第三話
「せせせせ先生! これは一体どういうことなんですか!?」
事務所の出入り口からラクレットさんが血相を変えて飛び込んできた。
「おや、ラクレットさんじゃないですか、こんにちは」
「こんにちは! じゃないですよ! この拒絶理由通知書ってなんですか!? 特許がダメになったってことですか!?」
「まあまあ落ち着いてください。ちゃんと説明しますから」
リョウマは接客用のソファに腰掛けながら鼻息荒く興奮しているラクレットさんを宥めた。
「では、拒絶理由通知書について説明しましょうか。これは簡単に言うと、“この出願はこういう理由で特許にすることはできませんよ“と教えてくれる物なんです。例えば、すでにこの論文があるから特許にすることはできませんよ、といった感じです」
「で、でも、結局特許にはならないってことなんじゃないんですか!?」
「確かに、このままだと特許にはなりません」
「じゃあダメじゃないですか!」
ラクレットさんはこの世の終わりのような顔をした。
「いえいえ、実はこの拒絶理由通知書には反論をすることができるんです」
「反論?」
「はい、しかも、権利範囲を変更することもできます」
「そんなこともできるんですか!?」
ラクレットさんが両手を上げて驚愕した。こんなに反応が良いと説明のしがいがあるなとリョウマは満足した。
「はい、流石に権利範囲を広げるような変更は基本的にできないんですが、挙げられた先行技術を回避するような変更をすることは可能です」
「そ、そうなんですか。特許は仕組みが色々あって奥深いですね……」
「特許って難しいよね〜。私もお手伝いはするけど、全部は理解できてないよ〜」
そう言いながらルナマリアがこちらにやって来てラクレットさんにお茶を出してくれた。
「そうですね。そもそも拒絶理由通知書は来ることの方が多いですし、そういう救済措置もあるので、まあ大丈夫ですよ」
そう言ってリョウマはルナマリアが持ってきたお茶を一口飲んだ。
「本当ですか? それならいいんですが……」
「ただ、今回の拒絶理由通知書は想定していた物とは少し違いました」
「え? それはどういう……」
「実は今回の拒絶理由に使われている先行技術なんですが……」
ラクレットさんとルナマリアがゴクリと息を飲む。
「外部から情報提供されたものでした」
「外部からって?」
「どういうことですか?」
ルナマリアとラクレットさんが交互に尋ねてきた。
「通常、拒絶理由通知書では審査官が調査して見つけた特許が先行技術として引用されるんです。しかし、今回は審査官とは別の第三者から提出された文献が引用されていました」
「ええ!? そんなことできるんですか?」
「はい、特許審査には情報提供というシステムがあって、公開された出願に対して外部から先行技術を審査官に提出することができるんです」
リョウマが拒絶理由通知書の紙をヒラヒラとはためかせながら説明をする。
「へえ〜、そんなのがあるんだ。でもわざわざそんなことして何になるの?」
「その出願が特許として認められると困る人が、その特許を積極的に潰すためにやるんです」
「え!? ということは、私の出願に情報提供してきた外部の者って……」
リョウマは一拍置いてからラクレットさんの問いに答えた。
「はい、おそらくシロイヌ運輸だと思われます」
「そ、そんな、シロイヌ運輸に完全に目を付けられてる……」
「すごいじゃん! この出願がそれだけ重要ってことだよ! 相手さんも必死なんだね!」
「そうですね。なので、何とかしてこの出願を登録できるように考えてみましょう」
リョウマは机の上からファイルを一つ持ってきて、中からメモを取り出した。
「情報提供された文献を確認したのですが、冷凍魔法の温度調整について書かれた文献でした。なので、今の出願の内容だとちょっと厳しそうです」
「ええ!? どうすればいいんですか?」
「それを今からみんなで考えるんだよ〜」
ルナマリアがリョウマの隣のソファに座って、楽しむような表情でメモを覗き見た。
リョウマが真剣な表情でメモと拒絶理由通知書を交互に見ながら考え込んでいる。ラクレットさんは青い顔をしながら何かに祈り、ルナマリアは美味しそうにテーブルに置いたクッキーを頬張った。
「うーん、やっぱり冷凍魔法を使った運搬サービスっていう内容だと厳しそうだなあ」
「最初の方針だと厳しいってこと?」
「そうですね。ちょっと方針転換しないと難しいでしょう」
そう言うと、リョウマはファイルから別の書類を取り出してテーブルの上に置いた。
「あれ? これは図書館で調査したときに追加で集めた資料じゃない?」
「はい、そうです。これは使いたくなかったんですけどね」
「何ですかこれは……? 魔法の効率化に関する論文……ですか? こんなもの何に使うんです?」
「そうですね、まずはラクレットさんに確認したいことがあります」
リョウマはもう一度メモを取り出してラクレットさんの前に差し出した。
「この冷凍魔法なのですが、論文に書かれているような一般的な構成ではありませんよね?」
「え? は、はいそうです。この魔法は私がアレンジして使いやすくしているんです」
「そうなの? じゃあその魔法で特許とればよかったんじゃないの?」
ルナマリアが無邪気な顔で質問してきた。
「そうなると、その構成の魔法を使わないと特許の範囲外になってしまいますから、シロイヌ運輸につけ入る隙を与えてしまいます。できるだけ権利範囲を広くするっていうのは、特許戦略の常套手段なんですよ」
「へぇ〜、でもそれが難しくなったんだよね?」
「そうです。なので、この魔法の特異性を権利化するように方針を変えようと思います」
リョウマが人差し指を立ててクルクルと回した。
「冷凍魔法の特異性ですか……? でも冷凍魔法を特許にするのは無理って言ってませんでしたか?」
「ええそうです。でも実はラクレットさんに魔法の説明をしてもらった時に思ってたことがあるんです」
「え? 何でしょうか?」
リョウマは人差し指を止めてニッと笑って答えた。
「ラクレットさんの魔法は温度が下がるまでの時間がすごく短いんです」
「そうなんですか?」
「はい、ラクレットさんがアイスクリームに魔法をかけた時があったでしょう? その時、魔法をかけてすぐにアイスクリームが固まり始めました。普通はもっと時間がかかるものなんです」
ラクレットさんの魔法は一般的な魔法よりも魔法陣の輝きが強かった。これが、より効果が強い魔法の特徴なのである。
「へえ〜、それがこの魔法の特異性なの?」
「はい、もっと具体的に言うと、魔法の魔力効率がすごく良いんです」
「効率?」
「そうです。少ない魔力で大きな出力を得ることができる。なので、ラクレットさんの魔法は温度が下がる時間が早かったんです」
「そうだったんですか、自分でも気づきませんでした」
次にリョウマはメモに書いてある魔法陣を指差した。
「高効率の理由は、この魔法陣の構成にあります。荷物を小さな魔法陣2つで挟み込むような形になっていますよね。この構成が魔力効率を高めているんですね」
「あ、そうです。この形にすると、魔法陣を小さくすることができるんですよ。なので小さな荷物に合わせた魔法陣にしても、ちゃんと温度が下がってくれるんです」
「そうなんだ! ラクレットさんスゴいじゃん!」
「いやあ、そう言われると照れますな」
ラクレットさんが頭をかきながら自慢気に胸を張った。
「この高効率のおかげで、より低コストで冷凍運搬サービスを運営することができているんです。なのでここを抑えれば、例えシロイヌ運輸がサービスを模倣してきても価格面で優位に立てるはず」
「な、なるほど! そういうやり方もあるんですね。でも、出願した内容と違いすぎて修正できるんですかね?」
「ええ、実はこんなこともあろうかと、事前に出願書類の中にこの内容を記載しておきました。なので、この構成で修正することはできますよ!」
そう言うと、リョウマはラクレットさんに向かってウィンクをした。
「さっすがリョウマさん! 抜け目ないな〜。だから魔法の効率化の資料を追加で集めてたんだ?」
「そうです。その資料の中にも、この魔法陣の構成はありませんでした。なので、この修正をすれば登録になる可能性は非常に高いと思われます」
「「おお〜」」
ラクレットさんとルナマリアが感心したように声をあげる。リョウマはその声に笑顔で応えた。
「この方針で行こうと思うのですが、ラクレットさん、これでよろしいですか?」
「はい! よろしくお願いします!」
「分かりました。それでは書類をまとめていきますね。それではルナマリアさん、お手伝いお願いします」
「承知〜」
こうして新しい方針を決めたリョウマはその日のうちに書類をまとめて特許庁へと提出した。
その数週間後、ラクレットさんの出願が登録になったという通知がリュウゼンジ事務所へと届いた。




