第十話「作戦会議」
「たとえば馬良先生。
攻撃部隊の趙累と、留守役の麋芳を交代させることはできませんか?」
俺は地図の上の駒を動かしてみた。
宛 内通者あり
襄陽・樊城 曹仁、満寵、呂常、文聘
攻撃側 関羽、関平、趙累、廖化
江陵の留守 麋芳、士仁
呉 呂蒙、
馬良先生は穏やかな表情のまま、
柔らかく諭すように説明してくれた。
「軍事に関しては、
すべて関将軍が独断で決定しております。
配置転換の献策は……非常に難しいでしょう。
たとえ劉禅様だと正体を明かされたとしても、
軍事への口出しは受け入れられないかと」
「ですよねぇ……」
そんな気はしていた。
プライド高そうだもんなぁ、関羽。
「むむむ……。
では外交面は、馬良先生が担当されているのですか?」
「いいえ。外交も関将軍ご自身が対応されます」
「うわぁ、それは厳しい……」
俺は思わず頭を抱えた。
「義侠心が強くて、
曲がったことを嫌う性格なんでしょうね」
「その真っ直ぐさと誠実さこそ、
関将軍の魅力でもあります。
領民からの評判も非常に高いですよ」
さすが馬良先生だ。
決して他人を悪く言わない。
「同盟を組みながら腹の探り合いをするような、
外交的駆け引きには向いてなさそうですね」
「それでは関将軍ではありませんから」
「うぅむ……むむむ……」
……扱いづらい。
これ、もう詰んでないか?
関羽は青龍偃月刀を振るわせれば最強。
だが配置転換は無理。外交も危うい。
しかもプライドはMt.富士級。
そりゃ挟み撃ちにもされるわ。
どうしたらいいんだよ、
ドラえも〜ん……。
――あっ!
俺にはコウメェモンがいた!
「そうだ。困った時に開けろって、
孔明先生から袋を渡されてたんだ」
「さすが兄上です」
俺は一番の袋を開けた。
そこには短く、こう書かれていた。
『関羽将軍、既に最強なり。
古今東西、兵站こそが要』
「――これだ!」
思わず声が出た。
そうか。
俺たちが関羽をどうこう変える必要はない。
兵糧さえ尽きなければ、
関羽軍は負けないんだ!
思い出せ。
樊城の戦いの流れを。
関羽が樊城を包囲。
そこへ于禁、龐徳が増援に来る。
だが長雨。
于禁軍は壊滅し、于禁は降伏。
龐徳は討ち取られる。
関羽軍は大勝利。
樊城は陥落寸前まで追い詰められる。
――だが、中盤。
于禁の降伏兵三万を抱えたことで、
食糧不足が発生。
麋芳と士仁の補給失敗に関羽が激怒。
そこから不信感が募っていく。
さらに国境沿いで呉の食糧を徴発し、孫呉が激怒。
「ここだ……!」
やはり戦の基本は兵站。
さすが孔明。
太り気味の劉禅すら燃え上がらせる男だ。
「馬良先生! わかりました!」
「ぜひ、お聞かせください。
謙信殿の策を」
「私が見た夢では――
関羽将軍は樊城を包囲し、
増援に来た于禁将軍を三万の兵と共に降伏させます」
「あの歴戦の名将・于禁左将軍が……ですか」
馬良先生がわずかに目を見開く。
「信じ難いですが……さすが関将軍ですね」
「確か、凄まじい長雨で戦どころじゃなくなったはずです」
「長雨……。
確かにこの地方は、
秋に雨が続く年があります」
「それです!
関羽は水攻めのような形で、
前半戦を圧勝するんです!」
「なるほど……。
事前に船を用意しておけば、
十分あり得ますね。
于禁軍に水軍の用意がなければ、
壊滅状態になるでしょう」
「そこで于禁将軍は早い段階で降伏します」
「しかし、三万もの投降兵ですか。
それは極めて危険な状況ですね」
「投降兵にも飯を食わせなきゃいけませんから、
絶対に兵糧不足になります」
「なるほど」
馬良先生は静かに頷いた。
「秦の白起将軍が趙の捕虜四十万を生き埋めにした理由も、
食糧不足と反乱防止でした。
ですが関将軍なら、
そのような非道は決して行わないでしょう」
「はい」
「つまり――兵糧を事前に備蓄しておけばよいのですね」
「その通りです!」
馬良先生の理解が早すぎる。
さすが天才だ。
「その後はどうなりましたか?」
「麋芳と士仁に追加の兵糧輸送命令が出ます。
ですが、
火事か何かで失敗したはずです。
そこで関羽が激怒し、
不信感が決定的になると思います」
「なるほど……。
急な追加命令で現場が混乱したのでしょう。
元々、麋将軍と士将軍は関将軍との相性が良くありませんからね」
「さらに国境付近で呉の食糧を奪い、
孫呉の怒りを買います。
そして麋芳と士仁が呉へ内通。
呂蒙と陸遜が
江陵を無血開城し、
あっという間に荊南を制圧します」
「無血開城……戦わずして、ですか」
馬良先生の表情が鋭くなった。
「怪しいですね。
かなり前から調略されていた可能性があります。
火事も偶然ではなく、
孫呉の工作かもしれません」
「その発想はありませんでした」
「ええ。
呂蒙ならばやりかねません。
しかし、
陸遜?という人物は存じ上げておりません」
「陸遜は呂蒙以上に危険です。
知略は孔明先生に匹敵すると言っても過言じゃありません」
「兄上と同格、ですか……」
馬良先生の顔つきがさらに真剣になる。
「それは極めて危険ですね」
「はい。
陸遜こそ、
後々まで蜀漢を苦しめる存在になるはずです」
「承知しました。
麋芳、士仁両将軍なら、
明日の軍議で登城されます」
「なら、ぜひ私も会わせてください」
「かしこまりました」
「それと兵糧です。
前もって多めに確保できませんか?」
「対応しましょう。
永安、武陵、零陵からの輸送準備も進めます」
「ありがとうございます!」
「事前に分かっていれば、
出来る限り備えられます。
他に気になる点はございますか?」
「そうですね……外交ですかね」
「明日、呉からの使者が謁見予定です」
「おおっ!ぜひ同席したいです!」
「私と同行されれば問題ありません」
「助かります!」
――よし!
兵糧確保。
麋芳・士仁への釘刺し。
さらに外交への介入。
ここまでは順調だ。
ならば次は――温めていた計画を動かす。
「紹先。諜報部隊を動かすぞ」
「はい! 兄者!」
「四班に分ける。
一班は呉へ。呂蒙と陸遜の動きを探れ。
二班は魏へ。合肥の張遼の動向を監視。
三班は荊南の情勢を調査。
四班は父上と孔明先生への報告だ。
漢中か成都、どちらかにいるはずだ。
同じ手紙を二通書く。
両方へ届けてくれ」
「わかった!」
「あと二班増やせるか?」
「できる!」
「五班は関羽軍に張り付き、
戦況を最速で報告。
六班は二名編成。
明日、麋芳と士仁に会う時に同行してくれ」
「了解!
すぐ叔父に伝えてくる!」
「蜀漢の命運がかかってる。頼んだぞ」
紹先は勢いよく部屋を飛び出していった。
その様子を見届けた馬良先生が、
静かに口を開く。
「兄上へ手紙を出されるのでしたら、
私からも書簡を送りたいのですが……
お願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。
馬良先生、同じものを二通ご用意ください」
その後も俺たちは、
兵站強化や麋芳士仁の火災対策について話し合いを続けた。
そして部屋へ戻る。
――さて。
俺も父上と孔明先生に手紙を書かないとな。
兵糧の追加支援についても、
しっかり頼んでおこう。




