第六話:白髪の諧調、孤高なる咀嚼
八咫烏神社の境内を、大正の冷たい夜風が吹き抜けていく。
「奥の院」から微かに漏れ聞こえるお蓮と千代の、命を繋ぎ止めるための狂おしい吐息を、詩織は一人、本殿の縁側で聞き流していた。
キセルから燻り出す紫煙が、彼女の顔を妖しく覆い隠す。
詩織の長い髪は、月光を反射して、まるで雪のように純白に輝いていた。
それは生まれ持った異能の証などではない。
裏巫女以外には倒せない強大な陰魔女を、その巨大な大太刀で幾度も屠ってきた「戦歴の傷痕」そのものだった。
お蓮が千代との肉体の結合によって呪いを浄化するのに対し、詩織はそれをすべて一人で処理する。
彼女が息を吐き出すたび、その雪白の髪の隙間から、ドス黒い陰呪の残滓がシュウシュウと音を立てて霧散していった。
『自己呪詛解放』。
体内に強制逆流してきた女たちの悍ましい愛憎、男を呪う淫毒を、詩織は自身の圧倒的な霊的器によって内側から強引に「噛み砕く」。
だが、神の領域に等しいその絶対的な排毒の術理は、彼女の肉体と生命力を内側から激しく蝕んでいた。
「ふぅ……。
今回の上級の毒は、ちっとばかし、骨が折れたねぇ……」
キセルをトントンと縁側に打ち付け、詩織は自嘲気味に微笑んだ。
自己呪詛解放を行う度、怨霊たちの凄まじい死のエネルギーと、詩織の生命力が体内で正面から衝突する。
その凄絶な霊的ストレスは、彼女の毛髪の細胞を根元から完全に焼き切り、色素を奪い去っていった。
戦いを重ね、自力で呪いを噛み砕く度に、彼女の髪はより一層白さを増し、巫女としての、そして人間としての寿命をガリガリと削り取っていく。
誰の手も借りず、誰の肌にも触れず、ただ孤独に己を削って帝都の理を守る。
それが、帝都最強と謳われる詩織の背負う十字架だった。
足音が一つ、静かに近づいてくる。
奥の院での過酷な排毒の作業を終え、汗を拭った見習い巫女の千代が、深い畏敬の念を込めた瞳で詩織を見つめていた。
千代には、詩織のその純白の髪が、どれほど重い命の灯火の輝きであるかが痛いほどに解っていた。
「詩織様……。
そのお髪……また、少し、白さが増してしまわれましたね……」
「何だい、千代。
お蓮の看病は終わったのかい。
あいつ、今夜もみっともなく泣き叫んでただろ?」
「お蓮様は、無事にお眠りになりました……。
ですが、詩織様……本当に、私では、詩織様の呪いを抜いて差し上げることは……できないのですか……?」
千代の悲痛な問いかけに、詩織はキセルを咥えたまま、いたずらっぽく笑って見せた。
彼女の自己呪詛解放は、あまりにも濃密で巨大な呪いを一瞬で噛み砕くため、千代の霊的許容量では受け止めきれず、交わった瞬間に千代の器が破裂して死に至る。
だからこそ、詩織は一人でこの白髪の呪縛を受け入れ続けなければならない。
「優しいねぇ、千代。
でも、あんたのその可愛い指は、お蓮のために取っておきな。
あたしのこのドス黒い中身をまともに喰らったら、あんたのその身体なんて、一瞬で消し飛んじまうよ」
詩織は立ち上がり、巨大な大太刀を再び肩に担ぎ直した。
月光に照らされたその白い髪が、哀しくも、圧倒的な強者の威厳を纏って夜風に揺れる。
男に肌を許さぬ処女の裏巫女たちが、ある者は女同士でぐずぐずに溶け合い、またある者は、たった一人で身を焦がしながら、大正の帝都の闇と戦い続けていた。




