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迷宮建築士の防衛戦記 ~勇者を殺すダンジョンを造れと言われましても~  作者: 伊達ジン


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第35話 輸送ルートの死守

 数日前の休日。

 魔界の中心街に新しくオープンした高級商業施設のオープンテラスで、グンツは深い溜め息を吐いていた。


「……なぜ俺が、休日にこんな目立つ場所でコーヒーを飲まされているんだ」


 彼の向かいの席には、ヴィオラが優雅に足を組んで座っていた。

 今日の彼女は、深いエメラルドグリーンのシルクで仕立てられた、背中が大きく開いたイブニングドレスを身に纏っている。魔界の最新トレンドを取り入れたその華やかな装いと、彼女特有の魅惑的なオーラは、通りを行き交う多種多様な魔族たちの視線を釘付けにしていた。


「いいじゃない。最近の集客は絶好調なんだから。これくらいのエスコート、現場監督として当然の福利厚生でしょ?」


 ヴィオラは美しい唇にストローを当て、鮮やかな魔果実のフレッシュジュースをゆっくりと吸い込んだ。


「それにしても、あなたも少しは身だしなみに気を遣ったらどう? その機能性しか考えていない作業用ベスト、私とのデートには少し無骨すぎるわよ」

「俺は職人だ。いつ現場で壁が崩落しても対処できるように、工具は手放せない」

「あははっ、本当にブレないわね」


 ヴィオラは楽しげに笑い、テーブルの上に置かれた魔導板の画面を指先で弾いた。


「あなたのその無骨な罠、最近どんどん洗練されてきているわ。でもね、人間の欲望はもっと深くて、底なしなの。次に私が仕掛ける時は、これまでの小規模なパーティとは比べ物にならない、もっと巨大で理不尽な波が来るわよ。……その準備は、しっかりしておいてね」


 彼女のヘーゼルグリーンの瞳が、悪戯っぽく、しかし絶対の信頼を込めてグンツを見つめた。


★★★★★★★★★★★


 そして、現在。

 特級迷宮の第21層、仮設ベースキャンプへと続く大通路。

 グンツの鼓膜を、絶え間なく続く凄まじい爆発音と岩盤が砕ける悲鳴が打ち据えていた。


「グンツさん! 第一層の防壁に亀裂が発生しました! 敵の魔法兵器の火力が、想定を遥かに上回っています!」


 リーゼロッテが、バインダーを盾のように構えながら叫ぶ。

 通路を塞ぐようにグンツが《即時建築》で打ち立てた厚さ5メートルの魔導コンクリートの防壁。その向こう側では、先ほどの罠を免れた王国正規軍と神聖教会の精鋭混成部隊、約二千人が、生き残りを懸けて決死の猛攻を仕掛けていた。


「くそっ、ただのコンクリートじゃ二千人の集中砲火には耐えきれんか!」


 グンツは両手を岩盤に突き立て、自身の魔力を流し込んで必死に壁の修復を試みる。だが、削られる速度の方が圧倒的に早い。

 この壁を突破されれば、背後にある第21層の仮設拠点と、そこにいるオークの作業員たちが完全に蹂躙されてしまう。


「セリアの『アレ』はまだ届かないのか! あれがなきゃ、この壁は完璧な罠にならないんだぞ!」


 グンツが血相を変えて通信機に向かって叫ぶ。

 彼が待っているのは、大至急調合させていた最終兵器――『魔力反発性・液状縮退コア』だ。これを魔導コンクリートの中に流し込んで硬化させれば、防壁はただの壁ではなく、受けた魔法や物理ダメージの威力を二倍にして跳ね返す『超広域反射装甲』へと変貌する。

 二千人の猛攻を一度に跳ね返し、敵陣のど真ん中で自爆させるための、絶対的な切り札であった。


『……調合は、先ほど完了いたしましたわ! ですが、上層からそちらへの通常の搬送用縦穴は、侵入者の残党によって完全に制圧されています! ゴブリンたちの足では、確実に奪われるか破壊されてしまいますの!』


 通信機越しに、セリアの悲痛な声が響く。


「……なら、アタシの出番だな」


 その通信に割り込んできたのは、低く、しかし確かな自信に満ちた声だった。レイラだ。


『アタシの愛車なら、残党どもの包囲網なんてただの障害物競争だ。荷物は今、アタシの背中のケースに固定した。今から出る』

「レイラ、待て! ルート上には数百人規模の敵がうろついてるんだぞ! いくらお前でも、そんな危険な場所を強行突破すれば――」

『舐めるなよ、グンツ』


 レイラの声が、不敵な笑いを帯びる。


『どんな悪路だろうが、敵のド真ん中だろうが、アタシはお前の現場に、キッチリ注文の品を届けてやるよ!』


 爆音。通信機越しに、巨大な二輪の魔導車が吠えるようなエンジン音が轟き、通信が途絶えた。


★★★★★★★★★★★


 第15層の大通路。

 偽情報で分断され、本隊からはぐれた数百人の傭兵たちが、迷宮内で孤立して警戒態勢を敷いていた。


「おい、上から何か来るぞ!」


 傭兵の一人が叫んだ直後、上層から続く緩やかなスロープを、漆黒の流星が凄まじい速度で駆け下りてきた。

 青白い魔力の火花を散らす、大型の魔導車。そのシートに跨るレイラは、背中の耐衝撃ケースに最終兵器である縮退コアをしっかりと固定し、ライダーススーツを風に靡かせながら敵の密集地帯へと一切の減速なしに突っ込んだ。


「魔王軍の乗り物だ! 止めろ、撃ち落とせ!」


 傭兵たちが一斉に弓を引き絞り、火炎魔法の詠唱を始める。

 前方から無数の矢と炎の弾が雨霰と降り注いできた。


「ハッ、止まってる的も同然だね!」


 レイラはハンドルを鋭く切り、魔導車の車体を極限まで横に倒した。

 さらに、彼女の背中から漆黒の片翼が展開される。固有魔法《神速の堕翼》。物理法則を無視した推進力とバランス補正により、魔導車は床から壁面へと滑らかに移行し、垂直の壁を走り始めた。


「なっ……壁を走っているだと!?」


 傭兵たちの攻撃はすべて虚空を切り、壁面を疾走するレイラにはかすりもしない。

 彼女はそのまま壁を蹴り、敵の頭上を跳躍して飛び越えようとする。


「逃がすかぁっ!」


 大剣を構えた巨漢の戦士が、跳躍の落下地点に先回りして立ち塞がった。

 だが、レイラは空中で一切の焦りを見せず、魔導車の前輪を高く引き上げた。


「アタシの進路を塞ぐな!」


 ドゴォォォンッ!!


 着地と同時、魔導車の分厚い前輪が戦士の構えた大剣ごと顔面に激突した。

 さらにレイラはすれ違いざまに、コンバットブーツの踵を戦士の胸ぐらへ容赦なく叩き込む。その反動を利用して車体の姿勢を完璧に立て直し、戦士の巨体を後方の傭兵たちの群れへとボウリングのピンのように吹き飛ばした。


「ぎゃあああっ!」

「道を開けろ! 轢き潰されるぞ!」


 レイラの圧倒的な速度と、無駄の一切ない暴力的なハンドリングの前に、数百人の包囲網は文字通り紙切れのように引き裂かれていく。

 彼女は振り返ることなく、アクセルをさらに深く捻り込み、第21層へと続く螺旋状のダストシュートの通路をドリフトしながら一気に駆け下りていった。


★★★★★★★★★★★


 第21層。

 グンツの支える防壁は限界を迎えていた。無数のヒビが入り、今にも決壊しそうに軋んでいる。

 その時、後方の通路から凄まじい排気音が轟いた。


「グンツ! お届け物だ!!」


 猛スピードで駆け込んできたレイラが、魔導車のブレーキを限界まで踏み込みながら、背中の耐衝撃ケースを解き放ち、空高く放り投げた。

 グンツは岩盤から手を離し、宙を舞うケースをがっちりと受け止める。


「注文の品だ! 一秒の狂いもねぇぜ!」


 魔導車から飛び降りたレイラが、ヘルメットを脱ぎながら快活に笑う。


「最高の走りだ、レイラ!」


 グンツはケースを開け、中で怪しく脈動する液状の『縮退コア』を取り出した。

 そして、ひび割れた防壁の基部にその液体を一気に流し込み、再び両手を岩盤に突き立てて《即時建築》の魔法を最大出力で起動する。


「壁よ、すべてを喰らい、そして跳ね返せ!」


 グンツの魔力に乗って、縮退コアの液体が防壁のコンクリート内部の毛細血管のような隙間に瞬時に循環していく。

 次の瞬間、崩壊寸前だった防壁全体が、眩いほどの青白い光を放ち始めた。


「よし、壁が崩れるぞ! 一斉に魔法を叩き込めぇぇっ!」


 壁の向こう側で、二千人の勇者軍が勝利を確信し、全魔力を込めた極大の攻撃魔法を一斉に放った。

 だが、その強大なエネルギーが防壁に直撃した瞬間。


 カゥゥゥンッ……!!


 防壁は1ミリも揺るがず、代わりに縮退コアの反発作用が極大魔法のエネルギーを完全に吸収し、その威力を二倍に増幅して、寸分の狂いもなく前方へと反射させた。


「なっ……!?」

「魔法が、跳ね返ってき――」


 ズドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!


 自分たちが放った極大魔法の二倍の威力が、密閉された通路の中で勇者軍のド真ん中へと炸裂した。

 凄まじい爆風と熱波が連鎖し、二千人の精鋭部隊は一切の防御も間に合わず、自らの放った暴力の反動によって一瞬にして跡形もなく消し飛んだ。

 分厚い防壁の向こう側は、完全なる死の静寂に包まれた。


「……反射装甲、完全に機能した。防衛完了だ」


 グンツが壁から手を離し、膝をついて大きく息を吐いた。


「お見事です、グンツさん。そしてレイラさんも」


 リーゼロッテがバインダーを胸に抱き、心底安堵したように息を漏らす。


「へへっ、アタシの仕事は運ぶことだけさ。あとの仕上げは、うちの優秀な建築士のおかげだろ?」


 レイラは汗に濡れた黒髪をかき上げた。

 グンツは立ち上がり、腰のポーチからよく冷えた魔力水のボトルを取り出して、彼女に向かって軽く放り投げた。


「お前がいなきゃ、この現場は完全に終わっていた。……美味い肉を用意しておく。後でゆっくり食ってくれ」


「おっ、そいつは楽しみだ。アタシの胃袋を満たすには、大猪丸々一匹は必要だぜ」


 レイラはボトルを受け取り、清々しい笑顔で水を一気に飲み干した。


「さて、壁は守り切ったが、事後処理のダストシュートの点検が残ってる。少し休んだら、配管のチェックに行くぞ」

「人使いが荒いねぇ。まぁ、肉の分は働いてやるよ」


 グンツはヘルメットを被り直し、倒壊を免れた通路の奥へと力強く歩き出した。

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