第四十ニ話「青龍偃月刀」
漆黒の甲冑に身を包み、
青龍偃月刀を構える隻眼の猛将――
張遼文遠。
赤兎馬にまたがる長髯の武神が、
静かに青龍偃月刀を掲げる――
関羽雲長。
かつて共に酒を酌み交わした男たちが、
今は敵として相対していた。
しかも互いの手には、同じ武器。
「……久しいな、雲長」
張遼が低く笑う。
「貴公ほどの男と、
再び刃を交える日が来るとはな」
関羽は長い髯を撫で、
静かに目を閉じた。
「文遠よ。貴公は真の武人だ」
だが――。
スゥ……と。
青龍刀の切っ先が、張遼へ向けられる。
「漢を阻むならば、斬る」
直後。
――ドンッ!!!!
二頭の名馬が同時に丘を蹴った。
爆ぜる土煙。
数十歩の距離が、一瞬で消し飛ぶ。
「はぁぁぁああああッ!!」
「ぬおおおおおッ!!」
ギィンッ!!!!
二本の青龍偃月刀が激突した瞬間、
火花が豪雨のように飛び散った。
周囲の兵たちが思わず耳を塞ぐ。
「な、なんだ今の音は……!?」
「鉄がぶつかった音じゃねぇ……!」
空気が震える。
馬が悲鳴を上げる。
両者は鍔迫り合いのまま、至近距離で睨み合った。
「相変わらず……化け物じみた腕だな……!」
張遼が歯を食いしばる。
関羽の腕力は異常だった。
受け止めただけで、両腕が痺れる。
一方の関羽も、目を細める。
(受け止めた、だと……?)
関羽の一撃は、
並の武将なら馬ごと叩き斬られている。
だが張遼は耐えた。
いや――押し返してきた。
「行くぞ、雲長!!」
張遼が手綱を引き絞る。
刹那、横薙ぎの一閃。
関羽は上体を逸らして回避したが、
数本の髯が宙を舞った。
「ほう……!」
関羽の双眸が鋭く細まる。
次の瞬間。
――ドガガガガガガガッ!!!!
暴風のような連撃。
上段。
下段。
突き。
薙ぎ払い。
常人では目で追えぬ速度。
兵士たちはただ呆然と、
異次元の斬撃戦を見つめるしかなかった。
「これが……五虎将筆頭……!」
「いや……張遼も化け物だぞ……!」
激突のたび衝撃波が走り、
泥水が弾け飛ぶ。
十合。
二十合。
三十合――。
互角。
完全なる互角だった。
だが。
「……っ!」
張遼の頬を、一筋の赤が走る。
いつ斬られたのかすら分からない。
関羽の刃が、わずかに届いていた。
「くっ……!」
だが張遼は笑った。
「なるほど。やはり貴公は強い」
そして。
その眼光が獣のように鋭くなる。
「だが――!」
張遼が咆哮した。
「俺も、曹魏を背負っているのでなぁぁぁッ!!」
ドォンッ!!
青龍偃月刀が、
凄まじい勢いで振り下ろされる。
関羽は真正面から迎え撃った。
――激突。
大地が砕けた。
衝撃で周囲の兵が吹き飛ぶ。
赤兎馬が嘶き、張遼の愛馬が後退する。
互いに距離を取った二人は、
荒い息を吐きながら視線を交わした。
そして――
同時に笑う。
「フッ……」
「ハハ……!」
敵でありながら。
互いの武を、誰より理解していた。
だからこそ分かる。
次の一撃で決まる――と。
風が吹く。
戦場が静まり返る。
関羽は青龍偃月刀を構えた。
張遼もまた、得物を握り直す。
「参るぞ、文遠」
「来い、雲長!」
二頭の馬が再び疾走した瞬間――
戦場の空気そのものが、爆ぜた。
◆
張遼軍の参戦によって、
戦場は完全に魏軍優勢へ傾いていた。
曹仁軍と夏侯惇軍は陣形を整え、
趙雲軍へ圧力をかける。
廖化軍は側面攻撃を受けた関羽軍の支援へ回り、
関羽軍は張遼軍への対応に釘付けとなっていた。
徐晃
趙雲 夏侯惇
曹仁
関羽
張遼
廖化
後退していた徐晃軍も、
張遼軍の加入で息を吹き返す。
徐晃は軍を立て直し、
再び趙雲軍へ襲いかかった。
「不敗の徐晃!
最後に勝ちを掻っ攫うのは、
この俺ぜよ!!」
数で勝る曹魏軍は、
徐々に趙雲隊を包囲し始める。
その時――。
西方から巨大な土煙が巻き上がった。
次の瞬間。
――ドゴォォォォン!!!
雷鳴のような咆哮が戦場を揺るがす。
「野郎共ォォォ!!
間に合ったぜェェェ!!」
蜀軍西方より、新たな軍勢が突撃してくる。
先頭で蛇矛を振り回す猛将。
黒馬に跨るその男を見て、
趙雲が目を見開いた。
「益徳殿……!」
現れたのは、豪勇無双の張飛だった。
「子龍!! 待たせたなァ!!」
張飛軍がそのまま魏軍側面へ激突する。
――ドガァァァン!!
「なっ!?」
「張飛だとォ!?」
魏軍が大混乱に陥った。
さらに張飛と共に現れた劉封も暴れ回る。
「オラァ!!
漢中王軍の力、見せてやるぜ!!」
劉封隊は夏侯惇軍へ猛突撃。
張飛は豪快に笑いながら、
一直線に夏侯惇へ迫る。
「片目ェ!!
てめぇからだァ!!」
蛇矛が暴風のように唸る。
数十の兵がまとめて吹き飛んだ。
「化け物め……!」
夏侯惇が歯噛みする。
だが。
援軍は張飛軍だけではなかった。
「黄漢升! 若い者には負けられんわ!」
今度は黄忠軍が曹仁軍側面へ突撃。
二つの援軍が、押されていた戦線を一気に押し返した。
さらに張飛配下の騎兵が張遼軍へ食らいつき、
戦場は再び拮抗する。
「兄者ァ!! 会いたかったぜェ!!」
「益徳! 待っていたぞ!」
張遼は即座に状況を判断した。
(二対一は不利……!)
素早く馬首を返し、後退を始める。
関羽も再び青龍偃月刀を掲げた。
「全軍、押し返せ!!」
「おおおおおおっ!!」
蜀軍の士気が爆発的に回復する。
対する魏軍も、曹仁が即座に立て直した。
「慌てるな! 陣形を維持しろ!!」
徐晃と張遼が左右から踏み留まり、
戦場は再び泥沼と化す。
夕陽が平野を赤く染める頃。
双方の兵は限界に達していた。
夏侯惇が槍を引き、静かに呟く。
「……これ以上は、損害が増えるだけだ」
曹仁も頷いた。
「あれが黄忠か……。
淵兄を討ち取った老将……!」
関羽は青龍偃月刀を肩に担ぎ、
静かに魏軍を睨みつける。
「次こそ、決着をつける」
張遼もまた、不敵に笑った。
「望むところだ」
こうして野戦は終結した。
勝者なき激突。
集いし英傑。
されど両軍は、確かに知った。
蜀にも。
魏にも。
天下を掴む牙があることを――。
つづく
第四十三話「天幕」 つづく
三国志人物紹介
張飛チョウヒ 字は益徳エキトク
53歳 幽州涿郡 生年不詳-221年
劉備、関羽の義弟。張苞、張紹の父。正史の字は益徳。
三国志演義では
桃園の誓いで劉備、関羽と義兄弟となる。正義漢だが酒が入ると失敗が多く、劉備に下邳の守りを任された時も、泥酔して呂布に城を奪われた。しかし、武勇では物語でも一、二を争い、長坂の戦いでは一騎で曹操の大軍を追い返した。益州侵攻戦では知略で厳顔を捕らえて礼を尽くすなど、将軍としての成長も見せる。だが関羽の復讐戦にはやり、出陣準備の猶予を願った范彊と張達を鞭打って恨まれ、泥酔中に殺された。
正史では夏侯覇の従妹を妻とし、娘は劉禅の皇后となる。
統率86.武力98.知力33.政治22.魅力44
万人敵




