第十二話「茶」
「謙信〜。邪魔するぜぇ〜」
夜になった。
俺と紹先の二人部屋に、
簡雍のおっちゃんが入ってきた。
風呂上がりなのか、
かなりラフな格好だ。
おっちゃんはドカッと座るなり言った。
「紹先、茶を四人分頼む」
「はい!」
紹先はすぐ動き出す。
すると――
「ここか? 見せたいものというのは」
低く響く声と共に、
関羽が部屋へ入ってきた。
で、でかい……!
ただでさえ狭い部屋が、
一気に圧迫される。
慌てて姿勢を正そうとすると、
「良い。今は無礼講だ」
関羽は先に手で制し、
そのまま座れと合図した。
どうやら、
おっちゃんと一緒に風呂へ入っていたらしい。
関羽も完全にオフモードの格好だった。
関羽はゆっくりと寝台へ腰掛ける。
「憲和の息子か?」
「いえ。父は劉玄徳です」
「……んん!? 阿斗か!!」
「お久しぶりです、おじ様」
「気付かなかった……。
成都を取って以来か。
もう五年になるな」
関羽は目を細める。
「もう“阿斗”とは呼べんな」
「今は身分を隠してます。
おっちゃんの子、“簡義”。
字は謙信と名乗っています」
「どんな字を書く?」
「義侠の義。
謙虚の謙に、信じると書きます」
「……うむ。謙信か」
関羽はゆっくり頷いた。
「謙虚に信ずる義侠の心――良い名だ」
「ありがとうございます」
そこへ紹先がお茶を配る。
「狭いな、ここは」
「お前と益徳がデカすぎんだよ」
おっちゃんはケラケラ笑いながら、
俺の隣へ座った。
「部屋、移動しますか?」
窮屈そうな関羽へ提案すると、
「いや……ここで良い」
関羽は部屋をゆっくり見渡した。
「……ここが良い」
その言葉には、
どこか懐かしさが滲んでいた。
「この部屋は昔、
劉表殿に招かれた時に使ったことがある。
十五年は経ったか」
「まだ俺たち、生まれてないですね」
「今、いくつだ?」
「俺が十三。義弟は十二です」
紹先が背筋を伸ばす。
「初めまして。
荊州・夷陵出身。
元梓潼太守・霍峻が子、霍弋。
字を紹先と申します」
「霍峻の子か」
関羽の目が少し柔らかくなった。
「若かったが……惜しい男を亡くした。
立派な将軍だった」
「はい!
父に近づけるよう精進します!」
「うむ」
そこへ簡雍のおっちゃんが割り込んでくる。
「こいつら、ついこの前、
義兄弟の契り交わしたんだぜ?」
「ほう」
「坊ちゃんの右腕として、
雲長みたいになりたいんだとよ。
若いってのはいいねぇ」
「ほほう」
「はい!
兄者を生涯お守りします!」
「ふむ」
「呼び方まで雲長の真似したいんだとよ。
可愛いだろコイツら」
「ふん。紹先といったな」
「はい!」
「明日の午後、息子たちと共に稽古だ。
修練場へ来い」
「はい! ありがたき幸せです!」
関羽は満足そうに茶をすすった。
……黄忠と並べられて激怒していた人と同一人物とは思えない。
第一印象とは全然違う。
今は、でかい親戚の叔父さんみたいだ。
きっとこれが、身内だけに見せる顔なのだろう。
やはり簡雍のおっちゃんは、
人の懐へ入るのが抜群に上手い。
関羽は完全に上機嫌だった。
能力値だけで言えば高くないのに、
誰とでもすぐ打ち解ける。
対して、劉禅になった俺の能力値は最底辺。
……おっちゃんの姿勢、見習うべきかもしれない。
せっかくだ。
この空気のまま、色々聞いてみよう。
「その頃の父って、どんな感じだったんですか?」
「兄者か……」
そこからは、長い長い昔話になった。
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「長坂での益徳の声は凄かったぜぇ。
アッシの所まで聞こえてきてよぉ。
謙信も覚えてんだろ?」
「いやいや、一歳だって俺」
劉備軍、本当に話が尽きない。
俺も紹先も、憧れてきた英雄譚を本人たちから直接聞けるなんて――!
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・
「この部屋で四人集まってると、
あの頃に戻ったみてぇだなぁ。
なぁ、雲長」
おっちゃんは完全にリラックスモード。
寝転がりながら呟く。
飲んでいるのは茶だけど、
十分酔ってるみたいだ。
「……嗚呼。
兄者、益徳、憲和と四人。
こうして狭い部屋でよく飲み明かした」
関羽も部屋を眺めながら、
静かに懐かしんでいる。
――その時。
俺の中に、一つのアイデアが浮かんだ。
「おじ様!
一つ、お願いがあります!」
「なんだ」
「俺が生まれた新野で
――桃園の誓いを、
もう一度見せてください!」
「……なん、だと……?」
「父上から何度も聞かされました。
幽州での誓いから、全てが始まったって」
俺は立ち上がり、身振り手振りで熱く語る。
「だから俺たちにも見せてください!
もう一度!
これから新野を奪還して、
三人揃ったところを見たいんです!
みんな呼んで、春に花見しましょうよ!
大宴会です!」
「そこで何十年ぶりかに、
伝説の誓いを再現するんです!」
「……三十五年だ」
関羽が静かに呟く。
すると、おっちゃんが勢いよく起き上がった。
「いいねぇ坊ちゃん!
そりゃ盛り上がるわ!
やろうぜ雲長!
新野、取り返してよぉ!」
「私も見たいです!」
紹先まで目を輝かせて乗ってきた。
……というか、桃園の誓いの時、
おっちゃん何してたんだ?
「ふん。
桃の花は春。
半年後までに新野を奪還せねばならんな」
関羽は口元を少しだけ緩めた。
「いいだろう」
「約束ですよ、おじ様。
絶対守ってくれますか?」
「うむ」
「絶対ですよ!」
「二言はない」
俺は駄々っ子みたいに、真っ直ぐ関羽を見つめた。
でも――これは本気だ。
絶対に叶えたい夢。
辿り着きたい未来なんだ。
すると簡雍のおっちゃんが立ち上がる。
「わかったわかった。
坊ちゃんがそこまで言うなら、
ここでも約束の誓い立てようぜ!
なぁ雲長!」
「ふん」
関羽も否定しない。
「紹先、新しい盃持ってこい」
「はい!」
紹先が立ち上がる。
「……ふん。飲みたいだけだろうが」
「違ぇねぇ」
おっちゃんはニヤリと笑った。
「上手い酒の場所はアッシに任せな。
ついでに厠も行ってくらぁ」
そう言って、簡雍と紹先は部屋を出ていった。
――部屋に残ったのは、俺と関羽だけ。
「桃園の誓い……」
関羽がどこか嬉しそうに呟く。
「俺たち世代の憧れなんですよ」
現代でも、だけどな。
「あれから三十五年か……」
関羽は天井を見上げ、静かに思いを馳せた。
関羽の言う年数は、妙に正確だった。
きっと、今でも数え続けているのだろう。
関羽は父玄徳59歳の一個下くらいだ。
35年前といえば20代前半。
現代日本で例えると、
20代の大学生がバイト先の仲間と、
ベンチャー企業やバンド活動とかで
大きな夢を語ったようなもの。
還暦60歳まで35年間の友情が続き、
ツルんでること事態が奇跡だ。
夫婦よりも長いかもしれない。
結婚35周年は"珊瑚婚式"と呼ばれ、
珊瑚礁ように長い年月をかけて育んだ
深い夫婦の愛と絆を祝う大切な節目。
この夫婦もみんなお祝いしようよ。
「兄者が益州へ行って八年。
曹操の下にいた頃でさえ、
ここまで長く離れたことはなかった」
8年間の別居期間があっても
想いは変わらない。
――やっぱり。
関羽も父上に会いたいんだ。
これは明日、父上に手紙を書こう。
桃園の誓い・再び。
独り荊州で踏ん張り続けてくれた、
この義侠の将を――
絶対に死なせない。
俺はまだ、関羽無双伝の続きを見たいんだ。
俺は静かに茶を飲んだ。
おっちゃんが作ってくれた、二人きりの時間。
……よし。
今だ。
このために荊州まで来た。
俺の人生を賭けて――関羽を説得する。
第十三話『牢』 つづく




