんにくの旨味が溢れ出す。
そこへすかさず、キンキンに冷えた麦酒を再び流し込む。
「くぅぅぅぅぅぅっ!! 悪魔的だ! 砂肝の塩気と、この冷てえエールが合わさると、無限に食えて無限に飲めるぞ!! 店主、おかわり! 串も酒も全部おかわりだ!」
「俺にもそれをくれ!」「その冷たいやつ、俺も飲むぞ!」
他所の露店で買ったぬるいエールを持っていた客たちも、目の前で繰り広げられる「至高のビール体験」に辛抱たまらず、次々と俺の極冷えビールを注文し始めた。
回収した銅ジョッキを、俺は【創造調理】で生成した清潔な冷水ですぐさま洗浄し、次の一杯へと回していく。
「ぷはぁーっ、生き返るわね!」
「なんだこの美味さは……今まで飲んでいたエールは泥水だったのか?」
路地裏のあちこちから、至福のため息と、銅製ジョッキがぶつかり合う小気味よい音が響き渡る。
焼き台の前でうちわを仰ぎながら、俺は冷たい水で喉を潤した。
「やっぱり、焼き鳥にはこれだよな」
ビールと焼き鳥の黄金コンビによって、俺の屋台は、もはやバザルタの路地裏における「伝説の聖地」へと進化しつつあった。




