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迷宮建築士の防衛戦記 ~勇者を殺すダンジョンを造れと言われましても~  作者: 伊達ジン


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第25話 最強の盾の崩し方

 魔界の中心街に隣接する入り組んだ裏路地。法と違法の境界線上に位置する薄暗い闇市は、日中でも怪しげな香炉の紫煙が立ち込め、多種多様な種族の商人たちが声を潜めて取引を行っている。

 迷宮建築士のグンツは、多数のポケットがついた作業用ベストを羽織り、このむせ返るような路地を歩いていた。彼の顔色は普段よりわずかに青白いものの、その鋭い眼光は露店に並ぶ無数の部品を正確に値踏みしている。


「この魔導コイル、表面のメッキは真新しいが、内部の銅線は焼き切れる寸前だ。高負荷をかければ一瞬でショートする。粗悪な再生品だな」


 グンツは手に取った部品を放り投げた。右目の《構造解析》のスキルで内部の金属疲労を見抜くなど、彼にとっては呼吸をするのと同じくらい容易い。


「あら、聞こえたかしら? 迷宮の心臓部に使う重要な部品を、そんなポンコツで誤魔化そうとするなんて。……魔王軍への重大な契約不履行として、この店の営業許可を取り消してもいいのよ?」


 グンツの隣に立つ女性が、店主の胸ぐらを掴まんばかりの冷酷な笑みを浮かべて囁いた。

 調達部兼法務部のチーフバイヤー、ステラ・マリス。

 深いスリットの入った真紅のタイトドレスに身を包む彼女は、過労で倒れたグンツの『リハビリ』と称して、彼をこの闇市での買い付けに引っ張り出していた。


「ひぃっ! も、申し訳ありません! すぐに奥の倉庫から本物の新品をお出しします! お代は半額で結構ですので、どうかお許しを!」

「半額? 詐欺未遂の迷惑料を考えれば、1割が妥当でしょう。さぁ、早く持ってきなさい」


 ステラの有無を言わさぬ交渉術の前に、店主は泣きそうな顔で店の奥へ引っ込んでいった。

 グンツは両手いっぱいに抱えさせられた重い紙袋の持ち手を握り直し、深いため息をつく。


「病み上がりの人間に荷物持ちをさせるとは、お前も人使いが荒いな」

「あら、3日間もベッドで大人しく寝ていたのだから、すっかり元気になったでしょう? ほら、荷物はそこの私の魔導車に積んでちょうだい。これで今日の買い出しは終わりよ」


 ステラは路地裏に停めてあった高級な魔導車のトランクを開けさせた。グンツが荷物を積み終えると、彼女は車のボンネットに軽く腰掛け、艶やかな脚を組み替えた。


「あなたと買い物に来ると、不良品を掴まされる手間が省けて本当に助かるわ。浮いた予算で、少しだけ休憩していきましょう」


 ステラは路地裏の隅にある、重厚な木の扉のバーへグンツを誘った。

 薄暗い店内は静かで、客は数人しかいない。ステラはカウンターに座り、血のように赤い果実酒を頼んだ。グンツは濃いめに淹れられたブラックコーヒーを注文し、その熱いマグカップを両手で包み込んだ。


「……無理はしていないわよね、グンツ」


 グラスを傾けながら、ステラがふと真面目なトーンで尋ねた。


「俺のことか。熱は完全に下がった。溜まっていた図面仕事も、休んでいる間に頭の中で整理できた。現場に戻るのに問題はない」

「そう。あなたが倒れた時、現場の空気がどれだけ冷え込んだか、あなたは知らないでしょうね。オークたちなんて、オロオロして使い物にならなかったわよ」


 ステラは少しだけ口角を上げ、赤い唇をグラスから離した。


「あなたがいないと、みんな困るのよ。……もちろん、私もね。私の仕入れた極上の素材を、完璧な罠にしてくれる建築士がいなくなったら、商売あがったりだわ」


 彼女のヘーゼルグリーンの瞳が、真っ直ぐにグンツを射抜く。その言葉には、普段のからかうような軽口ではない、確かな重みと執着が滲んでいた。


「わかってる。俺も自分の現場を放り出す気はない」


 グンツがコーヒーを飲み干し、短く答える。

 ステラは小さく笑い、空になったグラスをカウンターに置いた。


「さぁ、現場に戻りましょうか。今日は私が仕入れた極上の『お客様』が、もう入り口でお待ちかねのはずよ」


★★★★★★★★★★★


 特級迷宮『絶望の箱庭』の第10層、統括管理室。

 街から戻り、ステラの魔導車から資材を降ろしたグンツが監視室の扉を開けると、室内は静かな、しかしピリピリとした緊張感に包まれていた。


「お帰りなさい、グンツさん。体調はもうよろしいですか」

「ああ。状況はどうなっている」


 グンツはヘルメットを被り、パイプ机に広げられた図面の前に立つ。リーゼロッテが監視水晶の映像を切り替えた。

 そこには、第23層の通路を歩く、純白の重装甲に身を包んだ4人の姿があった。


「人間界の『聖光教会』が誇る、聖騎士の精鋭パーティです。先頭を歩く大柄な男が持つあの巨大なタワーシールドは、国宝級の聖遺物『アイギスの盾』。着用者の魔力と信仰心を変換し、前方からのあらゆる物理攻撃と魔法を完全に弾き返す『絶対防御』の結界を展開します」


 水晶の映像の中で、通路の壁から無数の毒矢が射出された。

 しかし、聖騎士が巨大な盾を前に構えると、盾の表面から半球状の光の障壁が展開され、毒矢は障壁に触れた瞬間に粉々に砕け散った。矢の勢いすら完全に殺されており、聖騎士の足元は1ミリたりとも後退していない。


「……厄介、ですね。私のテストデータと、照合しましたが……あの障壁の出力は、桁違いです。数万トンの落石や、セリアさんの可燃性ガスによる爆発であっても……正面から受け止められれば、耐え切られてしまいます」


 部屋の隅から姿を見せたクロエが、特有の間を置きながら、淡々と分析結果を告げる。


「回り込んで背後から攻撃するしかありませんが、彼らは通路の幅いっぱいに障壁を展開しながら進んでいます。背後をとる隙がありません」


 リーゼロッテがバインダーを強く握りしめる。どんなに強力な罠を仕掛けても、作動した瞬間に盾で受け止められてしまえば意味がない。


「絶対防御、ね。どんな神話の金属でできているか知らないが、あのサイズの盾とフルプレートの鎧だ。相当な『重量』があるはずだ」


 グンツは水晶に映る聖騎士の足元をじっと観察し、右目の《構造解析》で相手の装備の重心と総質量を大まかに割り出した。


「あれだけの質量を支えながら、分厚い鋼鉄の塊を前に突き出して歩いている。重心は極端に前方に偏っているはずだ」


「それがどうしたというのです? 盾が重くても、彼らはそれを軽々と持ち上げるだけの筋力と加護を持っていますよ」


 リーゼロッテが怪訝そうに尋ねる。


「盾を壊したり、障壁を貫通させようとするから難しいんだ。あんなバカでかい鉄の塊を持っているんだぞ。その『重さ』自体を武器にしてやればいい」


 グンツは《即時建築》の起動盤に手を置いた。


「奴らの現在地、第23層のCブロック。その先の通路の床の傾斜を、俺の魔法でほんのわずかに、数度だけ下り坂に変更する。目視では絶対に気づかないレベルの傾斜だ」


 ズズッ、という低い地鳴りと共に、迷宮の奥深くで岩盤が静かに変形した。


「そしてセリア、例の『絶対零度のゼリー』は余っているか?」

「ええ、冷蔵用の魔導具にたっぷりと保管してありますわ!」

「よし、それを通路の先の床、約20メートルにわたって極薄にコーティングしろ」


 グンツの指示に、セリアが手元の魔導具を操作して遠隔でゼリーを射出・塗布する。

 第23層の通路の先が、一瞬にして『摩擦係数完全ゼロの永久凍土』へと変貌した。


「準備は完了だ。奴らをあの通路へそのまま歩かせろ」


★★★★★★★★★★★


 第23層。

 聖騎士を先頭にしたパーティは、警戒を解くことなくゆっくりと前進していた。


「気を抜くな。魔王軍の罠は強力だが、このアイギスの盾を正面から破れる攻撃など存在しない。罠が作動する気配があれば、すぐに私の後ろへ隠れるのだ」


 聖騎士が仲間たちに声をかけ、ずしりと重いタワーシールドを構え直す。

 彼は極度の前傾姿勢を保ち、いつでも床を蹴って障壁を展開できるよう、足元に強く力を込めていた。


 そして、彼の金属のブーツが、セリアのゼリーでコーティングされた床へと足を踏み入れた。

 その瞬間だった。


「……ぬっ?」


 聖騎士は踏み出そうとした足が、全く床を掴んでいないことに気づいた。

 彼が常に前傾姿勢で支えていたタワーシールドの圧倒的な質量。それが、摩擦を失った足元に致命的な結果をもたらした。


「な、なんだこれはっ! 足が……止まらんっ!?」


 わずか数度だけ下り坂に設定された傾斜と、盾の重量による前方へのベクトル。

 床の上で、聖騎士の巨体は完全にバランスを崩し、タワーシールドに引っ張られるようにして猛スピードで前方へと滑り出したのだ。


「隊長!?」


 後続の仲間たちが手を伸ばすが、聖騎士はすでに彼らの遥か前方を、氷上のソリのような凄まじい速度で滑走している。


「くそっ、止まれ! 止まれぇぇっ!」


 聖騎士はアイギスの盾を床に突き立ててブレーキをかけようとした。しかし、絶対零度に冷やされた床は金属の強度を奪い、床に触れた盾の下部がパキンという音と共に脆くも砕け散る。

 ブレーキすら失った彼は、もはや自分の意志で立ち止まることは不可能だった。


 監視室で、グンツが冷酷にレバーを引いた。


「その先は行き止まりだ」


 聖騎士が猛スピードで滑走していく通路の突き当たり。

 その直前の床が、観音開きにパカリと開いた。


「なっ――」


 聖騎士は声を上げる暇もなく、開いた巨大な穴――以前の工事で第10層からさらに数十層の深さまで掘り下げて拡張しておいた、処理プールの最深部へと直結するダストシュートへと、真っ逆さまに飛び込んでいった。

 彼がどれだけ強固な魔法障壁を前方に展開していようとも、足元が消滅して重力に従って落下する物理現象を防ぐことはできない。


 彼が落ちた後、残された3人の仲間たちは、凍結した床の手前で呆然と立ち尽くしていた。

 最強の盾であり、パーティの絶対的な要であったリーダーが、戦うことすらなくただ滑って穴に落ちていったという現実を理解できず、彼らはただ恐怖に震えるしかなかった。


「……て、撤退だ! あんなふざけた罠、どうやって防げばいいんだ!」


 彼らは我先にと帰還の転移石を叩き割り、逃げるように消え去った。


★★★★★★★★★★★


「……対象の完全離脱を確認。防衛完了だ」


 グンツはパイプ椅子に寄りかかり、コーヒーの残りを飲み干した。


「盾の障壁を破るのではなく、盾の重さそのものを利用して足元から崩す。……お見事です、グンツさん。今回も資材の消費はごくわずかで済みました」


 リーゼロッテがバインダーにチェックを入れながら、小さく息を吐いた。


「どんなに頑丈な盾を持っていようが、それを支えているのは地面との摩擦と重力だ。物理法則を知らなければ、自分の装備に殺されるだけだ」


 グンツがヘルメットを机に置いた時、監視室の扉が開いてステラが入ってきた。

 彼女の片手には、年代物の高級そうな赤ワインのボトルが握られている。


「ふふっ、見事な仕事だったわね、グンツ。私が闇市で仕入れた情報を元に誘い込んだ聖騎士サマも、形無しね」

「お前が情報を流したのか。相変わらず仕事が早いな」


「ええ。さて、仕事も終わったことだし、病み上がりの快気祝いといきましょうか。……約束通り、美味しいおつまみを作ってちょうだい。私が極上のワインを注いであげるから」


 ステラが妖艶に笑い、グンツの背中にすっと腕を回す。


「わかった、わかったから離れろ。……冷蔵庫に、昨日仕込んでおいたスモークサーモンとチーズがある。それを切るから、お前はグラスを出してくれ」


 グンツが渋々立ち上がり、簡易厨房へと向かう。

 まな板の上にサーモンを乗せ、手際よくナイフを滑らせる。その背後で、ステラがコルクを抜き、ふたつのグラスにルビー色のワインを注ぐトクトクという静かな音が、監視室の穏やかな空気の中に心地よく響いていた。

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