第10話:公爵邸の再会と、素直な「ごちそうさま」
黒塗りの高級馬車に揺られること、およそ十五分。
馬車が到着したのは、バザルタの北側に位置する、高い白壁に囲まれた広大な敷地だった。
手入れの行き届いた美しい庭園の奥にたたずむのは、大理石と白亜の石材で造られた、ため息が出るほど豪華な邸宅。
(……いや、これは邸宅というより、ちょっとした城だな)
馬車から降りた俺は、ハインリヒの案内で大扉をくぐり、光り輝くシャンデリアが吊るされた回廊を歩いた。
すれ違うメイドや護衛の騎士たちが、ワイシャツ姿の俺を怪訝そうな目で見てくるが、ハインリヒが先導しているため誰も口は挟まない。
「シュウヤ様、こちらへ。主がお待ちです」
案内されたのは、庭園を一望できる全面ガラス張りの美しいサンルームだった。
そこには、格式高いティーテーブルが置かれ、一人の少女が座っていた。
彼女は、仕立ての良い豪奢なシルクのドレスを身にまとっていた。
昨夜、俺の屋台でボロボロのフードを深く被り、必死につくねを頬張っていた少女と同一人物だとは、一瞬信じられないほどの気品と美しさだ。
ツヤのある亜麻色の髪に、吸い込まれそうなほど澄んだヘーゼルの瞳。
「お父様、この方が……?」
少女がハインリヒのさらに後ろ――部屋の陰に控えていた厳格な雰囲気の初老の男性に問いかける。
その男性こそ、この邸宅の主であり、商業ギルドの最高顧問でもあるヴァルハイト公爵その人だった。
公爵は鋭い眼光で俺を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「君がシュウヤか。娘のエリアが落とした、我が商会の極秘決済用白金貨……確かにギルドを通じて受け取った。まずは、君の誠実な行いに深く感謝する」
「恐縮です、ヴァルハイト公爵閣下。私はただ、あるべき場所にあるべきものが戻るよう、微力を尽くしたに過ぎません」
俺は前職で身につけた、極上の「役員向け敬語と最敬礼」を披露した。
その完璧な姿勢と澱みのない言葉遣いに、公爵はわずかに眉を動かし、驚いたようにハインリヒと視線を交わした。ただの露店商だと思っていた男が、王都の高等教育を受けた貴族以上の洗練されたマナーを見せたのだから当然だろう。
「ふむ……。単なる露店商にしては、実に見事な立ち振る舞いだ。まあよい、堅苦しい挨拶はここまでとしよう。エリア、君からもしっかりとお礼を言いなさい」
公爵に促され、ドレス姿の少女――エリアが、ほんのりと頬を染めて立ち上がった。
そして、俺の目の前まで歩み寄ると、小さな手を胸の前でぎゅっと握りしめて頭を下げた。
「シュウヤ様、本当に、本当にありがとうございました……っ! あの白金貨は、お父様から初めて任された大事なお仕事の決済用だったのです。あれを無くしたと気づいた時は、目の前が真っ暗になって……。届けてくださって、どれだけ感謝してもしきれません!」
「いえ。無事にお手元に戻って、何よりです、エリア様」
「……あ、あの!」
エリアは少し恥ずかしそうに上目遣いで俺を見つめ、ドレスの裾をもじもじと弄りながら、小さな声でささやいた。
「それと……昨日の、あの丸くて柔らかいお肉……『つくね』でしたっけ? あれ、とっても、すっごく美味しかったです。あんなに美味しい食べ物、生まれて初めて食べました……!」
お嬢様としての完璧な仮面が外れ、昨夜の「食いしん坊な女の子」の素顔がのぞく。
その無邪気で、心からの「ごちそうさま」の笑顔に、俺の胸の緊張がふっと軽くなった。
「気に入っていただけて光栄です。いつでもまた、屋台へいらしてください。次はもっと美味しい新メニューも用意しておきますから」
「本当ですか!? 絶対に行きます!」
嬉しそうに目を輝かせるエリアの後ろで、父親であるヴァルハイト公爵が、やれやれと頭を振る。
しかし、その表情はとても穏やかで、娘を救ってくれた俺への信頼がはっきりと見て取れた。
「さて、シュウヤ君。感謝の言葉だけで済ませるつもりはない」
公爵はハインリヒに合図を送った。
ハインリヒが恭しく捧げ持ってきたのは、ずっしりと重そうなベルベットの袋だった。
「これは、今回の白金貨紛失に伴う大混乱を防いでくれたことに対する、我がヴァルハイト商会からの正式な『謝礼』だ」




