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迷宮建築士の防衛戦記 ~勇者を殺すダンジョンを造れと言われましても~  作者: 伊達ジン


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第28話 不死身の再生力

 魔界の赤茶けた荒野を、漆黒の流星が爆音と共に駆け抜けていく。

 車輪から青白い魔力の火花を散らして疾走するのは、魔王軍の物流と機動警備を担うレイラの愛車、大型二輪の魔導車だ。

 その猛スピードで荒野を爆走する車体の後部シートで、特級迷宮建築士のグンツは、振り落とされないようにレイラのライダーススーツの腰をがっちりと掴んでいた。


「おいレイラ! いくらなんでも飛ばしすぎだ! この速度で岩にぶつかったらミンチになるぞ!」

「あははっ! 心配すんな、アタシの動体視力とハンドリングを舐めるなよ!」


 レイラは風を切り裂きながら、ヘルメット越しの陽気な声を響かせた。

 今日はグンツの貴重な休日だった。自室のベッドで泥のように眠ろうとしていた彼を、レイラが『愛車のテスト走行に付き合え』と強引に連れ出したのだ。


「ずっと地下に引きこもって図面ばっかり見てるから、たまには外の風を当ててやろうと思ってな。アタシからのデートの誘いなんだから、大人しくエスコートされな!」


 レイラはアクセルをさらに吹かし、荒野のハイウェイを一直線に進む。

 やがて魔導車は、国境付近の荒涼とした岩山にポツンと建つ、長距離輸送の運転手たちが集まる古びたダイナーの前に停まった。

 排気音が止むと、周囲には風の音だけが静かに響く。グンツは強張っていた肩の力を抜き、ヘルメットを外して乱れた黒髪をかき上げた。


「……寿命が縮んだ。なんで休日にまで命の危機を感じなきゃならないんだ」

「大げさだね。ほら、入るぞ。ここはアタシの行きつけなんだ」


 薄暗いダイナーの店内は、オイルと肉の焼ける匂いが充満していた。

 レイラが慣れた様子でカウンターに座り、迷うことなく一番ボリュームのあるメニューを二人前注文する。

 運ばれてきたのは、人間の顔の大きさほどもある巨大な『魔牛のダブルバーガー』と、油をたっぷりと吸った山盛りのフライドポテト、そして氷が山のように入った強烈な炭酸飲料だった。


「ほら、食いな。お前の作る繊細で計算された飯も最高だが、たまにはこういう頭の悪いジャンクフードも食いたくなるだろ?」


 レイラは両手で巨大なハンバーガーを掴み、豪快にかぶりついた。

 グンツもそれに倣い、ハンバーガーに噛みつく。粗挽きの魔牛のパティから、強烈な肉の旨味と脂がジュワッと溢れ出す。塩と粗挽きの黒胡椒がこれでもかと効いており、甘辛いバーベキューソースがジャンクな味わいを加速させていた。


「……確かに、たまには悪くない。疲れた脳に直接糖分と塩分が叩き込まれる感じだ」

「だろ? アタシら物流の人間は、いつ敵に襲われるかわからない荒野を走り続けてるからな。カロリーは取れる時に一気に腹に詰め込むのが基本なのさ」


 レイラは炭酸飲料を喉に流し込み、満足げに息を吐いた。

 過酷な防衛戦と迷宮の再建工事で神経をすり減らしていたグンツにとって、彼女のカラッとした明るさと、荒野を吹き抜ける乾いた風は、確かな気分転換になっていた。


「しっかり食っておけよ、グンツ。お前が倒れたら、アタシが運んだ資材がただの鉄くずになっちまうからな」

「わかってる。現場の責任者は俺だからな」


 グンツは山盛りのポテトを口に放り込みながら、頼もしい戦友との束の間の休息を味わった。


★★★★★★★★★★★


 その日の午後。特級迷宮『絶望の箱庭』の第10層、統括管理室。

 荒野のダイナーから戻ったグンツは、作業用ベストを羽織り、すでにいつもの現場監督の顔に戻っていた。


「……第26層に侵入したパーティ、依然として進行中です。ステラさんが調達した強酸スライムも、セリアさんの自己増殖ワイヤーも、彼らを止めるには至っていません」


 経理担当のリーゼロッテが、監視水晶を見つめながらバインダーにペンを走らせる。


「厄介な連中だな。映像を第26層のメイン通路に切り替えろ」


 グンツの指示で水晶の映像が切り替わる。

 そこに映っていたのは、純白の法衣を着た三人の高位神官と、彼らを護衛する一人の重騎士という、極端に偏った編成のパーティだった。

 重騎士が毒矢の雨を受け、全身に矢が突き刺さって倒れ伏す。本来なら確実に即死するダメージだ。

 しかし、後方の神官たちが一斉に杖を掲げ、眩いばかりの治癒魔法の光を放つと、重騎士に刺さった矢が抜け落ち、破壊された肉体と骨がわずか数秒で完全に繋がり、何事もなかったかのように立ち上がったのだ。


「彼らは人間界の聖光教会に所属する『不滅の聖騎士団』の特務部隊です。攻撃魔法を一切持たず、全員が最高位の回復魔法と蘇生魔法に特化しています」


 リーゼロッテが冷徹にデータを読み上げる。


「回復効率がダメージを完全に上回っていますね。即死級のダメージを与えても、彼らは互いにヒールをかけ合い、文字通りゾンビのように回復しながら強行突破してきます」


「チッ、状態異常無効の次は無限回復か。聖光教会の連中も、嫌がらせのバリエーションが豊富だな」


 グンツが舌打ちをした時、監視室の薄暗い隅から、音もなく品質保証部のクロエが現れた。


「……彼らの痛覚と回復のプロセスを、観察しました。……人間の治癒魔法は、意識がある状態、あるいは術者が呪文を詠唱できる状態であることが前提です」


 クロエは特有の静かなトーンで呟き、水晶の映像を見つめた。


「吸血鬼の自己再生とは違うってことか」

「……はい。どんなに高位の魔法でも、肉体を構成する脳と心臓が『同時』に、かつ完全に破壊されれば……発動しません」


「なるほどな。ちまちまダメージを与えるから回復される。なら、回復する暇を与えない即死……それもパーティ全員の肉体を同時に潰すような、広域の物理的破壊が必要ってわけだ」


 グンツの右目が青白く光った。

 《構造解析》のスキルが発動し、第26層の地形データと、上層を支える地脈の分布が脳内に立体的に展開される。


「彼らの進行ルートの先には、前任者が造りかけで放置した『大列柱室』がある。天井までの高さが15メートル、広さはサッカー場ほどもある巨大な空間だ。そこには、巨大な天井を支えるためのアーチ構造が組まれている」


 グンツは図面を広げ、木炭ペンで勢いよく書き込みを始めた。


「勇者の歩みに合わせて毒矢を撃ったり、酸を降らせたりするから回復の隙を与えるんだ。だったら、隙間なく、部屋全体を一度に押し潰せばいい」


「押し潰すと言っても、あの規格外の質量の岩盤ですよ? それを動かすような重機は、あの広間には設置されていません」


 リーゼロッテが怪訝な顔をする。


「重機なんていらない。重力そのものが最強の兵器だ。それに、ただ落とすだけじゃ三流だ。……現場に行くぞ」


 グンツはヘルメットを被り、昇降機で一気に第26層へと降下した。


★★★★★★★★★★★


 第26層の大列柱室。


 『不滅の聖騎士団』の四人は、薄暗い巨大な広間へと足を踏み入れた。


 太い石柱が等間隔で立ち並び、石造りのアーチが天井の強大な岩盤を支えている。


「気をつけろ。これだけ広い空間だ、どこから罠が飛んでくるかわからんぞ」


 重騎士が大盾を構えて周囲を警戒する。


「問題ありません。いかなる傷を負おうとも、我ら神官が即座に癒やします。この不滅の加護がある限り、魔王軍の罠など恐るるに足りません」


 神官の一人が自信に満ちた声で応える。


 彼らが広間の中央に差し掛かった、その瞬間だった。

 大列柱室の空間全体に、低く不気味な振動が響き渡った。


「な、なんだ? 地震か?」


 広間の入り口の壁裏に隠れていたグンツは、右目の《構造解析》で彼らの立ち位置が部屋の完璧な中央に達したことを確認した。


「回復する暇を与えない、完全な面制圧だ」


 グンツは壁に手を突き、《即時建築》の魔法を起動した。

 彼の魔法の対象は、広間の天井を支えているアーチ構造の頂点――『キーストーン』である。彼はそれを破壊するのではなく、その形状をわずかに歪ませた。

 力学的な均衡を保っていた要石の形が変わったことで、アーチ構造は一瞬にしてその耐力を失った。


 パキィィィンッ!!


 ガラスが砕けるような鋭い破断音が、広間に連鎖的に鳴り響いた。


「なっ……天井が!?」


 重騎士が上を見上げた時には、すべてが終わっていた。

 支えを失った途方もない質量の岩盤が、一切の傾きもなく、重力に従って床へと水平に自由落下してきたのだ。


「ヒールを……!」


 神官が杖を掲げて呪文を叫ぼうとしたが、遅すぎた。

 回復魔法をかける対象も、魔法を唱える時間も、そこには存在しない。


 ズドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!


 巨大な天井が、広間の床へと激突した。

 逃げ場のない圧倒的な質量による蹂躙。

 重騎士の分厚い鎧も、神官たちの神聖な法衣も、一瞬で押し潰された。肉体と骨が同時に粉砕され、脳も心臓も原型を留めない完全な即死。

 いかなる治癒魔法も、対象の肉体が致命的に損壊してしまえば、発動することなど絶対にあり得ない。


 巨大な地鳴りが収まり、猛烈な土煙が広間を包み込む。


★★★★★★★★★★★


「……対象の全滅を確認。これで防衛完了だ」


 統括管理室の監視水晶越しに、リーゼロッテが淡々と報告した。


「お見事です、グンツさん。要石の形状をわずかに変えて天井を落としただけですので、今回かかった経費も実質金貨0枚です」


 現場から戻ってきたグンツは、ヘルメットの土埃を払いながらパイプ椅子に腰を下ろした。


「それに、ただ落とすだけでなく、床から三十センチの隙間を残してストッパーをかけたのですね」


 リーゼロッテが水晶の映像を拡大しながら感心したように言う。

 映像には、落下した岩盤が床に完全に密着する手前で、あらかじめグンツが《即時建築》で造り出しておいた低い石柱のストッパーに支えられ、ピタリと止まっている様子が映し出されていた。


「ああ。完全に密着するまで押し潰したら、奴らの持っている杖や鎧まで完全にひしゃげて鉄くずになっちまうからな。人間の肉体だけが確実に即死し、装備の厚みはギリギリ潰れない『引き算』の高さだ」


 グンツはコーヒーを一口飲み、満足げに頷いた。


「おかげでドロップ品の売却益が満額見込めます。すでに処理プールのスライムたちをポンプで吸い上げ、その三十センチの隙間に流し込む手配を済ませました。彼らが有機物だけを溶かしてくれます」


「死体を回収するためにスライムを隙間に流し込むとは。お前の経理としての執念には恐れ入るよ」


「魔王軍の予算を守るためですから」


 リーゼロッテが眼鏡のブリッジを押し上げると、部屋の奥で魔導車の手入れをしていたレイラが笑いながら声をかけた。


「おいおいリーゼロッテ、アタシの奢ったハンバーガーでグンツの体力も回復して防衛できたんだ、その分の経費も落としてくれるんだろ?」


「私用での外食は一切経費として認めません。自腹でお願いします」

「ケチだなあ、相変わらず」


 管理室にいつもの騒がしいやり取りが戻ってくる。

 グンツは肩をすくめ、足元で眠るブランとノワールの頭を撫でながら、次なる改修の図面へと視線を落とした。

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