第二十八話「埋伏の毒」
「以上が合肥攻略の秘策です」
信玄が広げた地図の前で説明を終えた。
部屋には
孫権、諸葛瑾、
俺、信玄(徐庶)の4人だ。
「これならば
赤壁を越える大勝利が掴めます」
諸葛瑾が丁寧な口調で質問する。
「この情報の正確性は?」
信玄は予想してたのだろう。
穏やかに即答する。
「私が12年間
魏に潜伏して得た情報です。
呉の諜報部隊に
確認して頂いて構いません」
孫権がドスの聞いた声で聞いてくる。
「玄徳は赤壁の前から
潜らせてたっちゅぅんか?」
「はい。
わが君と孔明の策です。
全てはこの時のために」
「ホンマか?」
孫権が疑うのも無理はない。
12年前からの策だなんて、
俺も初耳学ですから。
全ては信玄のハッタリ
ブラフ、虚言だ。
「玄徳殿から曹操へ降った直後は
さすがに前線には配置されません。
信用を勝ち取るまでに時間が必要でした。
あえて劉備軍から離れた徐州の地に
私を任命したのでしょう。
彭城の相として赴任しておりました」
半月前に俺が徐州へ訪れるまでは
バリバリに魏の役人だった。
信玄は彭城相という職に就いていた。
徐州が県だとしたら、
彭城の相とは市長クラスだ。
下邳城と小沛城の間に位置する要所だ。
魏国で一生を過ごす気でいた努力家であり秀才だ。
優秀な役人だったのだろう。
俺が無理矢理、叩き起こしてきた。
諸葛瑾が穏やかな口調で問いかけた。
「わが君(孫権)への土産とは
信玄殿と、この資料だったのですね」
「はい。
徐州へ迎えに行ってから来ました」
俺も信玄の話に合わせる。
12年間埋伏してたにせよ、
12年ぶりに口説いたにせよ、
結果的には同じだ。
魏の最新情報をたっぷり持った
頼もしい味方がいる。
しかしそれを
敢えて劉備と孔明の策だと
見せる作戦にアレンジしてる。
諸葛瑾が巻物を手に取りながら
「これらの資料は全部、
我ら孫呉のために用意した
土産だと言うのですか。
豫州、徐州、合肥の攻略の為の」
「左様です。
孫呉が涼州や長安を攻略するのは
地理的に困難です。
同様に、
劉備軍から徐州は遠すぎます。
しかし我らがこのように
手を組み、知恵を絞れば
曹魏を倒す事は困難ではありません」
諸葛瑾が地図上の駒を指しながら
信玄の話をまとめる。
「信玄殿が埋伏して得た情報をまとめますと、
長安に居る曹操は半年持つかの重病。
今月中に内通した于禁左将軍が
三万の兵と共に投降。
樊城襄陽が落ちると同時に、
鄴や徐州をはじめとする各地の
一斉反乱工作。
来月には張遼を荊州援軍に誘い込み、
合肥を手薄にする。
その合肥城の図形と弱点と秘策。
これらを準備していたのですね」
俺が歴史を知ってる事は巧妙に隠してある。
これから起こる事は全て
劉備軍が予め仕掛けた策と思わせる話術。
恐ろしいよ信玄くん。
「名将の于禁が三万の兵と共に投降とは
信じ難いですなぁ。
しかし本当ならば曹魏は混乱するでしょう」
諸葛瑾は動揺を隠せない
信玄は長安から建業へ扇子を滑らせる。
「おそらく、
あと数日のうちに、
魏から書状が届くでしょう」
「書状?」
「司馬懿の策です。
曹操は今、長安にいます。
樊城が囲まれ、
援軍に出した于禁があっさり
降伏したと知れば
魏国全体が動揺します」
俺はこの作戦会議では聞きに徹してる。
ここは軍師信玄の出番だ。
「全盛期の曹操ならば
すぐに自ら前線へ向かうでしょう」
「たしかに。
奴は出しゃばりジジイだ」
「しかし今の病状ではそれが出来ない。
周りが止めるでしょう」
「家臣ならば当然そうするでしょう」
諸葛瑾も丁寧に同調した。
信玄は駒に手を伸ばす。
「曹操がすぐに動けないなら
援軍を大量に派遣します。
それくらい魏にとって危機的状況なのです。
荊州が落ちると許昌が近すぎる。
許昌から鄴への遷都も考えるはずです。
そこで鄴でも反乱を起こさせます。
まずは長安から徐晃あたりを向かわせるでしょう。」
漢中の劉備と
長安の曹操は睨み合い中。
張郃か徐晃のどちらかとなり、
ます徐晃を派遣する事になる。
「しかし漢中を取られたばかりで、
まともな兵士は残ってません。
魏国内から数だけ大量の寄せ集め兵士で援軍が組まれるでしょう」
「それでは荊州を守るには充分と言えませんね」
「諸葛瑾殿のおっしゃる通りです。
そこで魏の幕僚内で今は、
司馬懿が圧倒的に存在感を示してます。
彼は狡猾な策士です。
劉備軍が荊州に居座っていることに、
不満を持っている孫権殿の心理に
付け込んでくるでしょう。
魏王の名の元に
江南の支配権を与えるから、
関羽を後方から攻めろと
そそのかしてくるでしょう」
「悪くない話やないか」
不敵に孫権が笑う。
「それが司馬懿の狙いです。
目の前に餌をぶら下げる
『二虎競食の計』です」
実際には孫権はその話に乗っている。
それを覆さねばならない。
絶対に。
「曹操が死に曹丕へ移り変わる。
この時こそ、
ここから1年間は
魏が最も乱れる絶好の機会です。
孫劉が潰し合っては、
天の機を逃します」
「ほう」
孫権が少し前のめりになった。
「さらに今、
合肥では新城の建築計画があります」
「新城?」
「合肥新城です。
今ある川沿いの古い合肥城では、
孫呉の強力な水軍に攻められやすい立地です。
そこで三十里西に新しく
堅固な軍事要塞を計画してます。
ここなら水軍では攻められない。
ここが完成したら
合肥攻略は至難の技となりましょう」
これも俺が信玄に語った
合肥新城の話だ。
たしか230年以降の話だが、
全てが嘘ではない。
たぶん219年のこの頃から
築城は発案はされていただろう。
それを信玄はまた当然のように
策へ組み込んでる。
孫権の不安を煽るように。
「合肥新城…。それは厄介ですね」
諸葛瑾も顔が引きつっている。
「10日前まで徐州の彭城相だった私は
事故死を偽装して来ました。
今は信玄と名乗っており、
3ヶ月は裏切りがバレないでしょう。
徐州、豫州、合肥の資料は、
書き写して来た最新の物です。
この情報を最大限に活かせるのは
今だけです。
曹操が死んでからでは
大きく配置転換も起こるからです」
今すぐ買わないと損するよ。
期間限定で購買意欲を
刺激する技術と一緒だ。
俺は今更ながら気がついた。
信玄を説得し港で合流した時の
大きな2つ袋には
この資料が入っていたんだ。
物凄い量だ。
書き写したって事は
原本はそのままにした。
情報を持ち出した事がバレないように。
え?この量を信玄は1人で書き写したのか。
俺の勧誘を受ける可能性が出た時。
まさか会いに行った初日か。
俺と簡雍のおっちゃんが
帰ってから写し始めたというのか。
凄い労力をかけていたんだ。
後でお礼を言わなければならない。
そして信玄が味方で良かった。
「孫権殿。
司馬懿からの書状が届きましたら、
要望通りに関羽を撃つと返事してください。
そして曹魏との前線の兵を下げて、
荊州を攻めると見せかけます。
さすれば、
張遼を始め、
曹魏は全力で荊州へ援軍を送るでしょう」
「張遼…」
合肥で孫権が殺されそうになった
相手が張遼だ。
遼来遼来は孫呉にとってトラウマだ。
「張遼が関羽とぶつかった頃に
奇襲すれば豫州、徐州を得られます。
更に曹操を撃つか、憤死に追い込めば
曹魏は大混乱となります。
孫堅殿・孫策殿のような快進撃となりましょう」
孫権はパンと膝を叩いた。
「自分らの言い分はわかった。
今日は江南の名物を馳走する。
船旅で疲れたやろ。
ゆっくり休んでくれ」
信玄が俺に目で合図した。
後は孫呉陣営だけで話すという事か。
孫権への交渉は手応えあり。
ここまでは関羽の戦況が動く前に
急いで動き回ってきた。
これからは少し時間の余裕ができる。
魏からの使者がくれば説得力が一気に増す。
それから動けば良いと信玄が言ってた。
「孫権殿
ありがとうございます。
お言葉に甘えさせていただきます」
「自分ちや思ってゆっくりせぇ。
いい土産もろぉたわ。
なんかあったら言いな」
「それでは孫権殿。
一つお願いがあります」
「何や?」
「義母様に会っても宜しいでしょうか?」
「香?あのじゃじゃ馬にか。
好きにせぇ」
「ありがとうございます。
では失礼いたします」
やったーー!!!
孫尚香に会える。
銀ネェも喜ぶ。
第二十九話 「再会」 つづく




