第四話「旅立ち」
「劉禅様、
荊州にてどうしても困った時には、
この袋を順番にお開けて下さい。
我が策を記しておきました。」
旅立つ際に孔明は俺に3つの袋を渡してくれた。
おおおおおおお!
これはあの有名な錦嚢の計ではないか!
孔明が荊州にいた頃趙雲に授けた。
いざという時に開ける「錦の袋(錦嚢)」に入った三つの妙策。
婚礼で呉に渡った劉備の身を守り、
孫権・周瑜の策略を逆手に取って
無事に帰国させるために用いられたという。
これは熱い!嬉しい!
「孔明、ありがとう。
頼もしく感じます。」
「恐れ入ります。
荊州には我が義弟の馬良もいます。
眉が白いのですぐにわかると思います。
この手紙を渡して相談してみて下さい。
それでも悩んだ時には 遠慮なくこのに袋を開けてみてください」
「孔明。何から何まで本当にありがとう。」
「もう一つ提案がございます。
旅は危険が付き物です。
名前も身分も伏せた方が宜しいでしょう。」
「そうなのか。」
「公嗣殿という字には"正当な後継者"と言う意味合いがあります。
街中で呼んだ時には
誘拐して下さいと
と言ってるようなものです。」
「コウシってそんな意味だったの?
そりゃ隠しておきたい。」
「劉姓も旅人としては目立ちます。
隠れみのとして簡雍殿の子どもと言うことにしましょう。
何か付けたい"あざな"はございますか?」
「え♪自由に付けて良いの?」
「あざなは二文字が一般的でございます。」
むむむむむ、 2文字ねぇ。
信長とか一郎とか日本的な読み方は、今の時代に合わないだろうしなぁ。
俺の好きな胡車児だと
時代的にもカブッちゃもんなぁ。
中国っぽい音読みで何かないかなぁ?
正宗、幸村、元信、、、みんな訓読みばかりじゃん。
信玄、謙信……
お!謙信ってどうかな?
剣心だと飛天御剣流とかは使えないでゴザルが。
「ケンシンってどうかな?」
「ケンシン、どのような字を?」
「謙虚な心に信じると書いて謙信。」
「素晴らしい字でございます。
あざなに近い意味を待つ義を名前にしてはいかがでしょうか?
簡雍の子、簡義。あざなを謙信。
簡謙信はいかがでしょうか?」
「簡義 謙信。
簡謙信と名乗ればいいんだな。
良いねいいね♪」
テンションあがる!
劉禅とか阿斗とか呼ばれるより
100億倍カッコいい!
毘沙門天様のご加護がありそう。
「手紙の記名にもそうお書き下さい。
万一に備えて、なるべく身分は隠しておくべきかと。」
「わかった!
孔明に色々相談したいから謙信の名で送るよ。」
父も話に割り込んできた。
「謙信。
義侠心のこもった良い字じゃねぇか。
簡義 簡謙信。
良い響きだ。
謙虚な心構えは大事だ。
雲長も喜ぶぜ。
アイツはこういうの好きだからよ。」
「はい、肝に銘じます。旅先で手紙を書きます。」
「うむ、楽しみにしてるぞ。」
「では父上、簡謙信、行って参ります。
ご多忙の中、お見送りありがとうございます。」
「うむ。雲長には益州きてから会えてない。
いよいよ漢王室復興が見えてきた。
我ら義兄弟、これからが本番だと発破をかけてやれ。」
「はい。必ずや。」
「謙信。
そんなに意気込まなくていい。」
俺の両肩をがっしり掴んで揺さぶった。
ほぐしてくれたんだろう。
「この旅で色んな経験を積んでくるが良い。
オイラも若い頃あちこち行って危険な目にもあった。
この憲和を父と思ってなんでも聞け。
コイツはいざって時には役に立つぞ。
それ以外はな~んも役に立たんがな。」
「そりゃ無いぜ大将。」
「こいつは殺したって死なないしぶとい奴だ。
何度も死線を共にしてきた。
逃げ足も速い。
戦闘は空ッきしだが、旅の良い話し相手にはなる。
多少道草したって構わない。
荊州を存分に見て、お前の望むように動くがいい。
そして必ず帰ってこい。」
「はい!存分に道草してきます。」
「ハッハッハッ!その意気やよし!
頼んだぜ憲和ァ、帰ってきたら特上の酒を飲ませてやる。」
「応、そりゃ楽しみだ。
謙信、よろしくな我が子よぉ。
まぁいつも通り、なんとかなんべ。」
「それでは父上の武運長久を祈っております。
行って参ります。」
こうして俺は漢中から荊州へ向けて旅立った。
簡義 謙信と名乗って。
上杉謙信公も義侠心で動く軍神だった。
関羽と謙信って気が合いそうなイメージがある。
アトの冒険がついに始まる!
悪の竜王ソウソーを倒し
カーウ姫を助ける事ができるのか?
関羽救出作戦!ここからだ。
第五話 乗馬と手紙 つづく
三国志人物伝④
諸葛亮 字を孔明
39歳 徐州琅邪郡陽都出身 生181-234年没
諸葛珪の子。諸葛瑾の弟。諸葛均の兄。諸葛瞻の父。
三国志演義では幼い頃、叔父の諸葛玄の庇護を受けて育ち、後に司馬徽の門に入って「伏龍」と呼ばれる。劉備に三顧の礼で招かれると、孫権軍を動かし、赤壁の戦いで曹操軍を破った。自らの天下三分の計に従い、劉備に荊州南部と益州を制覇させて蜀を建国させる。劉備が帝位に即くと丞相となり、劉備の臨終の際は劉禅の後見を託された。劉備の死後、呉との国交を回復し南蛮を平定。北伐を繰り返して魏討伐に執念を燃やすが、五丈原で病没する。
正史では神算鬼謀の軍略家よりも政治家として描かれる。
統率93.武力38.知力100.政治96.魅力93
一人称は私 劉備をわが君 主人公を謙信殿と呼ぶ
三国志演義 後半の主人公的存在。
五丈原での過労死エンドを回避できるのか。




