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【百合ロマン小説】八咫烏の巫女  作者: 泉水遊馬
八咫烏神社

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8/13

第七話:銀ブラの陰影、夜に咲くリコリス

大正の帝都が誇る夜の繁華街・銀座は、昼の喧騒をそのままに、カフェーの灯りと蓄音機の喧しい音楽で満ち満ちていた。

アスファルトに反射するネオンの光は、まるで街そのものが発情しているかのように妖しく揺らめいている。

その喧騒の最中を、一人のモダンガール(モガ)が、軽やかなステップで歩いていた。

外事・出入巫女、千鶴。



挿絵(By みてみん)


昼間、八咫烏神社で見せる清楚な白衣と袴の神職姿は、そこには影も形もない。

頭には漆黒の小ぶりなクローシュ(鐘型の帽子)を小粋に斜めに被り、ウェーブを効かせたボブカットの髪を揺らしている。

身に纏うのは、洋風の仕立てが美しい、大胆に膝丈を覗かせるラフな和装。

絹のストッキングに包まれた細い脚と、エナメルのハイヒールが、大正デモクラシーの華やかさをこれ以上ないほどに体現していた。

だが、その懐、誰の目にも触れぬ暗がりに、彼女は八咫烏の護符と一振りの美しい仕込み杖を秘めている。

千鶴の双眸は、流行の洋装に身を包みながらも、夜の闇に溶けかける「不自然な陰気」を鋭く見抜いていた。

男たちの不祥事を握り、軍部の闇を暴いてきた彼女の諜報能力が、銀座の路地裏に漂う紫の霧を捉える。

それは、男の生命力を吸い尽くして心中へと誘う傾城型陰魔女・夕霧の、放つ陰魔術の残滓だった。

「あぁ、また今日も、あの可哀想なお蓮様が戦場で泣きを見る羽目になる……」

千鶴は小さなため息をつきながら、手袋に包まれた指先でドレスの裾を少し持ち上げ、さらに深い闇へと足を踏み入れた。

カフェー『リコリス』の重い扉を開けると、そこは煙草の煙と洋酒の匂いがどんよりと立ち込める、男たちの巣窟だった。

蓄音機から流れる退廃的なジャズの調べに合わせ、酔客たちが妖艶な女給たちに群がっている。

その一角、豪華なソファの奥に、すでに眼窩が落ちくぼみ、干からびた木死のようになりながら笑う、陸軍の高級将校の姿があった。

男の背後で、揺らめく紫の煙が、まるで遊郭の格子窓のような不気味な幻影を結びつつある。

「うふふ……旦那様、もっと、私にその生命いのちの火を注いでくださいませ……」

女給の姿を借りた陰魔女の因子が、将校の首筋に、冷たい指先を這わせていた。

千鶴はハイヒールの音をわざと響かせ、その男たちの利権と情欲が渦巻くテーブルへと、不敵な笑みを浮かべて近づいていった。

「おや、大尉殿。

こんな小汚い場所で、ずいぶんと淫らな『お遊び』をされているのですね」

千鶴が仕込み杖の頭を床にコツンと突いた瞬間、カフェーの華やかな音楽が一瞬にして、凍りついたように途絶えた。


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