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第08話「能力」

俺は一筋の光をみた。


漠然とした不安という闇のなかに、確かにある光。両手をあげて喜べるような光ではない、この世界にとっては。それでもこの暗闇のなかで、たしかな道を示してくれるように感じた。


英雄「ラプラスの能力も、この世界に転生してきたのか」


前世で俺はこの能力を駆使して魔王まで上り詰めたのだ。この世界で能力を持つものなど、調べた限りではいなかった。胡散臭い自称・超能力者ならいくらでもいたが、まあそれは置いておこう。


英雄「まずは確認だな。本当に前と同じラプラスなのか。検証が大事だ」


諸君、いいか。どんなチート能力も、性能を把握していなければただの宝の持ち腐れだ。剣をもらった勇者がまず素振りをするように、俺もまず自分の手札を数える。これは前世で叩き込まれた習性である。


俺は昼を食べることも忘れて検証に没頭した。気がつけば、時刻は夜9時になろうとしていた。


英雄「ざっとこんなものか」


ほとんど前世と変わらない能力であった。わかったことは、以下の6つだ。


・四則演算は比較的大きな数字でも行える

・簡単な表やグラフはできる

・ある程度のデータは保存できる

・同時に処理できるデータには限りがある

・自動入力、計算機能がある

・この能力の代償は、ないか、あってもごく些細なもの


改めて並べてみて、俺は天を仰いだ。


英雄「これ……表計算ソフトの、下位互換じゃん」


そう、やはり下位互換である。同じですらない。前世で他の魔王たちが「便利な能力をお持ちで羨ましい」と俺を持ち上げていたが、その正体がこれだ。この世界では中学生でも使いこなす道具の、劣化版。羨んでいた連中に教えてやりたい。お前らが崇めていた魔王の力は、無料で配られているアプリに負けるぞ、と。


とはいえ、ないものねだりをしても始まらない。順番に見ていこう。


まず四則演算。10桁+10桁、10桁-10桁が瞬時。3桁×3桁もほぼ瞬時。これを駆使してそろばん大会にでも出ようかと考えたが、何かむなしくなってやめた。


英雄「魔界の最適化を担った頭脳が、商店街の暗算大会で三位入賞……。絵面が地味すぎる」


けっしてフラッシュ暗算を馬鹿にしているわけではない。むしろ調べてみて青ざめた。あれは出力と同時に入力を続ける化け物じみた技で、この人間の体には、そもそもその入力速度が備わっていない。少し試して、即座に無理だと悟った。


英雄「フラッシュ暗算王への道、開始3秒で閉ざされたわ」


次に表とグラフ。これには素直に驚いた。前世のラプラスにはなかった機能だ。というか、表やグラフという概念そのものを俺は知らなかった。


表やグラフにしたら具体的な数字見れないじゃん。


私はそう思っていました。そう、計算ソフトから出てきたものを見るまでは。


現代のものに影響したせいか、円グラフや折れ線グラフくらいは作れる。こんな便利なもの、なぜ前世で気づかなかったのか。本当に残念である。魔王時代にこれがあれば、会議資料でもっと部下を黙らせられたのに。


残りは、正直に言うと地味だ。


データの保存はできるが、保存できるのは数字だけ。容量も、いつ消えるのかもわからない。同時に処理できる量も、せいぜい3〜7。前世では、勇者一行に放つ一撃のダメージを弾いたり、ダンジョンの出口をどこに作るか最適化したり——そういう「ここぞ」で使う力だった。あまり保存はしていない(と思う。正直意識していなかった。)


そして自動入力。見たものを、勝手に数値化してくれる機能だ。せっかくなので、部屋にあるもので試してみた。ここだけは上位互換でもよさそう。


英雄「えーと、この……スマホ。重さ、約170グラム」


ピンとこない。


英雄「冷蔵庫の中のビール、残り三本」


哀しい数字が出てきた。


英雄「……試しに、今の俺の所持金」


数字が、出た。


英雄「…………」


想像していたより、二桁ばかり少なかった。前世では一国のダンジョンを管理していた男の全財産が、これである。自動入力の精度は確かだ。確かに、残酷なほど確かだった。能力は何も悪くない。悪いのは、この財布の中身を作った男——つまり俺だ。


最後に、代償。能力というのは普通、少なからず魔力を食う。移動魔法ひとつ取っても膨大な魔力と詠唱がいる。だがラプラスは、それがほぼ無償、無料で済む。あらゆる制約を受けずに使える。なんなら寝ていても発動できる。出力ができないから意味はないが。


この世界でも代償は感じない。疲れがたまっているのかもしれないが、よくわからない。まあ、重大な副作用はなさそうだ。今のところは。


    * * *


英雄「とはいえ、ラプラスがあったところで、これをどう役立てるかが問題だよなあ」


俺はノートを見返した。下位互換。劣化版。地味。我ながらひどい評価だが、それでも一つだけ、確かなことがある。


これは、俺にしか使えない。調べた限りでは。


英雄「前世と同じ力だが、表やグラフみたいな新しい使い方もあった。まだ眠っている力もあるかもしれない。……考えてもわからないけど」


ラプラス。これは一筋の光だ。


この転生は、おそらく失敗だった。俺を転生させた誰かも、きっとそう思っているだろう。何もできない俺を眺めて楽しんでいるなら、向こうにとっては成功なのかもしれないが。


それでも——漠然とした不安のなかで、初めて、自分の手の中に何かを握れた気がした。たとえそれが表計算ソフトの下位互換でも。これはかなりの前進だ。


英雄「どう使えばいいのかは、さっぱりわからんけどな」


明日からはとりあえず会社に行こう。尾崎にでも相談してみるか。あいつ、こういう話だけは妙に詳しいからな。


そんなことを思いながら、俺は眠りについた。


この力が、数か月後に俺の人生をひっくり返すことになるとは、つゆ知らず。


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