第二十二話「一の策」
「まず一つ目。
これから始まる樊城の戦いですが
――城を落とすこと自体は簡単です」
「「「ええええっ!?」」」
俺も紹先も銀ネェも、
思わず驚きの声を上げた。
しかし信玄は落ち着いた様子で続きを話す。
「今は七月末日。
まずは謙信殿が見た夢での樊城の戦いについて、
改めて説明をお願いします。
その後で策を説明しましょう」
「わかった!」
俺は夢で見た未来を語り始めた。
曹仁、満寵らが守る樊城を関羽軍が包囲。
前半戦は関羽軍が優勢だった。
八月の長雨と関羽水軍の活躍により、援軍として到着した
于禁・龐徳軍は大混乱に陥る。
湿地に取り残された于禁軍は降伏。
龐徳も撃破され、
魏国内には動揺が走った。
各地で反乱が起き、
曹操は遷都まで検討する。
そして関羽は樊城を陥落寸前まで追い詰める。
しかし――。
于禁軍三万の降伏兵を抱えたことで兵糧不足が発生。
さらに麋芳と士仁の失火によって補給が失敗する。
激怒した関羽が二人を厳しく叱責し、不信感が募った。
加えて国境沿いの呉の食糧を奪ったことで、呉も激怒する。
その後、徐晃率いる十万の援軍が到着し戦線は膠着。
司馬懿の策によって呉が裏切り、
江陵が奇襲で陥落する。
上庸へ援軍を求めるも拒否され、
関羽は孤立。
そして十二月――関羽は呉軍に討たれる。
「父上が危ない!
あと五か月で!?」
銀ネェは勢いよく立ち上がった。
「銀ネェ、落ち着いて。
だからこそ俺は荊州へ来たんだ」
俺は優しく肩に手を置く。
「関羽にもちゃんと伝えてある。
父上や孔明にも知らせてあるし、
馬良先生や麋芳将軍にも相談済みだ。
兵糧対策も進めてもらっている」
「よかったぁ……」
銀ネェは安堵したように腰を下ろした。
信玄は荊州の地図を広げる。
「謙信殿の見た夢通りならば、
長雨によって樊城・襄陽周辺は水没します。
援軍の于禁・龐徳軍には水軍がない。
対して関羽軍には水軍がある。
つまり一方的な戦いになるでしょう」
信玄は白黒の駒を並べながら説明を続けた。
「問題は三万にも及ぶ降伏兵です」
「関羽軍三万が倍になれば、
当然兵糧不足になりますよね」
「そこから無理が生じるのです。
降伏兵を全員殺したり、
生き埋めにすれば兵糧不足にはならないのですが」
「父上はそんな事するはずがない!」
銀ネェが即座に反論する。
「ええ。その通りです。
関将軍なら敵兵にも敬意を持って接するでしょう。
ですが――そこが分岐点なのです」
「え?」
信玄は駒を動かした。
「まず降伏兵三万のうち、
于禁と隊長級の者だけを受け入れます。
四十名ほどでしょう」
「ええっ!?
三万の兵が手に入るのに、
たった四十人だけ!?」
銀ネェは納得できない様子だ。
「残りの兵士は武器と防具を全て没収します。
そして指揮官のいない一般兵だけを、樊城へ送り返すのです」
「そうか!!」
俺は思わず声を上げた。
銀ネェはまだ混乱している。
「ええ!?
援軍を城に入れたら不利になるじゃない!」
「戦わなくていいんです。
いや、戦えなくなるんです」
「どういうこと?」
「樊城も水害で疲弊しています。
そこへ武器も食糧も持たない
三万の兵士が来たらどうなりますか?」
「たくさんの兵で守られて、
城が落としにくくなるんじゃ……」
「銀ネェ。
武器がないということは、
食糧もないということだ」
「あっ……!」
「その通りです。
曹仁軍も洪水で大打撃を受けているでしょう。
残存兵は一万、
あるいは五千程度かもしれません。
そこへ三万もの食糧を持たない兵士を送り込むのです」
「みんな腹ペコになっちゃう……」
「ええ。
包囲を維持していれば、
外から食糧を運び込むことも困難です」
だが俺は疑問を口にした。
「もし曹仁が三万の兵を受け入れなかったら?」
「援軍を拒否すれば城内は動揺します。
まして攻撃などすれば士気は壊滅的に下がるでしょう」
「受け入れても地獄。
拒否しても地獄か……」
「関将軍は数日待つだけでいいのです」
「開城すれば飯をやるぞ、ってことか!?」
「はい。
向こうから勝手に城門を開くでしょう」
「ヒャッヒャッヒャ!
えげつねぇ策を考えやがる!」
「軍師とはそういう者です」
さすが信玄だ。
この発想は俺にはなかった。
「いずれにせよ開城後には三万の降伏兵も受け入れます。
兵糧の確保は必須です。
兵站は戦の要ですから」
「よし! すぐ手紙を送ろう!」
「関小娘と若君、
お二人で送るのが効果的でしょう」
「私も?」
「ええ。
父親というものは、
可愛い娘の言葉に弱いものですから」
「そうね! 私も父上に書く!」
「私も関将軍へ手紙を書きます。
玄徳様から受けたご恩を、
十二年ぶりにお返ししたいと」
「それなら関羽も喜ぶな!」
さすが信玄。
義侠心をくすぐるのが上手い。
「そして次の策は――」
第二十三話 「二の策」 つづく




