第三十九話「阿呆」
「孫仲謀じゃ。
関羽
お前に会いにきたで」
まさかの孫権登場で場が凍りついた。
すぐに趙雲が一歩前へ出た。
「関将軍。
これは漢中王と軍師孔明殿の策です。
皆の者。
曹魏を破るための作戦であり、
今見た異民族については口外を禁ずる。
これより軍議に入る。
各将軍は明日の戦に備え、
英気を養え。
――解散!」
……
テントへ入り、仕切り直した。
関羽、趙雲、信玄(徐庶)、謙信(俺)、そして孫権。
最後に趙雲がテントへ入ってくる。
「関将軍。
指示通り、荊州兵には酒を配り、
樊城内にも聞こえるよう宴を催させました。
今夜は我ら益州兵が警戒に当たります」
「子龍。
すまん、助かった。
我が軍も連戦続きだった。
久方ぶりに緊張を解ける」
「関将軍もゆっくり休んでください」
「感謝する」
「信玄。
十二年ぶりだな。
よく帰ってきてくれた。兄者も喜ぶ」
「玄徳様を信じる思いは同じです」
「うむ。良い偽名だ」
関羽は信玄(徐庶)と固く握手し、
もう片方の手を肩へ置いた。
「そして謙信。
よくぞ信玄を連れて来てくれた。
お前には驚かされてばかりだ」
「絶対に必要な仲間でしたから」
「ふむ」
関羽は優しい顔を俺にくれた。
守りたい、この中年の笑顔を。
「待たせたな、孫権」
「構へん。ええもん見せてもろた」
「目的はなんだ?」
「道草じゃ」
「え?」
思わず俺は声に出してしまった。
「謙信がのぉ、
合肥と徐州攻めの作戦やるから、
荊州には手を出すなって
言ってきよった」
「ほう」
「荊南の呉兵を北へ動かすのに
荊南へ寄ったんじゃ。
その時、
謙信が身分隠して好き勝手に道草しよるの見て、
羨ましゅうてな。
宴会で簡雍と信玄と香に乗せられて、
ワシも女装して道草してるだけや」
信玄が関羽と趙雲へ頭を下げた。
「関将軍。事後報告となり、
申し訳ございません。
あれほど早く変装を
見破られるとは驚きました。
趙雲殿も咄嗟の対応、
ありがとうございました」
「ふむ。
道草なら歓迎する。
我も話してみたかった」
「乾杯じゃ!」
関羽と孫権は酒で、
俺と信玄、趙雲は茶で乾杯した。
「驚きましたよ、孫権殿。
まったく気づきませんでした」
「せやろ!
簡雍と信玄と香の共同極秘作戦じゃ!」
「巴丘港で見送ったのは?」
「あれは替え玉じゃ。
お前も用意しとくと便利やで」
「全然分かりませんでした」
孫権は得意げな顔をした。
船の宴会で企んでいた悪巧みは、
この女装道草作戦だったのか。
「妹君は良いのか?」
関羽は孫権へ酒を注ぎながら尋ねた。
「玄ちゃんとこで鬼将軍になりたいんやと。
宜しゅう頼んますわ」
孫権は珍しく関羽と趙雲へ頭を下げた。
趙雲の副官として実戦演習中だ。
やはり妹想いの優しい兄だ。
「信玄殿から予め、
孫兄妹のことは聞かされておりましたが、
素晴らしき弓と武勇でした」
「せやろ!
ワシも軍人として戦うのは久々で、
オモロかったわ!
兄貴の後ろにくっついてた頃を
思い出してん、
懐かしゅうてな。
…
自分らも身分隠して一般兵やってみぃ!
たまにはええで。
指揮官は肩凝るやろ!」
「ふん。女装しろと?」
「関羽、お前似合うやろ!
異民族のこの仮面、貸したるで」
孫権は関羽の顔へ仮面を付けた。
――お、恐ろしいほど似合ってる。
「ハッハッハッ!
お似合いですよ、関羽殿」
信玄も共犯者だからか、
大笑いしている。
酒も入っているせいか、
孫権の悪ノリは止まらない。
孫権の酒癖の悪さは有名だからなぁ。
出過ぎだぞ!自重せよ!
と無双2のように言ってやりたい。
「まぁ実際はよぉ。
そこの謙信に、
二年間は戦わん約束を言われたんや」
「はい。
孫劉で手を組み、
全力で曹魏へぶつかり、
天下をひっくり返そう―。
そう話しました」
「そんなん言われて、
『ハイ!ソウデスカ』って
いきなり全部信用できへんやろ?」
「ええっ!?そうだったんですか?」
「当たり前や。
約束守って不意打ちされたら終わりやんけ。
阿呆やろ」
――裏切ったりする貴方が言いますか。
でも、貴方だからこそ言えるんですね。
俺も関羽も、
人を信じすぎなのかもしれない。
「騙されんか様子見しとったら、
こいつ、
荊南の兵を全軍、
関羽の援軍に出しよった。
家臣らも止めたのに、
『関羽が大事やねん』って
突っぱねおったんや。
やっぱ阿呆やねん、コイツ」
「ふふん」
関羽は楽しそうに笑っている。
「『同盟相手でも兵は残して警戒しろ』
言うたあの馬謖って家臣の方が、
まだまともやねん。
まぁ、阿呆らしくなって、
合肥へ全力注いだろ思うてな」
「孫権殿。ありがとうございます」
阿呆、阿呆と言われて、
確かにそうだと思った。
他人を信じすぎていた。
夢見がちで騙されやすい子供だと、
見抜かれてしまった気がする。
なんだか無性に恥ずかしくなってきた。
……
俺は台本通りに言っただけだ。
台本を書いたのは信玄。
あれ?
……
信玄が孫権へ仮面を被せた、
黒幕の一人だったはず。
――まさか、
全部信玄の策なのか?
……
「まぁ、ええねん。
船での悪ノリやったし、
妹とも虎刈りん時みたいに
一緒に暴れてオモロかったわ」
「私も楽しかったです、山」
信玄が孫権を山呼びしてる。
信玄もノリが良いなぁ。
山って偽名もあの宴会で
考えたんだろうか?
「ワシの演技もなかなかやろ?」
「はい。謙信殿と関小娘は、
完全に信じ切っておりましたな」
「子供をからかうんはオモロいで。
純粋やからな」
「疑う教訓にはなったと思います」
「お前のもたらした魏の情報も含めて、
ほんま、おおきに」
「こちらこそ、お気をつけて」
孫権は関羽に酒を注ぐ。
「軍神関羽と一度、
飲んでみたかったんじゃ」
「いつでも歓迎する」
「よう言うわ」
酒を酌み交わしたからか、
関羽も孫権へ少し柔らかな態度を見せていた。
「関羽。樊城を落とすまで、
あとどれくらいや?」
「子龍の援軍が来た。
明日には決着を付ける」
「よし!
ならばワシも、
バレんうちに建業へ帰るとするか」
「護衛を付ける」
「そうじゃな。
簡雍と数人頼む。
烏林港へワシの船を呼びつける」
簡雍のおっちゃんも気に入られたな。
やはり話し相手としては最高の人材だ。
いよいよ明日が
樊城決戦か。
歴史が大きく変わる
ターニングポイントだ。
心してかからないと。
第四十話「樊城」 つづく




