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迷宮建築士の防衛戦記 ~勇者を殺すダンジョンを造れと言われましても~  作者: 伊達ジン


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第9話 特級迷宮決算報告

 特級迷宮『絶望の箱庭』の過酷な防衛業務の中にも、魔界労働基準法が定める休日は存在する。

 前回の休日、経理担当のリーゼロッテの私物の買い出しに付き合わされた現場監督のグンツだったが、今日の休日はプレハブ小屋の自室で泥のように眠り続けるつもりだった。


 しかし、早朝から彼の部屋の扉をけたたましく叩く音が響き渡った。


「おっはよー、グンツ! さぁ起きて起きて、今日は私とお出かけするわよ!」


 扉を勝手に開けて押し入ってきたのは、営業推進部から出向してきているサキュバスのヴィオラだった。

 彼女は魔界の最新流行を取り入れた、鮮やかな真紅のオフショルダーのトップスに、タイトな黒のレザーパンツという、目のやり場に困るほどスタイリッシュで刺激的な私服姿だった。サキュバス特有の甘い香水と、彼女自身の持つ華やかな陽の気配が、埃っぽい男の部屋を一瞬で満たしていく。


「ヴィオラ……お前な、休日の朝くらい静かに寝かせてくれ」


 グンツがベッドから呻き声を上げると、ヴィオラは強引に彼の腕を引っ張って立たせた。


「ダメよ! 今日は魔界の中心街に新しくできた大商業区へ、市場調査に行くんだから! 特級迷宮の現場監督として、世間のトレンドを肌で感じるのも大事な仕事でしょ?」


「市場調査なら営業のお前一人で行けばいいだろうが」


「あははっ、固いこと言わないの。ほら、さっさと着替える!」


 結局、グンツは渋々ながら小綺麗なシャツとスラックスに着替え、ヴィオラに引きずられるようにして魔界の繁華街へと連れ出された。

 魔界の中心街は、多種多様な魔族がひしめき合い、魔法のネオンサインが眩しく輝く不夜城のような場所だった。ヴィオラは隣を歩くグンツの腕に自身の細い腕をしっかりと絡ませ、まるで本物の恋人同士のように親しげに寄り添ってくる。すれ違う男たちが皆、羨望と嫉妬の眼差しでグンツを睨みつけていた。


「おい、あまりくっつくな。歩きにくい」


「いいじゃない、減るもんでもなし。それより見て、あそこのカフェ! 人間界の文化を取り入れた最新のスイーツがあるのよ!」


 ヴィオラはグンツの文句など意に介さず、彼を高級なオープンテラスのカフェへと引っ張っていった。

 二人は色鮮やかな魔果実のパフェをつつきながら、いつの間にか仕事の話へとスライドしていた。


「最近の人間界のギルドボードの動向を分析したんだけど、今は『聖剣』や『姫君』みたいな古典的な噂よりも、『失われた古代魔法の設計図』みたいな、実利に直結する知的な噂の方が高レベルの冒険者の食いつきがいいのよね」


 ヴィオラが手元の魔導板をスワイプしながら、真剣な眼差しで語る。


「勇者たちは殺すものではなく、私たちの迷宮に自ら足を運んでくれる『顧客』よ。いかに効率よく彼らの興味を引き、適正なレベル帯の顧客を必要な数だけ集客できるか。それが私の腕の見せ所ね」


「……お前のその、命をかけた戦闘をただのビジネスとして割り切るスタンス、本当にブレないな」


 グンツが苦笑してコーヒーをすすると、ヴィオラはパチンと得意げにウインクをした。


「当然でしょ。私は有能なプロモーターなんだから。……ねぇ、グンツ。次に私が仕掛ける特大の噂、絶対に失敗させない最高の罠を作ってくれるわよね?」


 彼女のヘーゼルグリーンの瞳が、挑発的に、そして絶対の信頼を込めてグンツを見つめていた。


「……相手の規模とレベル帯を正確に伝えてくれれば、期待以上のものを作ってやる。それが俺の仕事だ」


「ふふっ、言ったわね。頼りにしているわよ、私の専属建築士さん」


 ヴィオラは嬉しそうに微笑み、休日のささやかなデートは穏やかに過ぎていった。


★★★★★★★★★★★


 数日後。休日明けの特級迷宮『絶望の箱庭』。

 監視室の空気は、かつてないほどの緊張感に包まれていた。


「……ヴィオラさん。あなたが流した『特級迷宮の深層に、魔王の力を封じた古代の宝珠が眠っている』という噂の成果が、これですか」


 経理担当のリーゼロッテが、複数の監視水晶を睨みつけながら低く唸った。

 水晶の映像には、迷宮の入り口を埋め尽くすほどの凄まじい数の人間の姿が映し出されていた。高位の騎士、熟練の魔術師、神官、盗賊の混成軍。その数はざっと見積もって500人に達している。ヴィオラの流した噂が人間界で爆発的に広まり、複数のギルドが手を結んで大規模な討伐隊を結成したのだ。


「ええ! 私の完璧な市場調査の賜物よ! ターゲット層はレベル40台の中堅から高位の冒険者たち。この大軍勢を一気に処理できれば、彼らが落とす装備品で迷宮の今期の売上目標は一瞬で達成できるわ!」


 ヴィオラが魔導板を抱きしめて歓喜の声を上げる。


「馬鹿野郎! これだけの大規模討伐隊なんて、今の予算ゼロの防衛設備でどうやって止めるんだ!」


 グンツが頭を抱えて怒鳴り声を上げた。


「ふふっ、心配いらないわ、グンツ。今回は私がとびきりの素材を調達してきてあげたから」


 監視室の扉が開き、調達部のステラが優雅な足取りで入ってきた。彼女の後ろには、巨大な木箱がいくつも積まれている。


「人間の街の郊外にある古い鉱山で、廃棄予定だった『腐臭を放つ泥炭』の山を丸ごとタダで引き取ってきたの。炭鉱の持ち主は不法投棄の処分費用に困っていたから、私が少しだけ法的な手続きを代行してあげる代わりに、所有権をすべてこちらに移譲させたわ」


 ステラが妖艶に笑う。


「ただの臭い泥炭なんかをどうするつもりですか?」


 リーゼロッテが怪訝な顔をすると、今度は研究開発部のセリアが白衣の裾を翻して前に出た。


「そこは私の出番ですわ! その泥炭に私の《魔導錬成》のスキルをかけ、不純物を完全に取り除いて極限まで圧縮抽出いたしました。その結果……」


 セリアが木箱の1つを開けると、中には厳重に封印された金属製のタンクがずらりと並んでいた。


「空気よりも遥かに重く、極めて引火しやすい『高濃度の可燃性ガス』の完成です! ほんの少しの火花が散るだけで、周囲の酸素を巻き込んで凄まじい爆発を引き起こしますのよ!」


 セリアがマッドな笑みを浮かべて解説する。


「なるほど、ガス爆発か。だが、この大量のガスタンクを、討伐隊が到達する前に深層の防衛ポイントまでどうやって運ぶ? ゴブリンたちに運ばせれば確実に間に合わないぞ」


 グンツが懸念を口にした瞬間、監視室の奥から地鳴りのようなエンジン音が響いた。


「そのためのアタシだろうが!」


 漆黒の魔導車に跨った物流部門のレイラが、ヘルメットを片手に不敵に笑っていた。


「アタシの愛車にそのタンクを全部積みな! 討伐隊が第5層を抜ける前に、第6層の大空洞のど真ん中へ神速でデリバリーしてやるよ!」


 営業が集客し、調達がタダで素材を仕入れ、開発がそれを兵器に変え、物流が最前線へ運ぶ。

 魔王軍の各部署のプロフェッショナルたちが、特級迷宮の防衛という1つの目標のために完全に連携し始めていた。


★★★★★★★★★★★


 グンツはレイラの魔導車の後ろに乗り、大量のガスタンクと共に第6層の巨大な未開拓エリアである『大空洞』へと急行した。

 彼は《即時建築》の魔法を起動し、平坦だった大空洞の床面を、中央に向かって深く沈み込む『巨大なすり鉢状』へと地形を変形させた。


「よし、空気より重いガスなら、このすり鉢の底に開放すれば散逸せずに溜まり続ける。だが、この大空洞のように上が開けた空間で爆発させても、圧力がすべて上空へ逃げて威力が半減してしまうな」


 グンツは周囲の岩壁に視線を走らせ、さらに強大な魔力を練り上げた。


「爆圧と酸欠で確実に仕留めるには、圧力を逃がさない密閉空間が必要だ。俺の《即時建築》で、この大空洞の天井を完全に塞ぎ、ドーム状の圧力容器へと作り変える!」


 地鳴りとともに岩盤がうねり、巨大な空間が1つの密閉された石のドームへと変貌した。

 グンツはすり鉢の斜面全体に、現場の壁から削り出した『硬質の摩擦石』をびっしりと敷き詰めた。


「グンツさん、検証の準備が整いました」


 いつの間にか現場に現れていた品質保証部のクロエが、防護服も着ずにすり鉢の縁に立っていた。彼女の手には、セリアから受け取った試験用の小型ガスボンベが握られている。


「クロエ、今回は本当に危ないぞ。ガス爆発だ。再生が追いつかなくなるかもしれない」

「……大丈夫です。私は、あなたの完璧な罠の致死量を測るために存在しているのですから」


 クロエは迷うことなく、摩擦石が敷き詰められた斜面へとその身を投げ出した。

 彼女の体が斜面を転がり落ちる過程で、服の金属製の装飾や防具が硬質な摩擦石と激しく擦れ合い、バチバチと無数の物理的な火花を散らす。

 そして彼女がすり鉢の底へ到達し、試験用のボンベを開放した瞬間、火花がガスに引火した。


 ドゴォォォォォォンッ!!


 試験用の少量ガスとはいえ、密閉空間によって増幅された爆発が起こり、超高温の炎がすり鉢の底から一気に吹き上がった。

 炎が収まり、黒煙が晴れた後には、全身が黒焦げになったクロエの姿があった。

 数秒後、吸血鬼の超速再生によって無傷の姿に戻った彼女は、恍惚とした表情で親指を立てた。


「……素晴らしい熱量と爆圧です。試験用の量でもこの威力。本番のタンクをすべて開放すれば、回避可能な安全地帯は1ミリも存在しません」


「よし。レイラ、持ってきてもらった本番用のタンクをすべて底にセットして開放してくれ。これで舞台は完成だ。監視室へ戻るぞ」


★★★★★★★★★★★


 数十分後。

 大規模討伐隊は、迷宮の第6層である大空洞へと足を踏み入れた。


「なんだ、この開けた場所は? 罠の気配も、魔法の魔力も一切感じないぞ」

「見ろ、床がすり鉢状に下へ続いている! この先が最深部への入り口に違いない!」


 討伐隊のリーダーが剣を掲げて叫んだ。


「罠がないなら一気に駆け抜けるぞ! 全軍、突撃ぃぃっ!」


 重武装した騎士や冒険者たちが、一斉にすり鉢状の斜面を駆け下り始めた。

 監視室でその光景を見ていたグンツは、冷酷に呟いた。


「魔法的な罠はない。だが、純粋な物理法則に基づく『死』がそこにはある」


 数百人もの重装備の人間が斜面を駆け下りることで、彼らの履く金属製のブーツと、敷き詰められた硬質な摩擦石が激しく擦れ合う。

 カキン、ジャキッという音と共に、斜面の至る所で無数の火花が散った。

 そして、そのすべての火花が、すり鉢の底に沈殿していたガスへと引火した。


 討伐隊が異変に気づいた時には、すでに遅かった。


「な、なんだ足元のこの熱は……!?」


 ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!


 大空洞全体を包み込む規格外の大爆発が巻き起こった。

 完全な密閉空間で行われた純粋な気体の急速燃焼。逃げ場のない超高温と、酸素を一瞬で焼き尽くす凄まじい爆圧の連鎖が、巨大なドーム内を蹂躙する。

 分厚い魔法障壁を展開する暇すらなく、討伐隊の冒険者たちは凄まじい熱波と酸欠に襲われ、次々と悲鳴を上げてその場に倒れ伏していく。


「退けぇぇっ! 全軍撤退だ! 転移石を割れぇぇっ!」


 リーダーの絶望的な叫びと共に、大軍勢は誰一人として剣を振るうことなく、次々と光に包まれて人間界へと逃げ帰っていった。


★★★★★★★★★★★


「……対象の完全離脱を確認。これで防衛完了だ」


 監視室に、グンツの安堵の声が響く。


「決算報告を読み上げます」


 リーゼロッテがバインダーを開き、冷徹な声で告げた。


「廃棄泥炭の調達費用、金貨0枚。錬成および輸送にかかった追加費用、金貨0枚。罠の構築にかかった現場の資材費、金貨0枚。それに対し、討伐隊が落としていった装備品の推定売却益は……金貨8万枚を優に超えます。当迷宮における、過去最高の純利益です」


 その言葉を聞いた瞬間、監視室は歓喜の嵐に包まれた。


「やったわね! 私の集客プランが大成功よ!」

「ふふっ、私の調達手腕のおかげでもあるわね」

「私のガスも、いい仕事をしたでしょう?」

「アタシの輸送スピードがあってこそだぜ!」

「……美しい死のデータでした」


 ヴィオラ、ステラ、セリア、レイラ、クロエの5人が、ハイタッチをして喜びを分かち合っている。


「グンツさん。素晴らしい費用対効果でした。特級迷宮の防衛実績として、申し分ありません」


 リーゼロッテも、普段の厳しい表情を少しだけ緩めて頷いた。


「ああ。お前ら全員の連携のおかげだ」


 グンツが肩の力を抜いた、その時だった。


「さぁ、今期の決算も大黒字だったことだし、今日は打ち上げよ! もちろん、総監督であるグンツの奢りで、魔界で一番高い高級レストランに行くわよ!」


 ヴィオラがグンツの腕に抱きつき、有無を言わさぬ笑顔で宣言した。


「はぁ!? なんで俺の奢りなんだ! せっかく8万枚も利益が出たなら、そこから少しは打ち上げの経費として回してくれよ!」


 グンツが抗議の声を上げると、すかさずリーゼロッテが眼鏡を光らせて立ちはだかった。


「お断りします。今回の利益はすべて、滞納している迷宮の修繕費と次期防衛予算に全額充てさせていただきます。1ゴールドたりとも個人的な豪遊には使わせません。……ですが、グンツさんの『自腹』による慰労会であれば、経理として口を挟む権利はありませんね。私も参加します」


「そうね、私も極上のワインが飲みたいわ」

「私も、私も行きますわ!」


 頼もしくも強引な部下たちに周囲を完全に包囲され、グンツの逃げ場はどこにもなかった。

 理不尽な勇者の大軍勢よりも、個性豊かで悪魔的な女性陣に囲まれている方が、特級迷宮建築士にとってはよほど恐ろしい。

 彼の胃痛と定時退社の夢は、高級レストランの莫大な請求書と共に、またしても遠く彼方へ消え去っていくのだった。

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