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第十九話「新商品」

「徐庶様、

いつもご贔屓いただきありがとうございます。

本日は良い品が入りましたので、

お持ちいたしました」


翌日も、俺は徐庶の説得に訪れた。

昨日は簡雍のおっちゃんと二人だったが、

今日は違う変装で来ている。


麋家の商人に頼み、

彭城でいつも取引している商人と一緒に屋敷へ入った。

商人は慣れた様子で商品を並べ、

説明を始める。

しばらくすると、

徐庶が柔らかな表情で口を開いた。


「この部屋なら大丈夫ですよ」


その言葉に俺は頭を下げる。


「徐庶先生、ありがとうございます。

この旅の間、

私は簡雍の子・簡義、字を謙信と名乗っております。

どうか謙信とお呼びください」


俺は後ろに立つ女性へ合図した。


「はじめまして、徐庶先生。

関雲長の娘、関銀屏と申します。

父より謙信の護衛役を命じられております」


「それは頼もしいですね。

どうぞお掛けください」


全員が席に着く。

徐庶は静かに俺を見つめた。


「謙信殿。

昨日の三つ目の答えが分かりました」


「三つ目?」


「関羽殿の娘を連れて来られたことです。

つまり私から情報を得て、

孫呉に徐州を攻めさせたいのでしょう」


「はい。関羽と荊州を守るためです」


「関将軍は今、樊城を攻めていますね」


「はい。

荊州は三国が交わる要衝です。

呉がいつ裏切り、

関羽を背後から攻めるか分かりません。

だから私は情報だけではなく、

徐庶先生ご自身の知謀がどうしても欲しいのです」


徐庶は小さく頷いた。


「なるほど。呉が得る利益を荊州ではなく徐州へ向けさせたい、と」


「その通りです。

昨日お話しした、

孔明になくて徐庶先生にあるもの。

一つ目は、玄徳様と同じ平民出身で義侠心に厚いこと。

二つ目は、十二年間に及ぶ曹魏陣営での経験と情報。

そして三つ目は、徐州の弱点を熟知していることです」


徐庶は静かに聞いている。

俺はさらに続けた。


「ですが、実はもう一つあります。

そしてそれこそが最も重要なのです」


「何でしょう?」


「魏との人材差です。

曹魏には司馬懿、賈詡、劉曄ら名参謀が数多くいます。

先生のご学友である石韜や孟建も魏におります。

それに比べて蜀は、

あまりにも参謀が少なすぎる」


徐庶がわずかに目を伏せた。


「益州攻略で龐統殿を失ったのが痛かったですね」


「はい。

本来なら孔明は荊州に残り、

関羽を支えるはずでした。

しかし龐統を失ったことで、

孔明は益州へ入らざるを得なかった」


「その通りです」


「このままでは孔明の負担が重すぎます。

何でもかんでも孔明頼みでは、

いつか倒れてしまう」


――五丈原で過労の末に命を落とす。

そんな未来を知っている俺には、

なおさら放置できなかった。

徐庶は小さく息を吐いた。


「確かに、蜀漢は漢中を得て、

関将軍は今まさに樊城を包囲している。

まるで龍が天へ昇るかのような勢いですね」


「ですが、画竜点睛を欠いています」


俺は真っ直ぐ徐庶を見た。


「最後に龍へ命を吹き込む瞳。

それが徐庶先生、貴方です」


徐庶は苦笑する。


「買い被りすぎですよ、謙信殿。

私の才など、孔明には遠く及びません」


「私も同じです」


俺は即答した。


「誰よりも無能です。

剣では銀ネェに敵わないし、

頭だって良くない。

それでも父・玄徳の力になりたい。

漢王室復興の夢を叶えたいのです」


拳を握る。


「父と関羽は一心同体です。

関羽を失えば蜀漢は終わる。

そして今を逃せば、

曹魏に勝つ機会は二度と来ない」


徐庶は静かに頷いた。


「その分析は正しいと思います。

もともと三国の国力差は大きい。

曹操が袁紹に勝利した時点で、

天下の趨勢はほぼ決まっていました」


「だからこそ、

劉備と孫権が争っている場合ではないのです。

赤壁の時のように、もう一度孫権を説得しなければならない」


俺は身を乗り出した。


「しかし私一人では、

孔明のような説得はできません。

確実に孫権へ利益を示せる

徐庶先生が必要なのです」


その時。


「徐庶先生」


銀ネェが頭を下げた。


「私からもお願いいたします。

どうか父、

関羽の力になってください」


徐庶はしばらく黙り込んだ。

だが――。


「昨日も申し上げましたが」


その声は穏やかだった。


「私は今の生活にも仕事にも不満はありません。

家族を危険に晒したくないのです。

どうかお引き取りください」

「ですが、徐庶先生……」


なおも食い下がろうとする銀ネェを、

俺は制した。


「銀ネェ、今日は下がりましょう」


「でも謙信!

絶対に必要だって言ってたじゃない!」


「はい。絶対に必要です。

それは今も変わりません」


俺は立ち上がる。


「それでも無理強いはできません。

徐庶先生は今、

衛兵を呼んで私たちを

捕縛することもできる立場なのです」


「えっ!?」


銀ネェが慌てて身構える。

俺は苦笑しながら、

その肩をそっと押さえた。


「劉備の太子と関羽の娘です。

曹操へ差し出せば褒賞も得られるでしょう。

出世だって間違いありません」


俺は徐庶へ深く頭を下げた。


「それをなさらないだけでも十分ありがたい。

さあ、引き上げましょう」


そう言って踵を返した。

徐庶は何も言わない。

ただ静かに、

去っていく俺たちの背中を見つめていた。




第二十話「胸」  つづく


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