第四話
——1ヶ月後
「シロイヌ運輸からちょっとツラ貸せよって連絡がきたんだけど!」とラクレットさんが泣きついてきた。
ようやく動き出したか、とリョウマは連絡を聞いて薄く笑った。
リョウマはすぐにラクレットさんへ協議に同行する旨を連絡して、その準備に取り掛かった。
協議の場所はシロイヌ運輸の本社らしい。相談を持ちかけた側なのに自社に呼びつけるとは、大企業らしい傲慢さだなとリョウマは嘆息した。
当日、リョウマはシロイヌ運輸本社近くの駅でラクレットさんと落ち合うことにした。リョウマが駅前へと行くと、ラクレットさんが相変わらずの青い顔で立っていた。
「もう胃が痛くて昨日からお粥しか食べてないんです……」
「どちらかといえば、こちらの方が優位に立っている側なんです。胸を張って強気でいきましょう!」
リョウマはラクレットさんを励ましながら、シロイヌ運輸の本社へと向かった。
本社に到着すると、リョウマたちは応接室へと通された。なかなかメンテナンスが行き届いていて綺麗な建物だ。内装のデザインも今風なので、最近新しく建てたのかもしれない。きっと事業が順調なのだろう。そんなことを考えながら、リョウマとラクレットさんは椅子に座って相手側の到着を待った。
しばらく待っていると、応接室の扉が開き3人の男性が中へと入ってきた。
「どうもお待たせ致しました。本日はご足労いただきありがとうございます。今回、この案件を担当させて頂きますバーンズと申します」
バーンズと名乗る中年の男性が名刺を持ってこちらへ歩み寄って来た。
それを見て、リョウマとラクレットさんは椅子から腰を上げて3人へと向き直った。
「私はラクレット運送の代理人を担当しております、弁理士のリョウマ=リュウゼンジと申します。よろしくお願いします」
口頭での挨拶を終えるとリョウマも名刺を取り出し、バーンズと名刺交換を行った。渡された名刺を見ると、顧問弁護士という肩書きが書いてあった。
他の二人とも名刺交換を行ってから、全員で席へと着いた。肩書からして他の二人は技術担当のようだ。急な案件で駆り出されてきたのだろうか、二人は緊張した面持ちで席に座っていた。
「早速なのですが、本題に入らせて頂きます」
バーンズがプリントアウトされたレジュメをリョウマとラクレットさんへ渡してきた。
レジュメの頭には“ラクレット運送所有の冷凍魔法に関する技術の独占使用権について”と書かれている。やはり登録された特許についての相談のようだ。
「今回、御社の登録特許である特許第M4398号について、弊社へ使用権の譲渡もしくはライセンス契約について協議させてもらいたいと思っています。まずはこちらの技術担当より、簡単な説明をさせて頂きます」
そういうと、技術担当の一人が立ち上がり、プロジェクターで説明用のスライドをスクリーンへと映し出した。
「ええと、まず、弊社についての説明を……」
「あ、前置きはいいですよ。本題から話していただけますか?」
「え? あ、はい、それでは飛ばしまして……」
リョウマが先を急がせたため、技術担当がスライドを先送りして本題のスライドを映し出した。そして、シロイヌ運輸が冷凍魔法を使った冷凍運搬サービスを開始したい旨の説明があった。
「しかし、通常の冷凍魔法ですと、荷物に対して魔法回路が大き過ぎて大型かつ専用の配送車でしか運搬ができないという課題がありました」
なるほど、ラクレットさんの魔法は魔法回路の小型化もできるのか、とリョウマは感心した。横を見ると、ラクレットさんはまだ青い顔をしていた。
「また、荷物を冷やすための魔力が予想よりも多く消費されるため、魔力セルの費用が大きくなってしまうという課題もあります。つまり、冷凍運搬サービスをするにはコストがかかり過ぎてしまうため、現状では運用するには採算が合わない状況なのです」
概ねリョウマの想定通りの内容だった。リョウマはひとまず安心してお茶を一口飲んだ。
「魔力効率の改善と魔法回路の小型化について改善を検討しましたが、現状では上手くいっておりません。そこで、御社の技術に目をつけました。御社の技術を使えば、現状の課題を全てクリアできるということが分かっております」
「しかし、その技術は御社が先日、特許を取得されております。ですので、その特許についての使用許可を得たいというのが今回の協議内容となります」
技術担当の説明から引き継いでバーンズが説明を締めた。
「趣旨は理解しました。それでは御社の要望を先に聞かせて頂いてもよろしいですか?」
「弊社としましては、弊社所有の特許とのクロスライセンス契約をしていただくことが最良であると考えています」
確かに特許同士でお互いにライセンス契約を結ぶのが、最もコストパフォーマンスが良いだろう。シロイヌ運輸としてそれが最良だということは頷けた。しかし、それではこちらに旨味があまり無い。リョウマは少し考えてから口を開いた。
「それについては事前に検討していますが、御社の特許の中に弊社が活用できそうなものはありませんでした」
「そうですか、それは残念です。では、特許権を弊社で買い取ると言う方向ではいかがでしょうか?」
「それは特許権の金銭による譲渡という意味でよろしいですか?」
「そう考えていただいて結構です」
まあそう来るだろうと予想していたリョウマは、少し考えるフリをしながら思考を整理した。
折角取得した特許を簡単に譲り渡すのは得策ではない。もっとこちらの利益になる方向に持っていくべきだとリョウマは考えた。
「この特許は冷凍運搬に関するコア技術なので、一概に値段をつけるのは難しいと考えています。ですので、特許使用権のライセンス利用料を毎年支払うという形でいかがでしょうか?」
「いえ、ライセンスではなく買取らせて頂けませんか? 3000ゴールドでいかがでしょう?」
「さ、3000ゴールド!?」
金額を聞いてラクレットさんが声を裏返らせた。普通の会社員の年収で5~6年分の金額が手に入るのだから無理もない。しかし、リョウマは間髪入れずに返答した。
「3000ゴールドは安すぎます。この特許は冷凍運搬事業のコア技術です。その値段では釣り合いません」
リョウマの言葉にシロイヌ運輸側が苦い表情を見せたように見えた。こちらが中小企業と思って足元を見るつもりだったんだろう。リョウマはそうはさせまいと話の主導権を握り続けた。
「それでは、ライセンス利用料はどれくらいをお望みでしょうか?」
「そうですね」
リョウマは一呼吸置き、背もたれに体重を預けながら答えた。
「売上の10%」
「は!?」
「そ、それは高過ぎる! ありえない金額だ!」
リョウマの一言にシロイヌ運輸側が思わず席を立ってしまう程の焦りを見せる。リョウマは相場の二倍程度の金額を提示したのだ、無理もなかった。その様子を見てリョウマの目が冷たく光った。
「わ、我々はこの特許に対して無効審判をする用意もあります。それでもそのような要求をされるのですか?」
バーンズが焦ったように反論をしてきた。
リョウマはその言葉に対して考えを巡らせた。その間、リョウマはシロイヌ運輸側のメンバーを睨みつけるように見ていた。
「シロイヌ運輸は本件の審査の際に情報提供をされていますよね?」
バーンズはリョウマの指摘に対して息を詰まらせた。図星だなとリョウマは自分の予想が当たっていると確信した。
「その件については返答を差し控えさせていただきます」
「御社は情報提供として既に資料を特許庁に提出済みだ。それでもこの特許は登録になっている。御社はこれ以上、この特許の無効を示す資料を持っている、とでも言うのですか?」
リョウマの言葉にバーンズは冷や汗を流しながら下を向いてしまう。
「そもそも、無効にできるのならば、こんな交渉するはずがないですしね」
目をパチクリとさせながら二人のやり取りを眺めていたラクレットさんは、リョウマをつついて小さな声で話しかけた。
「問題無いって事でいいんですか?」
「はい、そうですよ」
リョウマはラクレットさんに向かって小さな声で答えた。そして、リョウマはシロイヌ運輸側に向き直った。
「さっきの要求が無茶な要求ということはわかっています。ですので、ここはお互い歩み寄りましょう。こちらの要求は、売上の5%プラスアルファといったところで如何でしょうか?」
その言葉にバーンズが苦虫を噛み潰したような表情を見せる。少し意地悪な言い方だったが、こちらが優位だということを示しておきたかったため、リョウマはあえてこのような言い方をしたのだった。
「それで、プラスアルファというのはどういったものでしょうか?」
「御社の魔力補給ステーションをラクレット運送に使わせて頂きたいのです」
「補給ステーション……ですか?」
運送に利用する配送車は魔力を使って動く。また、魔法を使うのにも魔力を使用する。そのため運搬業務に魔力補給は不可欠なのだが、現状では補給する場所が限られている。もしシロイヌ運輸が独自に保有する補給ステーションを利用することができれば、ラクレット運送の配送エリアを拡大することができ、その分業務拡大が可能となるという目論見だ。
予想外の答えだったのだろう、シロイヌ運輸側もなかなか答えを出せずにいるようだ。リョウマは涼しい顔でお茶を一口飲んでラクレットさんに話しかけた。
「ふう、途中で反撃に遭いそうになりましたが、なんとか上手くいきそうですね」
「は、はい、ハラハラして胃が痛くなりましたよ……」
ラクレットさんも話し合いがうまくいきそうなので、少し顔色が元に戻っていた。
「あの、申し訳ありませんが、一度持ち帰らせて頂いてよろしいでしょうか? すぐに返答をすることができない内容なので……」
「ええ、それで構いません。それでは1ヶ月後までに返答を頂くということでよろしいでしょうか?」
「はい、それでお願い致します」
話し合いはそこで打ち切りとなった。リョウマとラクレットさんは本社を後にして近くの駅へと向かった。
「なんとか上手く話をまとめられそうですね。ラクレットさんお疲れ様でした」
「ありがとうございました、先生。でも、途中で先生の雰囲気がいつもと違ってて、ちょっと怖かったですよ……」
「ははは、せっかくこちらが有利なのですから、強気に出ないと舐められちゃいますからね。あれくらいでちょうど良いんですよ」
そう言うと、リョウマはいつもの柔和な笑顔を浮かべた。
弁理士って怖いなあと思いながら、ラクレットさんはリョウマの優しい笑顔を見つめた。




