ニーナ・ルート
僕は朝、何やら違和感を感じて目が覚める。すると、そこには。
「な、なにやってんのさ、ニーナ」
「はい。マスターの下の世話を……」
とんでもないことやってるよ、この人! いや、ロボット!
「頼んでませんけど!?」
「やはり、私などでは駄目だということですね……」
「いやそういうことじゃなく……」
「では、いいのですね? マスターは私のプレイでどうしょうもなく感じてしまうようなお人なのですね?」
何、その言い回し。僕がまるでロボットで感じるヘンタイみたいじゃないか。ロボットだからというか、ニーナだからなんだけど……。
「えぇと……」
なんて答えるべきか迷っていると。
「……マスターなんてもう、知りません!」
そういって、走り去ってしまった。……ニーナってあんなキャラだったっけ?
その場に残された僕は、しばらくの間呆然としていた。……って、服! 下半身が全開じゃないか! ヤバイヤバイ!
僕は急いでパジャマを元に戻したのだった。
■ □ ■
本日の料理担当はニーナだ。僕らは料理を作るのをローテーションで回している。しかし、僕らはギルドの案件で外に出ることも多いのでこれまた当番はカミラが一番多くなる。
幸いにも壊滅的に料理が作れない人はウチにはいない。いたとしても、ニーナが完璧にレクチャーしてくれるだろう。というか、料理が作れないにしても限度ってモノはあると思う。あんな、ダークマターみたいな料理が現実に出てくるとは思えない。……たぶん。
今日はニーナが当番なので、朝からコース料理が出てくることも……そんなに朝から食べられないことはニーナも知っているので、量は当然少ないが。僕らがどれぐらいで腹八分目になるのかもきちんと計算されて料理が出てくるのだ。恐るべし。よって、人によってメニューも順番も異なる。
さて、今日はどんなのかな……ある意味、怖いような楽しみなような。そんな感覚だ。
「お待たせいたしました」
そういって、次々に料理が配られていく。まずはカミラに。そしてジェシー。カレンといって。
そして、僕。のはずだった。
あれ?
おかしい。僕のところに料理が出てこない。しかし、こういうことは稀にだがある。僕が朝からすぐに食べられないことをニーナは知っているので、わざと遅らせて出してくるのだ。生殺しにも程がある。今回もそのパターンかと思っていたけど……。
来ない。
いつまで経っても料理が出てこない。どういうことだ?
さすがのカミラ達もおかしいと思ったのか。
「あれ? ユークのは?」
「兄さん、ダイエットでもしているんですか? 意外ですね」
「そんなわけないだろ……えぇと。ニーナ、僕のは?」
「ありません」
「え?」
「ですから、マスターの分は御座いません」
「えぇっ!? どうして!?」
どうして僕の分の料理が。待たされたせいと、今の言葉で余計にお腹が空く。どうしてくれる。
「いや、なんで?」
「ご自分の胸に聞いたらどうですか?」
「……」
何をしたというのか。もしかして、朝の件か? でもなぁ……あれぐらいで怒るだろうか。仮にもマスターの僕に。いや、そうじゃなくてもニーナは基本的に温厚だ。怒るということはない。窘めることはあるかもしれないが。こんな態度に出ることは今までなかった。どうしたんだろうか。
そもそも、怒っているのだろうか。表情はいつも通りだ。いつも通りすぎて、薄ら寒いというか。
そんな僕らの様子を見たカミラは一番に反応した。
「何々? 何かあったの? あー、もしかしてエッチなことしたんじゃないの! ユーク! そういうのはボクだけにしておかないとダメだよぉ~!」
「し、してないって」
いやいや。何を言っているんですかね。カミラさん。むしろ、された方というか。
「じゃあどうして、動揺しているのですか。兄さん」
僕のわずかな動揺に気がついたのかカレンが鋭い目つきでこちらを睨みつけていた。ひぃい。
「いや、その。あながち間違っていないというか。むしろ逆というか……」
「は? 逆?」
「いえ、なんでもありません」
おいおい。何を言っているんだ、僕は! 危ない。危うくカミングアウトするところだったじゃないか。ニーナが朝から僕のベッドに入り込んで下半身をアレしてましたなんて言えるわけがない!
カレンもそうだけど、それ以上にカミラに知られたら……僕らは付き合い始めたばかりだというのに。早くも破局してしまう。いや、ハーレム公認だから問題ないのか? うーん……それを望んだのはたしかに僕だけど、さすがにいきなり他の子もなんていうのはさすがにカミラに悪い。それぐらいの配慮は僕にだってあるさ。わがままを言ったのは僕なんだから。
「ていうか、カミラさんとは毎日のようにしているってことですか、兄さん! どうして、私にはしないんですか!」
いやいや。おかしいから。論点が。ずれ過ぎてて。かといって、元の話に戻っても困るし……どうしたら。
「はいはい。コントはそれぐらいにして食事にしましょ」
「「コントじゃない(ありません)から!」」
ハモった。思いっきり。おかげでそれ以上は何も言い返せなかった。意外とジェシーはこういう時、冷静というか。ジェラシーを感じないのだろうか。……そもそもジェシーって僕のこと、どう思っているんだろう。好意的には見てくれていると思うけど。付き合いが長い割にはよくわからないな……。
その顔は無表情で。なんとも思っていないとしか思えなかった。
僕がそんなジェシーの横顔を見つめていると、
「仕方がありませんね」
そういって、ニーナは食事を持ってきてくれた。ニーナの奴。なんだかんだいってマスターである僕の体を気遣って……。
そうして出て来たのは、バターを塗ったパンに牛乳。ビンに入ったままのナッツを無造作にドンッと置かれたのだった。
料理……とはいえない。本当に最低限の食事。最低限の栄養補給というか。いや、そもそも僕はパン派ではなくごはん派なので。米が主食ですから。前世から。前世というか……前世か。よくわからないけど、そういうことだ。これは、ユーク側としても同じだ。
そんな僕にパン? 何の嫌がらせですかね……普段まったく食べませんから。パンなんて。どうもお腹に来るんですよね。体質的な問題もあるかもしれない。
それに、見た目が美味しそうなのに食べると思ったよりもおいしくないギャップがどうもなぁ……パンってそんな感じじゃない?
見た目ほど美味しくないっていうか。それなりにはおいしいんだけどさ。
やっぱり、ご飯でしょ。日本人なら。……いや、この世界人でも。
これは、相当怒っていらっしゃるのだろうか。ニーナさん? あんなことで。というか、むしろ被害者は僕じゃ? 僕が怒るならわかるけど、君が怒るのは筋違いじゃないのかい? 無知は罪ってか? ニーナさんの心まで僕は読めませんよ。貴方じゃないんですから。脳内の電気信号を読み取って判別とかそんな芸当は人間には不可能ですからね。貴方とは違うんです。
……今の僕の考え、読まれてないよね?
恐る恐るニーナの顔色を伺うと、むすっとしていた。珍しい。というか、初だ。あんな顔するんだな……ニーナって。ロボットなのに。感情むき出しでさ。昔のアンドロイドアニメとか思い出すなぁ……。ニーナにもそんなプログラムが施されているのだろうか。
しかしそれって、どこぞの映画みたいな悲劇が起きかねないのでは? とも思った。ロボットが自分の意志で人間を支配するようになったら……考えただけでも恐ろしい。最強の殺戮兵器だからなぁ……元々、それ用に作られたんだったっけ? どうだっけ。古代文明崩壊直前だったせいでほとんど戦闘していないらしいけど。
……もしかしたら、滅んだ原因がニーナだったなんてことは。
いや、やめよう。考えても仕方がないことだ。そうだったとしても、僕がニーナに対する感情を変えることはない、はず。
ちらっとニーナを見る。普通の人よりも女らしすぎるんだよなぁ……すらっとしていて。凛としているというか。銀のロングヘアが綺麗というか。
たまにポニテにしていたりするところもポイント高いよね。って、何を考えているんだろうか、僕は。相手はロボットだぞ……それはそれで。いやいやっ。
ニーナは色んな姿に変わることが出来るというか。髪の毛もセミロングだったりすることもあるし。服もそうだけど、顔も変えられるようだ。どういった仕組みなのかは不明。転送しているのかな? 服はそうだとして……髪はかつら? 顔が変わるのは……変形か? うーん。たしかにロボットっぽいような。こんなところは。変形とかいうとついつい巨大ロボットをイメージしがちだけど。
そんなことより、食事だよ! マジでこれなの……? 自分で作って食べていい?
そう思ったが、ニーナは台所から動かない。
「ここから先を渡りたければ、死ぬ気で来てください」
どうして台所に行くだけで死を覚悟しないと行けないんでしょうか。おかしいでしょ、ニーナさん。
しかし、そんなそっけない態度とは裏腹に覇気が……文字通り、ここから先は通さない。そんなオーラを感じる。いけば、やられる。間違いなく。
なんなのかねぇ……これは。仕方がないのでパンを頬張る。まあ、たまにはパンでもいいか……。
ニーナに睨みつけられながら食べるパンの味はいつも以上に最悪だった。い、胃が……。結局、朝食はまるで食べた気がしなかったのであった。




