第九話「別室にて」
「馬良先生、少しよろしいでしょうか」
「あなたは費詩殿の従者……
でしたかな?」
「はい。
孔明先生から手紙を預かっております。
馬良先生に人生相談をするよう言われまして」
「兄上からですか。
そうでしたか」
馬良は白い眉を優しくハの字に下げ、
穏やかに微笑んだ。
「関将軍は簡雍殿と盛り上がっているご様子。
それでは、私の部屋へどうぞ」
廊下で紹先と合流し、
互いに自己紹介を済ませる。
馬良は紹先の同行も快く許してくれた。
――馬良の部屋。
「どうぞ、お掛けください。
早速ですが、
兄上からの手紙を拝見いたします。
少々お待ちを」
馬良は背筋を正し、
丁寧な所作で手紙を広げる。
その間、俺は紹先から報告を受けた。
「どうだった?」
「簡雍殿が私の叔父と意気投合しまして、諜報部隊の頭に任命されました。
お二人は凄まじい速さで十二名を集めています。
時間をいただければ、
まだ増やせそうです」
「よくやった。さすがおっちゃん♪
紹先の叔父さんにも感謝だな。
馬良先生と作戦を練って、
すぐ動かすぞ」
「はい!」
紹先は嬉しそうに目を輝かせた。
素直で本当にいい奴だ。
義弟にして正解だった。
腹黒い簡雍のおっちゃんと、
真っ白で素直な紹先。
この二人、案外いい感じにバランスが取れている。
やがて馬良が手紙を読み終え、静かに姿勢を正した。
「お待たせいたしました、太子様」
「堅苦しい挨拶は不要です、
馬良先生。
今まで通り、謙信と呼んでください」
「承知しました。謙信殿」
馬良は費詩先生より若い。
だが、不思議な威厳があった。
誠実そうな雰囲気に加え、
あの白い眉。
……いや、眉は関係ないか。
初対面なのに、
自然とこちらまで丁寧語になってしまう。
この人の前では「俺」なんて言えない。
気付けば、柄にもなく
「私」と丁寧語で話してしまう。
――この人には、
良い子だと思われたい。
そんな感情すら湧いてくる。
「早速ですが、馬良先生。
このままでは関羽将軍が大変な窮地に立つ
と、私は考えています」
「手紙にもありました。
孫呉が裏切ると予想しておられるのですね」
「そうならないために、
父上と孔明先生に無理を言って、
身分を伏せて荊州へ来ました。
魏・呉・蜀
――特に各武将について
教えていただけませんか」
「わかりました」
馬良は棚から地図を取り出した。
「まず、樊城・襄陽攻めの準備として、
魏には内通者がおります」
「呉とは国境問題で揉めている状況です」
馬良は地図の上に駒を置いていく。
苑・荊州北 内通者あり
襄陽・樊城 曹仁、満寵、呂常、文聘
攻撃側 関羽、関平、趙累、廖化
江陵の留守 麋芳、士仁
呉 呂蒙、
――まさに樊城の戦い、決戦前夜。
俺の知る歴史では、確かこうなる。
前半戦。
関羽軍は樊城を包囲し、
曹仁を徹底的に追い詰める。
魏は于禁、龐徳を増援として投入。
だが長雨により于禁軍は壊滅し、
于禁は降伏。
龐徳も討ち取られる。
関羽軍は一気に優勢となり、
魏国内では動揺と反乱が続発。
あの曹操ですら遷都を考えるほど追い詰められる。
大雨に沈む樊城は、陥落寸前までいく。
――だが、中盤から流れが変わる。
于禁の降伏兵三万を抱えたことで食糧不足が発生。
麋芳と士仁の補給ミスに関羽は激怒する。
不信感は積もり、関係は悪化。
さらに国境沿いで呉の食糧を徴発したことで、孫呉が激怒する。
そして後半戦。
徐晃の増援で戦線は膠着。
司馬懿の進言で、呉がついに裏切る。
合肥の張遼までもが増援として動き始め――
呂蒙と陸遜が奇襲。
麋芳、士仁は寝返り、江陵は陥落。
関羽は帰る場所を失う。
そして最後には、
孫権軍に追い詰められ捕縛。
関羽の首は孫権から曹操へ送られ――
翌年正月。
曹操と呂蒙が相次いで没する。
……確か、そんな流れだったはずだ。
「さて、どうするか」
思案のしどころだ。
関羽救出作戦――
いよいよ本編開始。
ここから歴史に介入し、蜀が勝つ未来を実現させる!
……そそるぜぇ、こりゃぁ。
第十話「作戦会議」続く
三国志人物紹介
馬良バリョウ 字は季常キジョウ
33歳 生187-222没
荊州襄陽郡きじょうけん
蜀の幕僚。馬謖の兄。眉が白く、「白眉」と称される。
三国志演義では劉備が南荊州を攻略した後、伊籍の推薦で劉備に仕える。諸葛亮が蜀に移ると、荊州を守る関羽の補佐を命じられる。関羽の襄陽進攻に従軍し、負傷した関羽が華佗の治療を受けた時は、碁の相手を務めた。荊州が呉の呂蒙に奪われると、伊籍と共に援軍を求めに成都に向かうが、その間に関羽は敗死する。夷陵の戦いでは劉備に従い、敗北。諸葛亮の南蛮征伐の最中に死亡した。
正史では諸葛亮と親しく、兄事した。夷陵の戦いで、武陵の異民族に協力を取り付けるなど活躍するが、戦死した。
統率46.武力23.知力84.政治91.魅力86.
一人称は私
主人公を謙信殿と呼ぶ。
非常に温厚で、書の才能あり。
孔明を兄上と呼び手紙のやり取りが多い。
泣いた馬謖の兄。
関羽は荊州の名士と親しくしようとしなかったが、
馬良だけは認めている。




