第二話
「それでは、先行技術の調査に行きましょう」
そう言うと、リョウマはルナマリアと共にリヴァイアス国立魔法大学へと向かった。リヴァイアス大学の図書館には、この国で最も多くの技術書や論文が所蔵されており、国内最大規模を誇っている。
特許に関しても新しい情報への更新が早いため、今回のような先行調査では多くの弁理士が一番最初に訪れる場所なのだ。
この膨大な情報の海から、今回出願しようとしている技術に近い内容の文献を探し出すのが今回の目的だ。
「相変わらずすごい量の本だね〜リョウマさん!」
「そうですね。ここはこの国の最高学府ですから、それに見合った最高の図書館だと思いますよ。それでは二人で手分けして文献を探し出しますか」
「はーい」
リョウマは備え付けの端末で検索をかけて文献の候補をリストアップし、一覧をプリントアウトした。
「ではルナマリアさんは運搬に関する魔法の文献を抽出してください。このリストがその文献の一覧です」
「あいあいさー」
「抽出が終わったら中央のテーブルに集合しましょう。それではよろしくお願いします」
そうして二人は文献の捜索を開始した。
しばらくして、リョウマはリストアップした文献全てを確認し終え、集めた文献を持って図書館の中央にあるテーブルへやってきた。そこでは既に文献を集め終わったルナマリアがこちらに向かって手を振って待っていた。
「相変わらず早いですね、ルナマリアさん」
「ふふ〜ん、こういうの得意なんですよ〜」
ルナマリアは得意気にVサインをしてふにゃりとした笑顔を見せた。ルナマリアは特許事務所の事務員だが、リョウマの優秀な助手でもあるのだ。
「それでは、持ってきた文献を更に絞り込んでください。特に魔法を使った運搬に関する文献があったらこっちにください」
「おっけー」
そうルナマリアに指示をすると、リョウマは自分が持ってきた冷凍魔法に関する文献を調べ始めた。静かな図書館に二人の紙をめくる音が小さく響く。
(うーん、冷凍魔法の先行技術はたくさんあるなあ。やっぱり普通のやり方じゃあ無理そうだ)
リョウマは冷凍魔法の基本的な内容が記載されている文献をいくつかピックアップすると、ラクレットさんの魔法の詳細がメモされた紙を確認した。
「リョウマさん、運搬関係の文献見終わったよ〜。はい、これが抽出したやつだよ。思ったより少なかったなあ」
「ありがとうございます」
リョウマはルナマリアから文献の束を受け取ると、すぐに中身を確認し始めた。
「ふーむなるほど、冷凍運搬そのものの文献はなさそうですね。でも、魔法を使って荷物を衝撃から守る運搬方法っていうのはありますね」
「あー、そういうのは何個かあったかも」
「そうなると、冷凍魔法とその技術を組み合わせられるので“冷凍魔法を使った運搬“っていうのも厳しいかもしれない」
「えーそうなの? それなら、もっと限定するとか? アイスクリーム専門の運搬方法とか!」
「流石にそれは限定的過ぎますね。でも考え方は良いと思います。もう少し範囲が広い何かで限定してしまいましょう」
そう言うと、リョウマはもう一度持ってきたメモを見る。すると、ルナマリアが横からそのメモを覗き見てこう言った。
「これなんかいいんじゃないかな? 冷凍魔法で温度を−5度〜0度に調節するっていうやつ!」
「ふむ、そうですね。これなら文言上では限定してますけど、実質は限定になってないですから権利範囲は広いままです。これでいきましょうか」
出願内容の方針が決まり、集めた文献をひとまとめにしている時にリョウマが思い出したかのように顔を上げた。
「あ、そうだ、一応こっちのリストにある文献も集めておいてくれませんか?」
「ん〜どれどれ?」
ルナマリアがリストを受け取るとその中身を見て怪訝な顔をした。
「ん〜? この技術が今回の件に何の関係があるの?」
「まあ保険みたいなものですよ。こういうのが後々効いてきたりするんです」
リョウマが口に人差し指を当ててウィンクした。
ルナマリアは頭の上にはてなマークを浮かべながら、リストに書かれた文献を集めに向かった。リョウマはその背中をニコニコと微笑みながら見送った。
先行調査に行った次の日、リョウマは事務所にラクレットさんを呼んだ。
「やあ先生、何か良い案ができたんですかな?」
「ええ、どういう感じの特許にするか大枠が決まりましたので、今日はそれを説明させてもらいます。これが今回の詳細になります」
ラクレットさんは差し出された紙を手に取った。そこにはこう書かれていた。
【荷物を配送する方法において、前記荷物の内部および/または周辺の空間の電子運動を魔力を使用して制限し、前記空間の温度を-5乃至0度の範囲内に保つことで荷物の状態を保持しながら運搬することを特徴とする荷物の運搬方法】
「う、うーん、これが特許……ですか? 難しい言葉ばかりだから何だかよくわからないですなあ」
「まあ慣れてない人が見るとよく分からないですよね。簡単に言うと、荷物を魔法で−5度から0度の間に調節して運搬する方法っていう内容です」
「なるほど、温度を規定してしまうのですか……。こんなもので特許になるんですか?」
ラクレットさんは半信半疑な表情をしていた。
「はい。我々が調べた限りでは、この内容に近い文献は見つかりませんでした。ただ、見つけきれなかった文献がもしかしたらあるかもしれません。そうなると、この内容だと特許にはならないです」
「ええ!? ど、どうするんですか!?」
「なので、後から色々と付け足せそうな項目を事前に書いておくんです。その後の文言を読んでみてください」
そう言われて、ラクレットさんは書類の後半を読んだ。
「………………これは、魔法の構造ですかな?」
「そうです。ただ、これを記載するということは、魔法の構造を世界に公開することになります。それは構いませんか?」
「うーん、そう言われるとちょっと不安ですが……まあそこまでスゴい魔法だとは思ってないんで大丈夫ですかな」
「ありがとうございます。それではこの方針で進めさせていただきますね」
リョウマはラクレットさんに渡した紙を回収するとファイルの中に綴じた。
「あの先生、何とかなりそうなんですかね……?」
「ええ、断言はできませんが、大丈夫だと思いますよ」
「そうだといいんですが……あの、この仕事は私の夢……なので失いたくないんです」
ラクレットさんが手元を見つめながら語り始めた。
「私が大学に行っていたことは前に話しましたよね。それで私、本当は魔法使いになりたかったんですよ」
「そうだったんですか。でも、どうして運送業を?」
「お恥ずかしい話なんですが、魔法使いの資格試験に受からなくて……でも、どうしても魔法を使った仕事をしたかったんです。それで、その時得意だった物体移動の魔法や温度変化の魔法を使って運送業をしてみようと思いつきまして……今に至るわけなんです」
ラクレットさんの話を聞いて、リョウマは真剣な表情を見せた。
「そうなんですか。その気持ち、すごくわかりますよ。でも起業をするのは大変だったでしょう?」
「ええそうですね。でも魔法を使った仕事がどうしてもやりたかったので、あの時はとにかくがむしゃらにやってましたねえ」
ラクレットさんは昔を懐かしむように天井を見上げた。
「確かにいざやってみると、予想外のことばかりで本当に大変でした……でも、それが楽しくもありました。そして気がついたら運送業自体が大好きになってました。なので、この仕事は辞めたくないんです。先生、どうかよろしくお願いします!」
「いい話じゃーん! それじゃあ、なんとしても負けられないね!」
「そうですね。私も魔法は大好きですけれど魔法は使えません。なのでラクレットさんの気持ちはよくわかります。頑張りましょう!」
リョウマはラクレットさんの手を両手で取って力強い笑顔を見せた。
「はい先生! 頑張りましょう!」
「それでは明細書を作成して出願処理を行います。何かありましたらまた連絡致しますね」
「はい! よろしくお願いします!」
こうしてラクレットさんの夢を守るための特許が出願されたのだった。




