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迷宮建築士の防衛戦記 ~勇者を殺すダンジョンを造れと言われましても~  作者: 伊達ジン


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第6話 最速のデリバリー

 特級迷宮『絶望の箱庭』の監視室には、重苦しい空気が漂っていた。

 先遣隊である50人の重装騎士団を強酸スライムの溶解液で無力化し、撤退へと追い込んだのも束の間、ヴィオラの流した誇大な噂に釣られた数百人規模の大規模討伐隊の別働隊が、次々と迷宮内に足を踏み入れていたのである。


「……第2層の東側通路に侵入した4人組、罠を完全に無視して進んでいます」


 経理担当のリーゼロッテが、複数の監視水晶を同時に確認しながら冷静な声で報告した。彼女の手元にある分厚いバインダーには、侵入者たちの戦力分析データが次々と書き込まれていく。


「罠を無視だと? どういうことだ」


 現場監督である特級迷宮建築士のグンツは、愛用のヘルメットを被り直し、水晶の映像を覗き込んだ。

 映像には、丸太のように太い腕と分厚い筋肉を持つ戦士と、強力な土属性の魔法を操る魔術師を中心とした高位の冒険者パーティが映っていた。彼らはグンツが丹精込めて作り上げた数々の死の罠が待ち受ける正規の防衛ルートには見向きもせず、通路の行き止まりにある未開拓エリアの岩壁に向かって、破壊魔法と巨大な戦槌を容赦なく叩きつけていたのだ。


「馬鹿な……あそこはまだ工事も手つかずの、ただの岩盤だぞ! なぜわざわざあんな硬い壁を掘り進もうとしているんだ!」


「どうやら、事前のギルドの情報網でこの迷宮の古い見取り図を手に入れていたようです。あの岩盤をあと20メートルほど直線で掘り抜けば、厄介な罠が密集する第3層を完全に迂回して、直接第4層の広場へ降りる近道になることに気づいたのでしょう」


 リーゼロッテが冷徹に状況を分析する。


「ふざけるな! あの未開拓エリアには防衛設備はおろか、ただの落とし穴一つすら仕掛けていないんだぞ! あのまま直進されれば、迷宮の核まで一直線じゃないか!」


 グンツは頭を抱えた。彼が持つ《即時建築》の魔法では、魔法で壁を作る速度よりも、高位の冒険者たちが物理的に岩盤を破壊して進む速度の方が圧倒的に早い。


「リーゼロッテ、予備の迎撃用ゴーレムを買う予算は……」


「金貨0枚です。昨日、ステラさんが強酸スライムを調達する際に使った書類の印紙代で、残っていた銅貨すら使い切りました」


「くそっ……! 現場のオークたちを向かわせるわけにもいかない。連中はただの壁掘り職人じゃない、歴戦の冒険者だ。戦闘になれば確実にこちらに被害が出る」


 部下を絶対に犠牲にしない、危険な直接戦闘をさせないという強い信念を持つグンツにとって、生身のモンスターを足止めに使うという選択肢は存在しなかった。防衛ラインの突破は、目前に迫っていた。


 その時だった。

 監視室の重厚な鉄扉の向こうから、地鳴りのような爆音が響いてきた。

 扉が勢いよく蹴り開けられ、轟音と共に1台の巨大な二輪の魔導車が室内に乱入してくる。漆黒の装甲に覆われたその無骨な乗り物は、車輪から青白い魔力の火花を散らしながら、グンツのパイプ机の真横で急ブレーキをかけてピタリと停止した。


「お待たせ、グンツ! 注文の追加資材、納期ピッタシにお届けだ。どこに置く? あぁ、受領のサインは後でいいよ」


 魔導車から降り立ったのは、漆黒のライダーススーツに身を包んだ長身の女性だった。

 年齢は20代後半。黒髪を無造作に後ろで束ねたポニーテールと、涼しげでありながら射抜くような鋭いアーモンドアイが特徴的だ。彼女の背中には、黒い革のジャケットの隙間から、美しい漆黒の片翼が姿を覗かせている。

 魔王軍の兵站局および機動警備隊を兼任する輸送管理官、堕戦乙女のレイラだった。


「レイラ! お前、監視室に魔導車で乗り込む馬鹿がいるか!」


「細かいことは気にすんなって。物流は魔王軍の血液だろ? アタシは1秒でも早くお前に荷物を届けるのが仕事なんだからよ」


 レイラは気さくな姉御肌の笑みを浮かべ、空間の歪みから次々と木箱を取り出して床に積み上げていく。中身は、ステラが外部から調達してきた罠の修理用部品や、現場で働くモンスターたちの非常食である。


「そんなことより、なんかヤバい顔してるじゃん。どうした? またヴィオラの奴が面倒な客でも連れてきたのか?」


 グンツは切羽詰まった表情で監視水晶を指差した。


「あいつらだ。正規の罠ルートを無視して、壁を壊して近道を掘り進んでる。このままじゃ迷宮の核がやられるが、戦力になるモンスターはいないんだ。レイラ、頼む。お前の機動力でこの特殊合金の防壁ブロックを現場へ運んでくれ! 奴らが壁をぶち抜く前に、俺が魔法で大至急塞ぐ!」


 レイラは水晶の映像を覗き込み、軽く口笛を吹いた。


「グンツ、現場の状況を見る限り、今からお前が魔法を使うんじゃ間に合わないぜ。アタシが直接行って、奴らを正規のルートである第3層の入り口まで押し戻してくる!」


「馬鹿言うな! 連中はただの壁掘り職人じゃない、歴戦の冒険者だ! 戦闘になればお前が怪我をするかもしれないんだぞ! 俺は絶対に部下を危険に晒すような真似は――」


「心配すんな。アタシの愛車のトップスピードなら、奴らに触れさせる暇も与えねぇよ。アタシはただ、迷子のお客様を正しい道に『デリバリー』してやるだけさ!」


 グンツが止める間もなく、レイラは再び魔導車に跨ると、アクセルを限界まで吹かした。


「しっかり捕まってな、愛車! 最高速でぶっ飛ばすぜ!」


 爆音と共に、レイラは監視室を飛び出し、迷宮の奥深くへと消えていった。


★★★★★★★★★★★


 第2層の未開拓エリアでは、冒険者パーティが順調に岩盤を破壊し続けていた。


「はっはっは! 魔王軍の罠がいくら凶悪でも、通らなければどうということはない! このまま岩壁をぶち抜いて、迷宮の核を直接叩き割ってやる!」


 先頭で戦槌を振るう戦士が、汗を拭いながら豪快に笑う。彼らの目の前には、第4層へ繋がる大穴がすでに開きかけていた。


 だが、その余裕の笑みは、通路の奥から響いてきた異様な爆音によってかき消された。


「な、なんだあの音は!?」


 魔術師が杖を構えて振り返る。

 暗闇の中から、青白い魔力の光を纏った漆黒の魔導車が、壁や天井を蹴りながら物理法則を無視した軌道で猛スピードで突っ込んできたのだ。


「おいおい勇者サマ、そっちの壁は行き止まりだ。……悪いが、グンツが徹夜で丹精込めて作ったあの美しいルートを通ってもらうぜ!」


 魔導車から跳躍したレイラが、空中で漆黒の片翼を大きく広げる。

 彼女が持つ神速の能力が発動し、その姿が完全にブレて視認できなくなった。


「なっ……速いっ!?」


 戦士が咄嗟に巨大な戦槌を盾代わりに構える。しかし、レイラの動きは彼らの動体視力を遥かに凌駕していた。


 ドゴォォォンッ!!


 レイラの放った強烈な回し蹴りが、戦士の戦槌ごと彼の巨体を真横に吹き飛ばした。

 その一撃は、相手の骨や肉を砕くような殺意を持ったものではない。彼女の固有スキル《強制ルート補正》による、抗いようのない圧倒的な運動エネルギーの伝達だ。相手にダメージを与えずにベクトルだけを正確に反転させ、狙った方向へと正確に弾き飛ばす高度な力加減による物理的な誘導であった。


「ぐわぁぁっ!?」


 戦士の体はまるでビリヤードの球のように通路を転がり、後方にいた魔術師や僧侶たちを巻き込んで、彼らが本来通るべきだった正規ルートの入り口へと勢いよく放り込まれた。


「な、なんだあの馬鹿力と速度は……! ただの運び屋の格好をしているのに、並の魔将以上の力じゃないか!」


 床に叩きつけられた魔術師が、恐怖に顔を引き攣らせて叫ぶ。

 レイラは魔導車の横に着地し、黒髪をかき上げながら悠然と笑った。


「アタシの愛車の最高速度に比べりゃ、止まってるのと同じだね。さぁ、さっさとその先の通路を進みな。極上のアトラクションが待ってるぜ」


 戦士たちはレイラの圧倒的な実力差を前に完全に戦意を喪失し、彼女から逃れるように、半ばパニック状態で背後の通路へと逃げ出した。

 そこは、グンツが数日前に血の滲むようなデバッグを経て完成させたばかりの、第3層へと続く死の罠ルートであった。


「よし、対象が指定座標に入ったな。……スイッチ」


 監視室で映像を見ていたグンツが、冷酷にレバーを引く。

 勇者たちが足を踏み入れた瞬間に罠が起動し、コンマ数ミリの狂いもなく調整された、高純度の銀でコーティングされた無数の射出針が全方位から彼らに向けて降り注ぐ。


「ぎゃあああっ!? 罠だ! 罠が起動したぞ!」

「針が魔法障壁を貫通してくるぞ! 防げない!」


 彼らはレイラへの恐怖と突然の罠の連鎖に完全にパニックに陥り、一歩も前に進むことができないまま、持っていた帰還の転移石を叩き割るしかなかった。

 淡い光と共に、彼らの姿が迷宮から完全に消え去る。


★★★★★★★★★★★


「……対象の完全離脱を確認。これで防衛完了だ」


 監視室で、グンツは安堵の息を長く吐き出し、疲労の溜まったこめかみを強く揉みほぐした。


「見事な対応でしたね、レイラさん。あなたの物理的な誘導のおかげで、未開拓エリアの岩盤の修復費用だけで済みました。もしあのまま掘り進められていたら、迷宮の基盤全体を強化し直す必要があり、数万の金貨が吹き飛ぶところでしたよ」


 リーゼロッテがバインダーに数値を書き込みながら、珍しく素直な称賛の言葉を口にする。


「へへっ、大したことないさ。アタシはただ、迷子のお客様を正しい道に案内してやっただけだよ」


 監視室に戻ってきたレイラが、魔導車のエンジンを切りながら陽気に笑う。かすり傷一つ負っていない彼女の姿を見て、グンツはようやく肩の力を抜いた。


「無茶しやがって……。だが、助かった。お前がいなければ防衛ラインを突破されていた」


「それよりグンツ、今回の出張費と魔導車の燃料代は高くつくぜ。ちゃんと経費で落としてくれよ?」


「わかってる。リーゼロッテ、彼女への支払いの手配を頼む」


「申し訳ありませんが、当迷宮の予算は先ほど申し上げた通り金貨0枚です。外部への支払いは来月の予算が下りるまで待っていただくしかありません」


 リーゼロッテは眼鏡のブリッジを押し上げ、冷酷な現実を突きつけた。


「えっ? 嘘だろ!? アタシ、今月の魔力燃料代ギリギリなんだけど!」


 レイラが悲鳴を上げる。魔王軍の軍資金不足は、物流部門にまで深刻な影響を及ぼしていた。


「……仕方ない。金が出せないなら、俺が体で払うしかないな」


 グンツが立ち上がり、作業着の袖をまくり上げる。


「ちょ、ちょっとグンツ! 体で払うって、いくらアタシがお前のことをイイ男だと思ってるからって、いきなりそんな……!」


 レイラが顔を真っ赤にして後ずさるが、グンツは全く気にした様子もなく、部屋の隅にある小さな調理台へと向かった。


「何勘違いしてるんだ。前に作った特製の大猪肉の燻製ジャーキーがたっぷり余ってる。これで燃料代のツケを勘弁してくれってことだ。長距離輸送のお供には最高だぞ」


 グンツが保存用の瓶から取り出した肉厚のジャーキーは、魔法による絶妙な温度管理でスモークされており、香ばしい煙の匂いと肉の旨味が凝縮された極上の逸品だった。


「な、なんだ……飯のことかよ」


 レイラはほっとしたような、少し残念そうな顔をしてジャーキーを受け取る。しかし、一口かじった瞬間にその表情は満面の笑みへと変わった。


「……うまっ! なんだこれ、噛めば噛むほど肉汁が染み出してきやがる! 最高じゃん!」


「気に入ったなら全部持っていけ。だが、次からはもう少し静かに監視室に入ってきてくれよ。心臓に悪い」


 特級迷宮の防衛は、こうして他部署の強力な連携によって綱渡りのように維持されていた。

 しかし、予算不足という根本的な問題は解決しておらず、押し寄せる勇者たちの波も止まる気配はない。特級迷宮建築士の抱える苦労の種は形を変えて増え続け、彼の平穏な日々ははるか遠く霞んでいくのだった。

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