ニーナ・エンド
結局、あの後もニーナの機嫌が治ることはなかった。まさかニーナがこれほど強情とは。大体、理由をはっきり言わない方が悪いと思う。
超能力者でもあるまいし、口にしないと人間は理解出来ません。よく察しろみたいなこと言っている人がいるが、察したつもりが別の方向に行ってしまうことだってあるわけで。
それが正解だったならいいけど、違った場合がまた困るわけだよ。
僕がギルドの用事で外に出ることになった時も、ニーナはついて来た。一応、というか最優先事項が僕の生命維持なんだから、そりゃそうだろうけど。
不機嫌そうな顔のニーナが後ろからずっとぴたっとついて来られると、正直プレッシャーというか……威圧感が。圧迫感というか。勘弁してほしいよ。ただでさえ、いつもちょっと鬱陶しいと思うことがあるのに。今日はいつも以上に嫌な気分だ。相手のことがわからないっていうのなら、ニーナ達だって同じだろうに。自分のことはお構いなしなんだから、都合がいいというか。
人もロボットも同じなのかね、そんなところは。まあ、ニーナの場合はわかっていて、わざとああやっているのかもしれないが。
いずれにせよ、困る。今日一日でこれなのだ。こんなのがずっと続くと思うとぞっとする。
なんとか打開策がほしい。この現状を打破する方法……それは、きっと。そういうことなのかなぁ? と若干、思うところがあるわけなんだけど。
けどなぁ……僕はいいとして、カミラの立場は。いや、これから先のことを考えるといちいちそんなの気にしていられないか。僕は自分でそういった茨の道を進むことにしたのだから。なんて、ちょっとそれっぽいこと言っているけど、やっていることはただのハーレム作りなわけで。
身も蓋もないか。とにかく、どうしようか。行動に出てみるしかないのだろうけど。基本的にこういうのって時間が解決するんだろうけど、それって人間の場合、限定なんだよなぁ。何故なら脳が忘れていって、なかったことにしてくれるってだけの話だし。ニーナの場合はロボットなんでいつまでも忘れないし、その時の感情のままのケースもありえる。逆に意図的に消すことも出来るのかもしれないが。
さて、じゃあ行動に出るとしましょうか。
「ニーナのばか」
ぴくっ。
「ニーナのばか」
ぴくぴくっ。
「ニーナの……」
ずかずかずかずか! ガシッ! っと、ニーナは三度目を言いかける前に僕の肩を掴んでいた。割りと力強く。痛いです、ニーナさん。
「ま、マスタァアアアアア……!」
さらにお怒りの様子のニーナさん。怒りには怒りでってね。名づけてうやむや作戦。さらなる怒りで上書きしてしまおうというわけだ。
「どうしたんだい? バカニーナ」
「いくらマスターでも言っていいことと、悪いことがあります!」
だから、何かキャラ崩壊しているよ。前のキリッとしたニーナはどこへ行ったんだい?
普段だったら、マスターが私のことをどう思っていようが構いません。私はマスターの傍にいることだけが生きがいなのですから。みたいなセリフを言いそうなものだけど。
「ニーナが悪いんじゃないか。そんなぶすっとしてさ。言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうなんだい?」
「それは……知りません」
振り出しに戻った。ニーナの口から言うつもりはないらしい。あくまでも同じ態度を崩さないのなら。
「じゃあ、僕も知りません」
「ええっ!?」
「ニーナのことなんか、知りませーん」
「……」
そういって、僕は歩き出す。まるで子供の喧嘩だな……。しかし、ニーナには効果てきめんだったようだ。
「う……」
「う?」
「うぅ……マスターのばかぁ……!」
えぇっ!? あれぇ? ニーナさん? どうして、泣いていらっしゃるのですか? まさか、新機能か! カミラが追加したとか!? ないない。ニーナを作った人は一体、何を考えてこんなロボットを作ったのだろうか。殺戮だけじゃない、愛のあるロボットなんだ! とでも言いたかったんですかね。それはそれで残酷だよ。
「マスターなんてもう、知りませんっ!」
そういって、走りだすニーナ。しかし、十秒もしない内に引き返してきた。
「うぅ……強制プログラムのせいで離れられません……」
「ぶっ」
思わず、吹き出してしまった。面白すぎるでしょ、ニーナさん。ニーナにもこんなどんくさい一面があるとは。まるで天然キャラじゃないか。
「うぅ。笑わないで下さい……」
「いや、だって……あはははっ」
「ひどいです、マスター!」
「なんていうか、最近のニーナはちょっとおかしいよ。変わっているというか。いつものニーナはどうしたんだい?」
「それは……」
「見ての通り、僕はこんなんだ。話さないと理解できないし、しないよ」
「……」
僕の言葉を聞いたニーナは、諦めたかのように。
「そうですか。そうですね。私のマスターはそういう人でした」
ようやくわかったらしい。話す気になったのだろうか。
少しの間。ニーナは決意したように僕の瞳をまっすぐ見て、口を開く。
「それは……マスター、あなたのことが好きだからです」
「えっ……」
どういうことなのだろう。ニーナが? 僕を? ロボットなのに? そんな感情が……だから、最近おかしかったのか。でも、どうして急に。最近になって僕のことを意識するようになったとか? いや、感じ的にもっと前からのような……。
「とはいえ、私はロボットです。マスターをお守りするだけの存在です。そんな私がマスターを好きになることなど許されるはずもありません。どうしてこのような感情が芽生えたのかは私にもわかりません。マスターが初めてです。他のマスターの時はこのようなことはありませんでした。だから、戸惑っていたのです。自分自身に」
「……」
「私は自分を抑えました。幸いにもそれは簡単なことで、使命を最優先にすることで可能でした。とはいえ、マスターのことを好きな気持ちは変わりませんので、ずっと傍でお慕い申しておりました」
なるほど。だから、いつもストーカーみたいな感じがしていたのか。言い方悪いけど。陰ながら見つめていたわけね。
「しかし、問題が起きたのはつい最近のことです。それは、マスターがカミラ様と関係を持ったことがわかってからです」
やっぱり、そういうことか。僕のことが好きなら、カミラと一緒にいることを快く思うわけないもんな。ニーナが暴走しなくて本当によかった。ヘタしたら大惨事になっていたぞ。
「とはいえ、それは至極当然のことと言いますか。本来、あるべき現象というべきでしょうか。人と人が結ばれるのは。ですから、そのことは然程問題ではありませんでした。ああ、やっぱり。そんな感情でしょうか」
「ふむ……」
なら、どうして?
「その後が問題でした。マスター達がおっしゃったある一文。そこだけが」
何か言ったっけ? わからない。そんなニーナに重大な影響を及ぼすような一言ねぇ……。
「ハーレムです」
「へ?」
「ですから、ハーレムです。つまり、この国が一夫多妻制でマスターは色んな女性と関係を持つことが許されるという事実。さらに、マスターがそれを認めていること。そう願っていること。そのせいです」
つまり、ニーナもそこに混ざれるんじゃないかと。そう思ったわけか。なるほど、だから急におかしくなったのか。それで、朝あんなことを……う、思い出したらあそこが……静まれ、僕よ。
「マスター、興奮しているのですか?」
「……いいから続けなさい」
「はぁ……? わかりました。それで、マスターのハーレムに私も参加出来るのではないかと考えました。いえ、もうそうしたいと思ってしまったのです。それ以外に思考することが出来なくなりました。どうすればいいのかだけをフルスペックで延々と考えていました」
だから余計におかしくなったわけね……そこだけに全部の要素使っちゃったから。
「それで今朝の出来事となった次第であります。マスターに落ち度はなく、ただの私の勝手な思い込みとわがままでしかありません。マスターの従者失格ですね……」
「ニーナ……」
君がそこまで僕のことを思っていたなんて。知らなかったよ。ロボットがどうとか関係ない。僕はニーナのことが愛おしくなっていた。
そして、思わずニーナを抱きしめた。
「あっ……」
抱きしめられたニーナは何がどうなっているのかわからないといった様子。頭がパンクしているのだろうか。処理速度が追いついていない?
「ニーナ、好きだよ」
「はふっ……!」
なんて声をだすのか、君は。よっぽど嬉しかったのかねぇ? それはいいことだ。よしよし、もっと愛でてあげよう。
とはいえ、ここではあれなので人気のない裏路地へと僕らは移動した。
そして僕らはいきなり、キスをした。カミラの時と違って最初から深いキスだった。
「ん……んあっ……ちゅ……んんっ……」
時間も気にせず。人のことも気にせず。静かな空間で僕らだけ。ただ、キスの音だけが聞こえていた。ニーナの息遣いと共に。……息も出るんだね。
というか、唾液も……。どういうアレなのだろう。オイルではないことはたしかです。はい。そんなことを考える余裕さえある僕。カミラの時とは違うね。やっぱり、経験が物を言うのだろうか。慣れって怖いね。
というか、ニーナだからかもしれない。大胆になってしまうのは。何したって許される気がして。主従の関係があるせいか、余計に。
それで相手が自分のことを好きなら尚更だろう。だから、積極的になれる。そういうわけだ。それでいて、妙に興奮を覚えていた。やっぱり、こういうの好きなんだろうなぁ、僕って。
相手を滅茶苦茶にするというか。自分のモノにする瞬間というか。色んな事を試したくなる。ニーナなら何を命令してもやってくれそうだし。
後、色んな格好に変身できるからコスプレプレイ的なのも楽しめそう。
はい。もうホテルのことを考えてますね。僕って奴は……。人間、一度たがが外れると突き進んでしまうわけだ。収まることを知らない。人間の底知れぬ欲望って奴だろうか。
その後もニーナと、十数分に渡るキス行為の後……ホテルへと向かったのだった。
そして、僕はニーナを抱く。ニーナはなんの抵抗もなく、されるがままだった。そして、命令通りに従順に動く。なんて興奮するのだろうか。
まるで、奴隷のようだ。と。そう、思ってしまった。
あぁ、ロボットなのにそういった機能はちゃんとありました。出来のいいオ○ホみたいなもんです。はい。
さてさて、そういった行為も終えて僕らは帰宅。ニーナさんはニコニコ顔で、満足の様子。先ほどまでの不機嫌面はなんだったのか……女って奴はコロコロと変わるもんだ。ロボットでも同じってか?
さすがに前回の反省を踏まえて朝帰りはしていません。えぇ、そりゃもう。これでみんなにバレることは……。
「……何か、ニーナさんの顔がオイル交換でもしたかのように、ツヤツヤしてますね……兄さん、どういうことですか?」
鋭いッ……! 鋭すぎる! どうしてこうも勘が冴え渡っているのだろうか、妹は。いや、妹じゃなくても気づくか。不機嫌顔で出て行ったニーナが、こんな満面の笑みで帰ってくるなんて。鈍感な奴でも何かあったのは間違いないと思うだろうね。
「まあ、ニーナの機嫌取りをちょっとね」
「へー。兄さんはご機嫌取りでホテルとか行っちゃう人なんですね」
「ぶっ!」
どうして、わかったんだ! 思わず吹き出してしまった僕を見たカレンさんはそれで確証を得たようだ。しまった。ひっかけか!
「金髪ロリの次はロボットですか。そうですか。どぉ~して、妹には手を出さないんでしょうね、このスケコマシ兄さんは」
出さないでしょ、普通。いや、厳密には妹ですらないけどね、カレンは。
……その辺は僕の面倒な家の事情のせいだが。あまり思い出したくはない。
「えっ、もう次の女作っちゃったわけ!? ユークのばかぁ! もう少しボクだけだっていいじゃん! うぅ~」
そうしたいのは山々だったんです。気づいたらこうなってました。なんて、言い訳にもならないな……。僕が悪いですね、全面的に。はい。
「……ユークってこんな奴だったかしら」
ぼそっと。ジェシーがそう言った。何故か、その言葉が胸に刺さった。何故なら、僕は厳密に言えばユークではないのだから。ユーク単体とは違うという意味で。そのことは僕の中でひとまずの解決を得たわけだけど、いざ他人にそんなつもりはなく言った言葉であっても、胸に来るものがあるなと、そう思ったのだった。
「マスターがあんなプレイが好きだったとは……知りませんでした」
ぽっと。顔を赤らめるニーナ。わざと頬を染めるのやめてください。自在に出し入れ出来るのはこういう時にずるい。たしかに、色んなプレイをしたのは事実ですけどね?
「ボクにもしたことない奴なの!?」
また誤解を招くような言い方を……いや、誤解でもないか。そうなんだけど、いちいち言葉にしないでほしい。そりゃ、普段メイド姿(カレンがバイトするようになってから着始めた)のニーナがスク水とかブルマとか着たらどうなるかなーみたいな。いやぁ、あれは非常に興奮しましたねって、周りが……周りの視線がぁああああああああああああああッ!
ゴミを見るかのような痛々しい目線を送ってくるカレン。なんて冷たい目が出来るようになったんだ……カレンの奴は。これならもう僕が気にすることなく、安心して……むしろ、安心できない。末恐ろしい。僕が恐ろしい。というか、これからの僕の扱いが、特に。
そうして、僕のニーナの問題は一先ずのところ解決を得たのだった。
困ったのは、今まで以上にニーナが僕にべったりで、片時も離れなくなったことだが。この時の僕はまだそのことに気づいていないのであった。




