第06話「時間」
転生してから月日がたち、この世界にもだいぶ慣れた。テレビだけでなく、SNSや動画サイトも使いこなしている。朝はぎりぎりまで寝て、だらだらとなんとなく働いて、帰ってきたらビール片手にネットサーフィン。
お気づきだろうか、、、
そう、ちゃんとダメ人間になっている。
そういえば、まだ俺のポイントについてはなにも話してなかったか。
ポイントとは俺の特殊能力なのだ。俺にも特殊能力があったのだ。
ポイントと現金を交換できる力……ってわけではない。
特殊能力があれば人生イージーモードだって? 君は俺と同じ能力を持ってもそんなことが言えるのかい?
まあ話せば長くなるから気長に聞いてくれや。
あれは俺が風邪をひいて高熱を出した日だった気がする。
* * *。
英雄「どうしてヒトの体というのはこうも脆弱なのだ」
俺は暗く狭い部屋でひとりそう呟いていた。
本当はもっと大声で叫びたかった。
しかしそんな元気はない。
英雄「体温は39.2度、これは病気か」
そう、熱を出してしまったからだ。
もうすぐ夏休みといった時期、セミの鳴き声だけでも暑いと感じ出したころであった。
こちらの世界にもぼちぼち慣れており、仕事も結構いい感じに覚えた。
最初の失敗(本当は元英雄の失敗だが)も帳消しにするほど必死に働いた。
だいぶ会社に貢献できたのではないかと思う。
部長の当たり方も前よりはましになった、気がする。
とにかく必死に働いた。
残業もしたし、休日出勤も行った。
家に帰ってからはほとんど活動はできず、最低限のことをして就寝という生活を送っていた。
英雄「昨日、雨の中傘もささずに駅からダッシュで帰ってきてそのままささっと体をふいただけなのが悪かったのか」
そんなことをつぶやきながら俺は今の自分の状態を整理してみた。
まず寒い、震えが止まらない。
朝とはいえ、気温は25度ぐらいである。
なのに寒い、これが悪寒であるか。
そしてだるい、全身がだるい、何もできない、する気が起きない。
食欲もない、むしろ気持ち悪い。
英雄「とりあえず、会社に電話しないと」
俺は全身全霊でスマホを操作して会社に電話をかけ、部長に連絡をした。
「また欠席か、これ以上休むと有給なくなるぞ、これだから今の若者は、、、」といつものお小言が始まったが、俺はほとんど聞いていない、というか聞けない
「ま、連絡しただけいいか」
という言葉で電話はきれた。
英雄「せめてお大事にぐらい言えよ」
そう思いながらまた俺は眠りについた。
どのくらい寝ただろうか。
寝て起きてを繰り返していた。
ほとんど寝れていない気がする、寝るのにもこんなに体力がいるのかと驚いているぐらいだ。
ピンポーン
夢うつつの中で玄関のチャイムが鳴った音がした。
ピンポーン
また玄関のチャイムが鳴った、どうやら幻覚ではないらしい。
俺は玄関に向かい覗き穴を見た。どうやら寝たおかげで少しは体力が回復しているようだ。
そこには尾崎がいた。
尾崎「おい、またサボりか」
英雄「見てわかるだろ、俺のヒットポイントはもう赤ゲージだぞ」
尾崎「おいおい、本当に顔が赤いじゃねーかよ。今日はしっかり寝てなきゃダメだろ」
英雄「今までちゃんと寝てたわ、お前が来たせいでもう死にそうなんですけど」
尾崎「なら回復のポーションを授けよう」
そういって尾崎はコンビニのビニール袋を渡してきた。
中にはスポーツ飲料やヨーグルト、ゼリー系の食べ物などが入っていた。
英雄「お前は回復職だったのか、てっきり遊び人だと思ってたぞ」
尾崎「遊び人でもすでに賢者となったのだ。お前の欲しているものなどこの賢者にかかれば簡単にわかるわ」
英雄「でもどうしてここにいるんだよ」
尾崎「会社で休んだらさすがにわかるし、なんでもお前が連絡を入れて休むなんて何事かと心配してたんだよ。だから営業の途中で近くを通ったから抜けてきてこうやって来てやったってわけ」
英雄「そんなダメ人間だったっけ?」
元鈴木英雄を俺は殴りたい。
こんなに苦労しているなんておかしい。
もっと、ましな人間ならスタートもスムーズにできたはずなのに。
こんな状況だからこそよくない考えが浮かんでくる、負のループにおちいってしまう。
こんな人間でも尾崎みたいないい友がいるんだなと俺は感謝しかない。
正直、今家の中にはほとんど食料はなく買い物に行くこともできなかったからだ。
尾崎「どうせ、薬もないんだろ。これでも飲んで早く回復しろ」
そういって白い箱を渡してきた。
薬!!
この世界はこんなに簡単に薬を他人に渡せるのか。
それとも簡単にもらえるものなのか。
英雄「い、いいのか?こんなにもらってしまっても」
尾崎「どんだけ感謝しているんだよ。これは賢者の石じゃないぜ。」
そういって笑いながら薬の箱を投げてきた。
どうやら薬は簡単に手に入るようだ。
そう体の記憶が教えてくれた、というか感じた。
英雄「かたじけない」
尾崎「ま、そこまで赤いなら明日出勤するのも難しいな。ゆっくりと治せ」
そういってかっこよく去っていった。
時間を確認するとまだ昼の12時を過ぎたぐらいであった。
あいつ、昼休みを使ってわざわざ来てくれたんだな。
しみじみとなりながら俺はもらったビニール袋から食べられそうなヨーグルトとスポーツ飲料を胃に納めて薬を飲んで寝た。
薬のおかげか、そのあとはぐっすりと眠ることができた。
気が付くと夜8時ぐらいであった。
熱を測ると37.8度、まだ本調子ではないが朝に比べれば全然楽になった。
また余った食料から食べられるものと薬を飲んですぐに寝た。
そこで俺は変な夢を見た。
魔王時代のものであった。
エレーナ「起きてください、もうさすがに怒りますよ」
エーベルハルト(英雄)「あれ、ここは?」
エレーナ「なに寝ぼけているんですか、あれから戻ってきてすやすや寝ているじゃないですか。このダンジョンが終わったら次に行きますよ。転移する準備はできているんですから」
エーベルハルト「そういえば、勇者たちに遭遇してあの世界に飛ばされたんだったな」
以前の記憶を何とか思い出そうとしていた。
勇者と戦って、あれ?そんなに強かったっけ?
エーベルハルト「ところで勇者パーティーはどこに?」
エレーナ「まだ夢の中にいるんですか。勇者なんていませんよ。」
そういわれ見渡してみたが戦った形跡すらない。
というか俺はあの勇者パーティーを一瞬で蹴散らした気がする。
能力『ラプラス』を使って全体の能力を数値化してそれに最適な攻撃を行ったのだ。
せっかく整備したダンジョンを汚すわけにはいかない。
細心の注意を払って、最小の攻撃で最大の魔法で蹴散らしたのだった。
まだ駆け出しという感じだったから全く歯ごたえがなかった。
だから跡形もなく残ってないということなのか。
そこまで弱いことはあるか。
しかしなぜ俺はあっちの世界に飛ばされたのだろう。
エーベルハルト「誰に?」
そう呟いていた。
エレーナ「早く行きますよ、転移の魔法はもう起動してますから。早くしないと魔力がなくなりますよ」
エーベルハルト「お、それはもったいない」
俺はそのエレーナの後を追ってダンジョンを出ようとした。
もうこっちに世界に戻ってきたということか。
よくわからないがまあ、いいか。
転生して世界征服も悪くなかったが、あの体では難しいだろう。
すぐに風邪をひいてしまう体なんて。
こんなことを考えているとなにか音が聞こえてきた。
それと同時に現実世界に引き戻される。
ピピピピ
いやな電子音だ、一番聞きたくない。
英雄「夢か」
俺は汗をびっしょりとかいていた。
体温は36.8度、平熱だ。
まだだるさは残っているが大丈夫そうだ。
薬を飲めば会社には行けるだろう。
しかし俺は何か引っかかっていた、頭の片隅で。
何かはわからないがとても重要なものだ。
喉元まで出かかっている、という感じではないが何かがある。
英雄「今日は会社休むか、病み上がりだしな」
これはサボりではない、と思う。
英雄の体がそう判断したのだ。
今の俺に必要なのは考える時間だ。
この世界に来てからとても目まぐるしい毎日だったため落ち着いて今の自分の現状を把握はできていない。
英雄「今日も休みます」
会社への連絡は忘れない、まだ部長は来ていなかったようなので他の社員に伝えておいた。
空いた時間に俺は考える。
まず整理しておきたいのはこの体だ。
魔族、それも魔王であった体とヒトの体ではかなり違う。
とても脆弱で病気になりやすい。
寒さ耐性や暑さ耐性もほとんどないようだ。
病気や毒にも弱い。
でも、アルコールで酔えるというのはメリットであるか。
また、英雄の体には何の能力もないということだ。
前の世界ではヒトの中でも能力を使えるものもいた、もちろん少数ではあったが。
そういった中から勇者が生まれるのであったが、どうやら俺は勇者ではない。
仮に『乗り突っ込み中二病』が本当に能力であったとしても、これをどう生かしていいのかがわからないけど。
他にもインターネットで調べて驚くべき事実を知ってしまった。
英雄「平均寿命が80年だと!!」
俺は驚嘆した。
なぜこんなことを見逃していたのか。
英雄「確かに前の世界でもヒトの寿命はそのぐらいだった気がするが、魔王であった俺はあと300年以上は生きる予定であったのだぞ。邪神まで上り詰めるにはそのぐらいないと困ったし」
魔族の体は安定的な魔力を入れることで寿命は延びるようになっている。
その配分が難しく、寿命を延ばすには繊細な魔力配分が必要であったのだ。
多すぎても、少なすぎてもダメだったのである。
俺はそれを常にベストな魔力配分で行ってきた自負がある。
英雄「邪神になって、軽く世界を征服してその後は100年ぐらい余生を過ごそうと思っていたのに、この体だと100年はもうないじゃん」
俺の『余生はまったりと100年ぐらいリゾートで暮らそう計画』は早くも破綻した。
そこでふと昨日見た夢のことを思い出した。
勇者と対戦した夢、ではなくそれが終わったあとだったか。
英雄「この体にも『ラプラス』みたいな能力が備わっていたらな」




