第12話:最強の看板と、路地裏の新しい香り
「よし、開店準備完了!」
公爵邸を訪問した翌日。俺はいつもの東通り裏手の路地裏に、相棒の木造屋台を構えていた。
昨日ハインリヒさんから受け取った、商業ギルドの『正式特注プレート』を屋台の目立つ場所に掲げてある。
白銀のプレートには、商業ギルドの紋章と、その下部に誇らしげに刻まれた【ヴァルハイト商会特別融資店舗】の文字。これこそが、大貴族公爵家がこの店を守っているという、何よりの証拠だ。
「これ一枚で、どんなゴロツキも手出しできなくなるんだから、本当に良い買い物をしたな」
ふっと笑みをこぼしながら、俺は特製備長炭に火を起こした。
パチパチと心地よい音を立てて熱を帯びる炭。そこに、昨日【創造調理】の魔法保存でロスを完全に防いだ「ねぎま」「レバー」「オークバラ」の串を並べていく。
さらに今日からは、仕込んできた新メニューの『砂肝(塩・1本・鉄貨3枚)』もデビューだ。
じゅううう、と肉の焼ける極上の音と、香ばしいタレ、そして砂肝の焼ける塩とにんにくの匂いが路地裏に広がり始める。
「へい、いらっしゃい! 今日もやってるよ!」
「お、店主! 昨日はいきなり馬車に連れて行かれたから心配したぞ!」
「本当にね。でも、無事でよかったわ。……って、あれ? そのプレートは何?」
さっそくやってきた常連の冒険者や仕事帰りの職人たちが、屋台の銀色に輝くプレートに目を留めた。
「ああ、これかい? ちょっとした縁があって、ヴァルハイト商会公認の屋台になりましてね」
「は、はぁ!? ヴァルハイト商会って、あのバザルタ最大の公爵家の商会か!?」
「店主、お前一体何者なんだよ……」
常連たちが驚愕の表情を浮かべる。その時、大通りからぞろぞろと、質の悪い革鎧を着た男たちが数人、路地裏へと入ってきた。
見るからにタチの悪そうな、地元の弱小ギルド崩れのゴロツキたちだ。
「おいおいおい、ここで美味そうな匂いさせて商売してる奴がいるって聞いたが……。おい、露店商。ここで商売するなら、俺たち『牙の鉄鎚』にみかじめ料を払うのが筋ってもんだろ?」
ニヤニヤと下品な笑みを浮かべ、先頭の男が屋台のカウンターをドスンと叩いた。
周囲の客たちが「厄介な奴らが来た」と一気に引いていく。
だが、俺は焼き台のうちわの手を止めず、ただ極上のビジネススマイルを浮かべたままでいた。
「みかじめ料、ですか。しかし私は、毎月正当な場所代を街の憲兵に支払っておりますが」
「あぁん? 憲兵が裏路地の治安まで守ってくれると思ってんのか? 痛い目を見たくなかったら、今すぐ金貨半分……いや、今日の売上を全部置いていきな!」
ゴロツキが凄んで手を伸ばそうとした、その瞬間。
男の視線が、屋台の角に掲げられた銀色のプレートに吸い寄せられ、ピタリと止まった。
「……あ? なんだこの板……『ヴァルハイト……商会……特別、融資……店舗』……?」
男がボソボソとその文字を読み上げた瞬間、彼の顔からみるみるうちに血の気が引いていくのが分かった。
後ろに控えていた仲間たちも、その文字を確認した瞬間、ガタガタと膝を震わせ始める。
「ヴ、ヴァルハイト公爵家の……直属……!? バ、バカな、なんでこんな薄汚い屋台に!?」
「不躾な真似をして申し訳ありません、お引き取りを!」と言わんばかりに、俺はギルドの登録書(ハインリヒさんから貰った公爵のサイン入り)を胸ポケットからすっと提示した。
「何かご不明な点があれば、商業ギルド本部のアルド副ギルド長へ直接お問い合わせいただけますか?」
「ひ、ひぃぃっ! ご、誤解だ! 悪かった、通りかかっただけだ!」
男たちは一瞬で蜘蛛の子を散らすように、大通りへと脱兎のごとく逃げ出していった。
そのあまりに鮮やかな逃亡劇に、残された常連客たちから「おおお……!」と歓声が上がる。
「すげえ……! あのゴロツキどもを名前だけで追い返しやがった!」
「店主、やっぱりタダ者じゃねえな!」
「ははは、看板の威光ですよ。さあお騒がせしました、焼き台に戻ります! 今日からの新メニュー、ホーンチキンの『砂肝(塩)』も焼き上がってますよ!」
「おう、その砂肝ってやつをくれ!」「こっちもだ!」
ゴロツキの乱入でむしろ盛り上がった路地裏は、一気に注文の嵐に包まれた。
コリコリとした最高の食感の砂肝、濃厚でとろけるレバー、ジューシーなオークバラ。新メニューたちは、バザルタの冒険者たちの胃袋を次々と虜にしていく。
大盛況の熱気の中、俺は確信していた。
最強の後ろ盾を得たことで、この街での商売の基盤は、文字通り「盤石」になったのだと。
――だが、近くの酒露店で買った安物の木製ジョッキを片手に、ぬるいエールを流し込みながら美味そうに肉を食らう客たちを見ていて、俺の頭の中に、元サラリーマンとしての「新たなこだわり(野望)」がふつふつと湧き上がってきた。
(これだけ美味い焼き鳥が揃ったんだ。……なら、絶対に『アレ』が足りてないだろ)




