第05話「イライラ」
尾崎と飲んだ後の仕事の帰り道、俺はこれまでの英雄人生を振り返った。といっても数日の出来事だが。
まずは通勤には驚愕した。この都市にはこんなに人がいるのかと。
電車による通勤だったが、これ以上乗れないほどの人が乗ってきた。
人と人とのスペースがほとんどない。
隣のおっさんの鼻息が常に俺の方に向いておりかなり不快であった。
満員電車。なめていた。
こんなのが毎日続くと思うと俺は絶望した。
今日は絶望したばかりである。
この世界では身近に戦争はないからみんな平和、気楽に暮らしてしているとも思っていたが、前の世界よりも絶望する回数が多い。
朝から満員電車でイライラしていたところに部長の叱責である。
イライラの最高潮であった。
もし自分のイライラを魔力に変換できることができたら2年間は暮らしていけるだろう。
まあ、前の世界でもそんなことはできなかったが。
そもそもこの体になってからなぜかイライラがたまりやすい気がする。
何もしてなくてもなぜかそわそわしたりイライラしたりする。
ヒトの体というものはそういうものなのか。
しかし、その答えは尾崎と行ったさっきの居酒屋ではっきりとした。
尾崎「お疲れ!お前の設定を守る姿勢は見直したよ、今回はボロが出なかったな。前の設定はひどかったからな」
よくわからないことを言っているが、この状況に納得しているならば任せるしかない。
英雄「そうだったけか、もう覚えてないわ」
尾崎「よく、二重人格のふりをしたり必死に能力を隠そうとしたり、しまいには『これが世界の選択か』って呟いていたじゃん」
英雄「それはだいぶイタい!しかもそれが自分なんて!!過去の自分を殴りたいどころか核物質よりも深く穴を掘って地中奥深くに隠したいレベル」
以前の鈴木英雄の能力が少しずつ分かってきた。
『乗り突っ込み中二病』
どうやら俺のこの世界での能力のようだ。
この能力をどう使うかで今後の人生が変わってくる。
尾崎「それにしても今日は1回も休憩してないじゃん」
英雄「ん?休憩は何度かとってたよ」
仕事を効率的に進めるためにはそんなことは常識である。
前の世界でも比較的休憩をとっていた。
尾崎「じゃなっくてタバコな」
ん?タバコ。
そう感じた瞬間に俺の中のこのイライラの原因が納得した。
同時に異常にタバコに対する欲求が爆発しそうになった。
ニコチンが行進曲を奏でながら突撃してきた。
それと同時に俺は自分の鞄の中をまさぐった。
なんかとても光っているものがある。
グリーンの箱、そして黒い筒みたいなもの。
以前の世界にもタバコはあったが俺は吸ってはなかった。
というか魔族にはそういった習慣は浸透しなかった。
いろいろな耐性がついていたためだろうか。
亜人の世界で流行していたものは紙に葉っぱを巻いて吸っていたような気がする。
たまに魔界に来てた勇者パーティーが吸っているのを目にしたことがある。
今、手に持っている黒つやつやしたものの使い方を知っている。
もちろん以前の鈴木英雄が使用していたものであろう。
俺はすぐさまセットした。
そして思いっきり吸った。
英雄「ん?これはすえているのか?」
全然満足感がない、むしろイライラしている。
尾崎「充電ないじゃない?大丈夫かよ、充電を切らすなんてお前らしくない。俺の貸してやるよ」
そういって尾崎は似たような青色の機器を貸してくれた。
俺は奪い取るようにそれを受け取り、すぐにセットして吸った。
思いっきり肺にため込んでから吐き出した。
ふ~。 こんな幸せな瞬間があるだろうか。
イライラの大津波は、浜辺のサンセットのさざ波のごとく心地よくなっている。
ニコチンが煙と一緒にパレードをして俺の肺に入っていく。
全身に血流で回っていく、そんなわけはないが。
これがタバコの効果なのか。
これがタバコのもたらす力なのか。
これがタバコの本領なのか。
そして間髪入れずに2本目を吸った。
最初ほどの衝撃はないが心が落ち着いている。
これなら釈迦には悪いが悟りが開けそうな勢いである。
尾崎「おい、大丈夫か。昇天しそうだぞ、お前。まさか賢者?」
英雄「だ、大丈夫」
賢者に対して突っ込みの意欲よりも頭が溶けてしまいそうな気分を堪能してた。
尾崎「お前、タバコも忘れている設定なのか、徹底しすぎだな」
しまった、タバコがあまりにも悪魔的に俺の精神に攻撃をしかけていたため混乱をしていた。
英雄「ってわかるか、さすが尾崎だな。充電が切れているのはたまたまだけど今日一日つらかったわ。今日お前が誘ってくれなかったら俺は設定損になってたぞ」
などわけのわからないことでごまかした。
そのあとはビールで乾杯をして飲み会が始まった。
この世界の情報収集もばれない程度で行った。
それにしてもお酒の種類も多いしご飯もおいしい。
鈴木英雄の体はアルコールへの耐性はまずまずあるようだ。
しかし明日も仕事があるからということで12時前にはお開きなった。
会計は2人で8500円であった。
この世界の金銭感覚はまだない。残っている感覚や記憶と残っていないものがあるようだ。
そのため、これが高いか高くないかはよくわからない。
金銭感覚を早く身につけなければならないなと。
尾崎「今日は久しぶりの出社で疲れただろ」
英雄「お、おう。今日は誘ってくれてありがとな」
尾崎「なら、ゴチになります」
英雄「いや、今の流れだと完全におごるのはお前の方だろ」
など、酔っぱらいの会話に会計のお姉さんは少し戸惑った様子であった。
結局尾崎がこの場は全額おごってくれた。
そして帰路についた、終電なるものを忘れていたが、どうやら間に合ったみたいだ。
これも尾崎の配慮のおかげであろう。
尾崎は本当によくできた人間であるな、会社の同僚でよかった。
とても気持ちよく酔えた。
前の世界ではお酒はあったがアルコールにも耐性があり酔うことなどできなかった。
家に着くとそのままの格好でベッドに横たわり寝てしまった。
何かやるべきことがあったきがするが、まあいいか。
英雄「最初は絶望していたがこの世界も悪くないな」
そんなことをつぶやきながら俺は夢の世界に旅立った。
これが本当の絶望であることも知らずに、、、




