第9話:新メニューの衝撃と、黒塗りの馬車
「よし、仕込みは完璧だな」
市場調査を経て、俺の屋台のメニューは劇的に進化していた。
定番の『ねぎま(1本・鉄貨3枚)』に加え、本日からは新メニューとして、ホーンチキンの『レバー(タレ・1本・鉄貨3枚)』と、オーク肉を使った『豚バラ串(塩・1本・鉄貨4枚)』が仲間入りしている。
特にレバーは、市場のおじさんからタダ同然で仕入れたものだ。
血抜きをしてハーブで臭みを取り、低温で優しく下茹でしてから串に刺す。この世界では「パサついて臭い」と敬遠されていた部位だが、俺の【至高の調味料箱】のスパイスと秘伝のタレを絡めて炭火で炙れば、とろけるような極上のレバー串に化ける。
「いらっしゃい! 今日から新メニューあるよ!」
夕暮れ時、バザルタの東通り裏手。
いつものように屋台を展開すると、暴力的なまでに香ばしい匂いが路地裏を満たしていく。
「おい店主! なんだその赤黒い肉は? 鶏の内臓か?」
馴染みの常連冒険者が、焼き台のレバーを怪訝そうに見つめる。
「ホーンチキンのレバーさ。特製のタレでじっくり焼いてある。食ってみな、飛ぶぞ」
「内臓なんてタダのスープ出汁だろ……。まぁ、店主のタレなら信じるがよ。1本くれ!」
焼き上がったレバーを差し出す。
常連の男は、半信半疑のままレバーをごちそうそうに一口で葬った。その瞬間――男の動きがピタリと止まる。
「……ッ!? なんだこれ……モチモチして、めちゃくちゃ濃厚で、口の中でとろけやがった……! 臭みなんてこれっぽっちもねえ!」
「だろ? こっちのオークバラ串は塩でどうぞ」
「う、美味い! 脂が炭火でカリッと焼けてて、噛むたびにジュワッと……おい店主! レバー3本、バラ2本追加だ!」
「俺もそれをくれ!」「こっちもだ!」
路地裏はあっという間に、新メニューを求める客たちで大盛況となった。
仕入れ値がほぼタダ同然のレバーが、飛ぶように売れていく。この利益率はサラリーマン時代のどんな営業案件よりもエグい。
忙しく手を動かしながら、俺は心の中でガッツポーズを決めていた。
よし、市場調査の勝利だ。ビジネスの基本は「他人が価値を見出していないものに、アイデアで価値を与えること」。それを異世界で体現できている。
――だが、その熱気あふれる路地裏の空気が、一瞬にして凍りついた。
ガタゴトと、大通りから路地裏の入り口へと入ってきたのは、一台の馬車だった。
泥だらけの路地裏にはおよそ似つかわしくない、漆黒に塗られた一級品の木材と、金色の装飾。馬車を引く二頭の駿馬も、並の軍馬より遥かに血統が良さそうだ。
「おい、あれって……」
「ヴァルハイト商会の紋章じゃねえか……!? なんであんな大物の馬車がこんな裏路地に……」
さっきまで大声で肉を貪っていた冒険者たちが、一斉に押し黙って道をあける。
黒塗りの馬車は、俺の簡素な木造屋台のすぐ手前で静かに停車した。
御者台から身を乗り出したのは、仕立ての良い衣服を着た、いかにも仕事が出来そうな初老の執事風の男。
彼は馬車から降りると、屋台の前に立ち、すっと背筋を伸ばして俺に一礼した。
「失礼いたします。焼き鳥の屋台を営まれる、シュウヤ様とお見受けいたします。私はヴァルハイト公爵家、ならびにヴァルハイト商会にて家令を務めております、ハインリヒと申します」
(本当に来やがった……!)
ギルド副長アルドが言っていた「商会の使い」だ。
背中にツッと冷たい汗が流れる。
だが、焦るな。俺は元サラリーマン。こういう時こそ、体に染みついた「ビジネスマナー」の出番だ。
俺はうちわを置き、ワイシャツの袖を整えて、ハインリヒに向き合った。
「ご丁寧に恐れ入ります、ハインリヒ様。私が店主のシュウヤです。……本日は、例の『お届け物』の件でしょうか?」
ハインリヒは、俺の少しも物怖じしない冷静な態度と、仕草の端々に見える洗練されたマナーに、わずかに目を見張った。この世界のただの露店商なら、大貴族の家令を前にすれば平伏して震えるのが普通だからだ。
「さようでございます。我が主より、この街を救っていただいた誠実なる商人に、直接感謝を伝えたいとのお言葉を預かっております。シュウヤ様、これより、我が主の邸宅へとご同席願えますでしょうか?」
その丁寧な言葉の裏には、断ることを許さない、大いなる権力の重みが隠されていた。




