第一話
「どどどどうしよう! うちの会社が無くなっちゃうかもしれないよ!」
事務所の扉が勢いよく開かれ、そこから突然、中年の男が飛び込んできた。
魔法を専門に扱う、この国でも数少ない特許事務所。それがここ、リュウゼンジ特許事務所なのである。
「うわ! びっくりした! あれ? 運送屋のラクレットさんじゃない。集配に来たの? 今日は何か依頼するものあったっけ?」
事務員のルナマリアが青い顔をしたおじさん——ラクレットの元へと歩いて来た。
「り、リョウマ先生! ど、ど、ドドドドドドド!」
「どうしたんですか? ラクレットさん。工事現場みたいな声を出して?」
事務所の主であるリョウマ=リュウゼンジが涼しい顔をして客人を出迎えた。
「とりあえず、ここにかけて落ち着いてください。ルナマリアさん、お茶を出してもらっていいですか?」
「はーい」
リョウマはラクレットさんに接客用のソファへ座るように促した。ラクレットさんは青い顔をしたままふらふらとソファへと腰掛けた。
「大丈夫ですか?」
ラクレットさんを気遣いながら、リョウマは反対側のソファに座った。
「それで、一体何があったんですか?」
「うう、うちの会社が潰れるかもしれないんだよお!」
「何でまた急にそうなったんですか?」
「実は少し前に、うちの会社と業務提携しないかってシロイヌ運輸から話があったんだ」
「え!? シロイヌ運輸と言えば業界最大手じゃないですか! すごいですね!」
シロイヌ運輸とは知らない人はいないと言えるくらいの大企業だ。リョウマはその名前を聞いて思わず大きな声を上げた。
「光栄なことだとは思ったんだけど、ちょっと条件面で折り合いがつかなくて破談になったんだ」
「それは残念でしたね……」
「そうしたら、急にそのシロイヌ運輸がうちの冷凍運搬サービスと同じサービスを始めるって言い出したんだよ! どうしよう!」
「まあまあアイスでも食べて落ち着きましょ」
そう言いながら、ルナマリアが淹れたてのお茶と一緒にアイスクリームを接客用テーブルに置いた。
鼻息荒くしているラクレットさんは、出されたお茶に口をつけると少し落ち着きを取り戻した。それを見てホッとしたリョウマは、アイスクリームをスプーンで掬って口に運んだ。
「このアイスクリーム美味しいですね! バニラの香りが素晴らしい! これどうしたんですか?」
「これは依頼者さんからお礼に貰ったものだよ。冷凍庫で冷やしてたの思い出したんだ〜」
「へぇ~、そうなんですね。ルナマリアさんは食べないんですか?」
「私はもう3つ食べたので休憩中!」
「み、3つ……そんなに食べたらおなかこわしますよ……」
ルナマリアはへーきへーきと手を振った後、ラクレットさんへ話しかけた。
「冷凍運搬サービスって、氷かなにかで荷物を冷やして運ぶの?」
「いや、冷凍魔法を使うんだよ。氷だと途中で溶けちゃうけど、魔法で荷物を冷凍すれば、鮮度を落とさずにより遠くに配送ができるんだ。こんな感じで」
そう言うと、ラクレットさんがテーブルに置いてあったアイスクリームを挟むように両手をかざした。ラクレットさんの両手から青白く輝く魔法陣が浮かび上がる。すると、溶けかけていたアイスクリームがみるみるうちに固まり始めた。
「おお~すごい。じゃあこのアイスクリームも遠くに運べちゃうんですね! すごいなあ」
「でしょ? 私はこう見えて魔法大学出身だからね! こういう魔法の応用は得意なんだ!」
ラクレットさんはえっへんと自慢気に胸を張った。
「シロイヌ運輸はこの業務をうちと一緒にやりたかったらしいんだ。でも破談になってしまった。そうしたら、今度はうちの冷凍運搬サービスを真似して独自にサービスを立ち上げるみたいなんだ! うちはこういうニッチなサービスで保ってた会社なのに、大手と競合しちゃったらもうやっていけないよお!」
「それは大変だ。じゃあ、先にラクレットさんがその魔法の特許取っちゃえばいいんじゃない? そしたら真似できないよ!」
ルナマリアが4つ目のアイスクリームを食べながら提案をしてきた。休憩は終わったのだろうか? ルナマリアのお腹は鉄でできているのかもしれない。
「それだよ! 特許は先生の専門分野でしょう? もしかしたらなんとかできるんじゃないかと思って相談に来てみたんだ」
ラクレットさんが期待を込めた眼差しでリョウマを見つめた。
「そうですね……」
リョウマは顎に手を当てて考える素振りを見せた。ラクレットさんとルナマリアは緊張した面持ちでリョウマの言葉を待った。
「ん〜、冷凍魔法を特許化することはちょっとメリットが小さいかもしれませんね……」
「そ、そんなあ……もうおしまいだあ……」
ラクレットさんが頭を抱えて今にも泣き出しそうだ。リョウマはラクレットさんを落ち着かせながら言葉を続けた。
「“冷凍魔法“は一般的な魔法なので、それを単純に特許にすることはできないんですよ。特許にするならば、もっと特殊な冷凍魔法にするか、“冷凍魔法を使った運搬サービス“っていう特許にすれば取れるかもしれません」
「本当かい!?」
ラクレットさんの顔がぱあっと明るくなった。コロコロと表情が変わって秋の空みたいな人だ。
「でも、相談に来ておいてなんなんだけど、特許って何ができるのかよくわかってないんだよなあ」
その言葉を聞いて、リョウマは待ってましたとばかりにコホンと一つ咳払いをした。
「特許はですね、その技術の情報を開示する代わりに、その技術の独占権を得ることなんです。つまり、権利者の許可がなければ真似することができなくなるんです!」
リョウマは早口で説明した。そんなリョウマの顔は心なしか上気していた。
「うーん、でも、運搬サービスなんて形が無いものを特許にするっていうのは何だかイメージが湧かないなあ」
「それが特許の怖いところであり、面白いところなんだなあ!」
ニヤリと笑みを浮かべながら、リョウマはうんうんと頷いた。
「そう言うものなんですか……それで先生、なんとかなりませんかね?」
「そうですね……それじゃあ、もう少しその魔法について詳しく教えてくださいますか?」
「ええ、構いませんよ。えーっと、この魔法はですね……」
ラクレットさんは冷凍魔法のやり方や運搬方法などについて詳しい説明を始めた。リョウマとルナマリアは途中で質問を挟みながらラクレットさんの説明を聞いた。
「なるほど……これはちょっと面白いかもしれませんね」
リョウマは説明する時にラクレットさんが書いてくれた説明図を見ながら口の端を吊り上げた。
「どうしたのリョウマさん? な、なんか悪い顔になってるよ?」
「フフッ、私が最高の特許を取ってみせますよ! ラクレットさん、私に任せてください!」
こうして“冷凍魔法を使った運搬サービス“の権利化がスタートしたのだった。




