表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/47

第十八話「賢人」

「よぉ! 久しぶりィ!」


「そうだな。三十年ぶりくらいか」


「アッシのこと、

覚えててくれたんだな。

もうそんなに経つけ。

だいぶ変わったなぁ」


「そちらの商売はどうだ?

何か買おうか?」


「そりゃありがてぇ。

お陰さんでよ、

ようやく大きな波に乗れそうなんだ。

そっちはどうよ」


「こちらもありがたいことに順調だ。

今は彭城相として太守の補佐をしている。

母も元気だし、妻子もできた。

すべて魏王様のお陰だ」


………。


簡雍のおっちゃんは、

そんな感じで他愛もない話を続けた。

俺は従者として荷物と商品を持ち、

後ろに控えている。

しばらくすると、相手が提案してきた。


「今日は良い天気だ。

少し歩かないか。

良い場所があるんだ」


「おう、いいぜ」


俺たちは彼の後についていった。

建物の外へ出て、

少し高台になっている場所へ案内される。

……。

……。

………。


「簡雍、もう良いぞ。

ここなら聞かれる心配もないし、

誰にも見られない」


「ふぃいいい、助かるぜ。

三十年前は会ってねぇもんなぁ。

ヒャッヒャッヒャッ」


「あらかじめ言っておくが、

私は今の生活に満足しているぞ」


「そいつは良かった。

充実してそうで何よりだ。

おめえさんに用があるのは、

アッシじゃねぇ。

こっちだ」


俺は一歩前へ出た。


「はじめまして――で合ってますか?

私の名は劉禅。字は公嗣と申します」


「君の疑問は正しい。

私は新野で君を抱っこしたこともある。

阿斗殿」


「お久しぶりです。徐庶先生」




おっちゃんは、

『俺の仕事は終わり!』

と言わんばかりに少し離れた場所へ行き、徐庶から受け取った酒を飲み始めた。

俺とおっちゃんは偽名を使い、

商人として徐庶を訪ねていた。

徐庶は会った瞬間に事情を察し、

こちらに合わせてくれた。

そして頃合いを見計らい、

決して声の漏れない場所で本題を聞いてくれたのだ。


「玄徳殿に言われて来たのかい?

それとも孔明か?」


「いいえ、徐庶先生。

父からは『好きに道草してこい』と言われました。

だから会いたい人に会いに来たんです」


「勧誘しても無駄ですよ。

私はすでに玄徳殿に不義理をしました。

二度とお会いできません」


「あの時は程昱と曹操の策略です。

親孝行な貴方は何も悪くありません」


二〇七年、新野にいた頃。

程昱は徐庶を劉備から引き離すため、

母親の手紙を利用して魏へ誘い出した。

離間の策だ。


「しかし選んだのは私自身です。

そして私は、

この選択に後悔していません」


「私も後悔したくないから、

ここに来ました」


「阿斗殿。

私は貴方が生まれた翌年からの十二年間、

魏におります。

こちらにはこちらの生活があります。

貴方より幼い子供たちもいるのです」


まるで子供を諭すような優しい口調だった。


「あの頃の劉備軍は家なしの放浪軍でした。

ですが今は違います。

慢性的な人材不足ですし、

家族の安全も保証できます」


「それでも、

こちらの方が安定しています。

それに、

そちらには孔明がいるではありませんか。

彼は天才です」


「確かに孔明は天才です。

ですが貴方の策があったからこそ、

孔明は父と出会えた。

貴方が

『賢者には三度頭を下げ、礼を尽くすべし』

と父に助言したから実現したんです」


「あの後、孔明には嫌味を言われましたけどね」


徐庶は苦笑した。


「貴方の才は孔明に匹敵します。

私はそう確信しています」


水鏡先生は諸葛亮を伏龍、龐統を鳳雛と評した。


「龐統……。

惜しい人物を亡くしました。

彼は私とは比べものになりません。

過大評価ですよ」


「いいえ。

私は今の貴方だからこそ欲しいのです」


「裏切り者に、更なる裏切りをしろと?」


「その点なら問題ありません。

劉玄徳の不思議な大徳なら、

すべて許されます。

千里を越えて戻った関羽と同じです。

徐庶殿も十二年越しの変わらぬ忠義心で漢王室復興のため帰還した――

きっとそんな美談として後世に語り継がれるでしょう」


「ふふ……確かに」


徐庶は肩を震わせた。


「何度も敗れ、

何度も降伏し、

何度も裏切ってきたにもかかわらず、

不思議と玄徳殿は許される。

劉璋から益州を奪ったのに、

徳は下がるどころか上がるばかりだ。

曹操様にとっては、

この上なく厄介な存在でしょう」


確かに劉玄徳は不思議すぎる。

不義理もたくさんしてきた。

それなのに、なぜか人望は下がらない。

曹操からすれば面白くないだろう。

軍事も政治も文学も超一流。

兵法書まで注釈する天才だ。

現代なら間違いなくギフテッドと呼ばれる人物だろう。

そんな天才から見れば、

自分の方が仕事もできて金もあるのに、コミュ力お化けの劉備の方が人に愛される。

それは腹立たしいに違いない。


「徐庶先生にあって、

孔明にないものが最低でも三つあります」


「ほう。何でしょう?」


「一つ目は出身です。

若い頃は草鞋売りだった玄徳と同じく、

貴方は非常に低い身分から身を起こした。

苦労を重ね、

学問を修めた義侠の人だということです」


「私の過去も調べ済みですか」


「はい。

どうしても連れて帰りたい侠者ですから。

孔明より父に年齢も近い。

水魚の交わりも素晴らしいですが、

侠者同士の方がもっと気が合うはずです。

気難しい曹丕に仕えるより、

絶対に馬が合います」


「なるほど。

確かに玄徳殿とは気が合いますね」


「二つ目は、

魏で過ごしたこの十二年間です」


「情報ですか?」


「その通りです。

この時代は何より情報が大切です。

今の劉備軍に来れば、

貴方ほど魏に精通した幕僚はいません。

この十二年そのものが大きな力になります」


「内部情報」


「情報だけではありません。

経験もです」


徐庶の目が少し細くなった。


「劉備軍から曹操軍へ降った。

その難しい立場から、

今の彭城相にまで上り詰めた。

謙虚に、誠実に努力してきた証です。

だからこそ貴方が欲しいのです。

魏で積み重ねた情報も経験も、

すべて蜀の力になります」


「理にかなっていますね」


徐庶は素直に感心したようだった。


「いかがですか。

私たちと一緒に来てくださいませんか?」


だが徐庶は静かに首を横へ振る。


「いいえ。

お引き取りください。

私も仕事へ戻らねばなりません」


俺は小さく頷いた。


「でしたら――

三つ目は明日、お見せします」


徐庶の眉がわずかに動いた。



第十九話 「新商品」 つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ